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03 果物の切り方

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「ハクさん。これお土産なんですが、僕に力を貸してください」

「はい?」


 ゴトン、と。
 ずいぶん大きなビニール袋をカウンターに置いて、深井が微笑んでいる。


「なに買ってきたの?」

「頂き物なんですよ。いろいろと食べ物を頂くんです」

「……あ、そう」


 どこで? 
 職場で?


「たくさん貰ったんですけど、ハクさん、お料理できそうなので」

「うん」

「お願いしてもいいですか?」


 私がいなかったら、どうするつもりだったの。
 この……


「パイナップル」


 が、5個。
 どうかしてる。


「あははははっ! なんでッ? 誰がくれるの?」

「御婦人が。ご親戚から送られてきて、そのおすそ分けで」

「ご、ふ、じん」


 都心の家持ち出し、普通の育ちじゃないのだろう。
 

「トゲトゲしてますから、気をつけて」

「はいはい」


 とりあえずカウンターの隅に片付けて、ひとつを捌いた。
 
 遅くなると言った深井が実際に帰宅したのは10時半。遅いと言えば遅いけど、遅すぎるような時間でもない。食事は済ませてきたのを前提にボウルに盛りつけ、フォークを添える。


「うわぁ。ハクさん、お上手ですね」

「パイナップルって肉料理とあわせるといいんだよね」

「あ、酢豚ですか?」

「ね。でも、料理に入っちゃってるのはキライ。だからデザートに」

「今夜は、なにを召し上がったんです?」

「チキンライス」

「おお。素晴らしい」


 私は冷蔵庫のホワイトボードに目を向けた。


「ここはみんなで食べるルールだったんでしょ? 私、毎日ごはん当番でもいいよ」

「えっ! それは嬉しい」


 爆速で受け入れられた。
 

「さあ、食べましょう。うわぁ、こんなにすぐ食べられると思わなかった」

「私がいなかったらどうするつもりだったの?」

「それは、こう……」


 包丁を持つ手つきで、一刀両断。


「真っ二つにね」

「ええ。それで、あとは、こう……」

「ああ、ほじくると。その手に持っているのは、ナイフ? フォーク?」

「ほら、スイカ用の、ギザギザのスプーンですよ」

「へえ」


 生活力ないな、この男。
 

「真面目な話、コックさんやったら家賃安くしてくれる?」

「もちろんです。ほら、ハクさんも食べて」

「やった~♪ いただきまーす」


 貰い物というパイナップルは瑞々しくて少し甘味が薄い。


「まだ早かったかな」

「いや。僕は、これくらいでも……美味しいです」


 カウンターを挟んでパイナップルを食べている私たちって、いったい。
 

「深井さん、知ってる? 100均に林檎を切る専用のカッターがあるの」

「え? 知らないです。そんな便利なものがあるんですか?」

「うん。林檎を置くでしょ?」

「はい」

「円形で、芯の周りと、あと8当分くらいに刃があるわけ。で、取っ手がついてて、こう林檎に被せて、一気に……下にダンッって」

「え?」

「一瞬でカットできるの」

「豆腐みたいに!?」

「硬いけどね」

「うわぁ。知りませんでした。じゃあ僕も、丸かじりせず文明人として林檎を食べられるわけですね。ありがとうございます。検討します」


 こりゃダメだ。
 出てきたものしか食べない人種だ、きっと。


「いいよ。怪我されても困るし、今度やってあげる」

「楽しみにしてます。100円ショップは駅ビルと、あと駅から橋のほうに少し歩いたところにありますよ」


 とりあえず、居場所も作れたって事でいいのかな?
 果物切るだけでこんなにチヤホヤされるんだから、魚を3枚に下ろせば私、神になれるかも。
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