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16 愛の宝石
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目まぐるしくて、息もできないほどだった。
実際、私は、幾度となく息を止めたと思う。
ドミニク卿は私が泣き止むとすぐ、手を繋いで走り出した。それは私がついていける丁度よい速さで、ふしぎな事に走る事でなんだかとても気分が高まった。嬉しいだけではなくて、晴れやかで、強くなったような気がした。
私は、新しい道を踏みしめているのだ。
そう実感できた。
広間に戻っても恐くなかった。浮かれていたせいもある。
視線が集まっても怯まなかった。緊張はしたけれど、大丈夫だった。
隣に、ドミニク卿がいてくれたから。
「本日お集まり頂きました皆様へ、僕よりご報告があります」
そう切り出したドミニク卿は、本当に、私との婚約を発表した。
歓声があがった。ものの見事に棄てられた傷物令嬢がまた婚約したなんて場面は、なかなか見れないと思うから、一種の事件に興奮しているのだろう。気持ちはわかる。誰よりも私が、わかっている。
彼はロイエンタール侯爵令息。
興奮した笑顔で、広間の誰もがこちらを見ている。祝福の嵐が迫りつつあった。
「ドミニク卿、私……」
「君は時の人だ。無理して笑う必要はない。ただ、お辞儀だけでいい。僕がこうして支えているよ。さあ、押し寄せて来るぞ」
こうして、私の人生は一転した。
たった一日で、まるで変ってしまった。
それに、変わる時は劇的に変わるのだという事を学んだ。
私はロイエンタール侯爵家の人間になった。
ロイエンタール侯爵夫人の教育は厳しかった。でも、母や兄と比べれば恐くはないし、心から尊敬できる貴婦人が義母である事が誇りで、嬉しかった。
ロイエンタール侯爵は、物静かな人だった。けれど、王宮から絶大な信頼を得ている大貴族である事が、追々わかってきた。私の事は、ずっと、息子の妻として遠くから見守ってくれているような雰囲気だった。
義姉モニカは宮廷に勤めているため滅多に会う事はなかったけれど、溌溂とした美しい人で、私には優しかった。
やがては侯爵夫人になるという事。
それは、気弱な私にとって、間違いなく重荷だった。
でも憧れや感謝の気持ちが、ゆっくりと恋と寄り添い愛へと育つ年月を通して、私自身が変わっていった。私をとりまくすべての人が、私という石ころを磨いて、ロイエンタール侯爵家に相応しい人間にしてくれたのだと思う。
幸せな日々は、巡るのが早い。
そのすべてを覚えてはいられないとしても、大切な宝物だ。
ドミニク・ハイムという素晴らしい夫のおかげで、私は、自分自身になれたような気がしている。彼が幸せそうにしていると、その愛に報いる事ができたかもしれないと思えた。息子を5人産めた事も、とてもよかった。
夫は私だけでなく、私の父にもとてもよくしてくれた。どういう交渉をしたのか計り知れないけれど、恐らくは財産を多く分配するような方法で私の母と兄を納得させて遠くの別荘へ移し、父に平安を齎した。更にはウィッカム伯爵という爵位を私たちの息子の誰かに継承させる事まで、兄に了承させた。
「ルシア、支度はできたかな?」
衣装室の扉の向こう、彼が優しく問いかけてくる。
裾を直してくれていたエイミーが、はにかんだような優しい笑顔で私を見あげ、肩越しに扉のほうへと声を投げた。
「もう少しです! お待ちください!」
エイミーの腕は確かで、ロイエンタール侯爵家の衣装室には欠かせない宝だ。私にとっても、彼女は大切な友だった。
彼女の助けを受けながら最後に鏡で全体の様子を確かめる。
「さあ、ドミニク様がお待ちかねですよ」
促され、私は入口のほうへと足早に向かった。
急いで扉を開ける。
