星空のコシュカ

百谷シカ

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016 (♡)

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 殿下も頭に血が上って、日本語が下手になっているのだろうか。銃を出すならとっくに出しているだろうという短い間を置いて、殿下の手、正確には指が、分厚い名刺入れのようなプラスチックのケースをつまんで内ポケットから帰ってきた。

 一服、というほど大きくない。そこから携帯灰皿を連想し、それだと今度は大きすぎると思いなおす。
 あとはなんだ。毒とか?

 ケースをあけ、殿下はキャップのようなものを取り出した。ネジとネジの真ん中に挟むジョイントにも形が似ている。材質は柔らかそうで、白い半透明の小さなヒトデみたいだ。真ん中に黒い何かが埋まっていて、エレキバンにも似ている。

「あなたが好きそうだと、取り寄せておいてよかった」

 嫌な予感がした。
 一度広げた二歩をゆっくり戻ってきた殿下は、やっぱり厳しい目をして、叱るような表情で無理やり口角を上げているように見える。私はとりあえず、首を横にふった。脱力して半端に開いていた脚の間に、殿下がそっと指をかける。

 困った。
 やっぱりそうだ。

 私は焦りで変な汗をかいて、急いで膝を閉じた。私の前に三度跪いた殿下が、実にエレガントに、私の膝を指先で割っていく。優雅なくせに馬鹿みたいに力がある美しい外国人といえば、それは吸血鬼と相場が決まっているが、いま奪われそうなのは生き血じゃない。

「動かないで」
「まっ、待って……でんかっ」
「大丈夫。きっと気に入りますよ」

 目を細め、殿下は楽しそうに、それは残酷で美しい微笑を浮かべた。
 ビキニラインのフリンジを指で遊ばせ、布地をひっぱる。容赦ない侵略に私は小さく悲鳴をあげた。次の瞬間には、淫芯に冷たいキスのような耐え難い刺激があった。息を止め声を呑む。殿下の手が去り、私の衣装と性感帯の間に異物が残った。

「どの国の玩具が、当ててみますか?」
「殿下ッ。……殿下、ちょっと落ち着いて」
「おや。乱れるのはあなたの方ですよ」

 すいと立ち上がった殿下が後ろに回り、顔の横からあの骨ばった手が下りてきて、今度は胸の間に指を差し込み、布地を押し広げながら左右それぞれの乳頭に同じ危険物を残していく。
 粘着性があるのか、それとも単に布の力を借りてガッチリとホールドされているのかわからない。頼りないヌーブラと思えば気も楽だ、と自分を騙した瞬間、3点はじんわりと熱を持ち始めた。

 目新しいシリコン製ローターだと思っていた私は、驚いて取り乱した分、熱に負けた。

「あ、あ、あ」

 ガタン、とパイプ椅子が激しい音を立てる。
 乳頭と花芯に貼りつけられたそれは、衣装の下からも地味に形を主張し、小さな爬虫類のような躍動を始めた。舌でねぶられるのと似た快感が人間の体温を越えた熱に乗じて敏感な3ヶ所で渦をまく。

「んゥッ」

 きつく目を閉じて、私は堪えようとした。
 頬にそっと、殿下の乾いた手が触れる。目を開けると、正面の壁の鏡に私たちがいた。椅子に拘束されて悶える、ミストの看板猫ルイ。背後に立つ、紫色の瞳を持った美形の外国人。思いっきりポルノだ。

「やっ……なに、これ……っんッ」
「好きでしょう、あなた。特に小さな玩具が」
「えっ? な……んで……っ」

 私はそんなにエロそうな顔で昼も街を歩いているのか。
 どうして、殿下が私の秘密を知ってるんだろう。疑問が浮かぶものの、快楽に押し流されて答えは出ない。
 殿下が優しく頬を撫でるのも、間違いなく愛撫だった。

「それにあなた、縛られるのがお好きのようですね」
「ちがっ」
「ふふ、いいですよ。あなたが夢中になるように、いくらでもしてあげます。ほら、こうしてみると──」

 殿下の手に視界をふさがれ、ぬくもりと闇が襲いかかる。ねっとりとした快楽の渦に飲み込まれ、私は逆らう気が失せた。
 心地よさに、屈した。

「あふっ、んっ、アァッ!」
「感じるでしょう?」

 敏感な3ヶ所から絶えず送られる熱と快楽に、腰がうねる。私がたまに性欲を散らすのに使うオモチャのどれとも違う、真新しい刺激。生き物のようにグイグイと舐めあげられ、絶えず吸われているような、鋭いぬめりのある感触。驚きと興奮と期待に、殿下への感謝まで芽生える。

 私と遊んでくれる。私を、気持ちよくしてくれる。
 背後でふと風が動いた。

「昴さん」
「ひぅッ」

 耳元で名前を囁かれ、新しい波に翻弄される。もう私には、殿下しかなかった。快楽を与えてくれる支配者への服従が、脳を占めていた。

「あっ…あぁ、これッ、だめ……ぇ」

 甘えた鳴き声をあげて、もっともっとと強請ってみせる。
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