「やあ、ルシア」
大切な人が、待っているから。
毎日、毎日。
優しい愛の中で。
(終)
実際、私は、幾度となく息を止めたと思う。
ドミニク卿は私が泣き止むとすぐ、手を繋いで走り出した。それは私がついていける丁度よい速さで、ふしぎな事に走る事でなんだかとても気分が高まった。嬉しいだけではなくて、晴れやかで、強くなったような気がした。
私は、新しい道を踏みしめているのだ。
そう実感できた。
広間に戻っても恐くなかった。浮かれていたせいもある。
視線が集まっても怯まなかった。緊張はしたけれど、大丈夫だった。
隣に、ドミニク卿がいてくれたから。
「本日お集まり頂きました皆様へ、僕よりご報告があります」
そう切り出したドミニク卿は、本当に、私との婚約を発表した。
歓声があがった。ものの見事に棄てられた傷物令嬢がまた婚約したなんて場面は、なかなか見れないと思うから、一種の事件に興奮しているのだろう。気持ちはわかる。誰よりも私が、わかっている。
彼はロイエンタール侯爵令息。
興奮した笑顔で、広間の誰もがこちらを見ている。祝福の嵐が迫りつつあった。
「ドミニク卿、私……」
「君は時の人だ。無理して笑う必要はない。ただ、お辞儀だけでいい。僕がこうして支えているよ。さあ、押し寄せて来るぞ」
こうして、私の人生は一転した。
たった一日で、まるで変ってしまった。
それに、変わる時は劇的に変わるのだという事を学んだ。
私はロイエンタール侯爵家の人間になった。
ロイエンタール侯爵夫人の教育は厳しかった。でも、母や兄と比べれば恐くはないし、心から尊敬できる貴婦人が義母である事が誇りで、嬉しかった。
ロイエンタール侯爵は、物静かな人だった。けれど、王宮から絶大な信頼を得ている大貴族である事が、追々わかってきた。私の事は、ずっと、息子の妻として遠くから見守ってくれているような雰囲気だった。
義姉モニカは宮廷に勤めているため滅多に会う事はなかったけれど、溌溂とした美しい人で、私には優しかった。
やがては侯爵夫人になるという事。
それは、気弱な私にとって、間違いなく重荷だった。
でも憧れや感謝の気持ちが、ゆっくりと恋と寄り添い愛へと育つ年月を通して、私自身が変わっていった。私をとりまくすべての人が、私という石ころを磨いて、ロイエンタール侯爵家に相応しい人間にしてくれたのだと思う。
幸せな日々は、巡るのが早い。
そのすべてを覚えてはいられないとしても、大切な宝物だ。
ドミニク・ハイムという素晴らしい夫のおかげで、私は、自分自身になれたような気がしている。彼が幸せそうにしていると、その愛に報いる事ができたかもしれないと思えた。息子を5人産めた事も、とてもよかった。
夫は私だけでなく、私の父にもとてもよくしてくれた。どういう交渉をしたのか計り知れないけれど、恐らくは財産を多く分配するような方法で私の母と兄を納得させて遠くの別荘へ移し、父に平安を齎した。更にはウィッカム伯爵という爵位を私たちの息子の誰かに継承させる事まで、兄に了承させた。
「ルシア、支度はできたかな?」
衣装室の扉の向こう、彼が優しく問いかけてくる。
裾を直してくれていたエイミーが、はにかんだような優しい笑顔で私を見あげ、肩越しに扉のほうへと声を投げた。
「もう少しです! お待ちください!」
エイミーの腕は確かで、ロイエンタール侯爵家の衣装室には欠かせない宝だ。私にとっても、彼女は大切な友だった。
彼女の助けを受けながら最後に鏡で全体の様子を確かめる。
「さあ、ドミニク様がお待ちかねですよ」
促され、私は入口のほうへと足早に向かった。
急いで扉を開ける。
「やあ、ルシア」
大切な人が、待っているから。
毎日、毎日。
優しい愛の中で。
(終)
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