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「木と石があるんですね」
「若い男性には黒檀がいちばん人気です。石なら虎目、青虎目が人気です」
「年とると相応しくなるなる?」
「それはありません」

 小さく呻って唇を引き結び、男が困惑を見せた。

「基準がわからないな」

 好みで選べばいいと思うが、それにしては高価すぎることもわかっている。売る方は気楽だ。改めて斜め下から男の横顔を見あげる。深い二重に、長い睫毛。褐色に近い肌色。力強い顎。黄色と黒の縞模様になる虎目を持つと、少し華やかな印象になって堅気じゃない雰囲気を醸し出しそうだ。黒にうっすらと青が混じる青虎目のほうが似合う。渋さを出すなら黒檀より鉄刀木のほうがいい。でも桑のほうが艶がある。そうだ。色気あるこの男には、桑が似合う。

「例えば、仏教らしさにこだわるなら菩提樹や緑檀、霊験やスピリチュアル的な意味合いに重きを置くなら水晶がお勧めです」
「そういうのじゃなくて、普通の人間が持って自然なもので」

 そこまで言うと男が首を巡らせてはっきりと僕の目を覗いた。貫くような目力は屈してしまいたいほどそそる。僕は穏やかな営業スマイルを返す。

「任せます。見立ててください」

 委ねられる快感より、僕は委ねる快感のほうが好きだ。それはそれとして、口角をあげたまま予算を訊ねた。三万から五万と言う。僕は縞黒檀と桑、青虎目と茶水晶をカウンターに並べた。一押しは桑だが、それは僕の好みだ。

「持ってみてください」
「いいんですか?」
「もちろん。しっくりくるものがいいですよ。長くお使いになりますから」

 男の手は分厚く、幅が広く、骨太だった。爪は短く切り揃えられていて、手の甲や指に所々つっぱるような小さな傷痕がある。火傷だろうか。

「冷たい」

 青虎目を親指と人差し指の間に掛け、掌側の石を握り込んで、驚きを零した。

「天然の石なので、プラスチックと違ってひんやりしています」
「それに重い」
「重くて冷たいのが石の特徴です。それがいいという人もいれば、嫌だという人もいます。長く握っていても体温が移らないので、温もりのある木のほうがいいと」
「これにします」

 それとなく桑に誘導しようという下心が抑えられなかった僕の心を砕き、男はあっさり青虎目を選んだ。会計を済ませ店の外まで見送ったとき、コートの襟の部分に桜の花びらが入り込んでいるのに気付いて声をかけた。男は宛もなく目を前に向けて襟足を探ったが、無骨な指は彷徨うばかりで小さな花びらに辿り着かない。少なくとも弔いに赴くという事実がある。きちんとしているに越したことはない。

「取れましたか?」
「惜しいです」
「んー」

 歯を食いしばるように呻ると、男が斜めに顔を傾けた。項から顎のラインを遠慮なく眺めながら、僕は純朴な店員を装って花びらを摘まんだ。その僕の指の背に、男の指が触れた。今日はいい日だ。

「取れました」

 男の広い肩がくるりと翻り、真正面から間近で見降ろされる。なにか驚いたような無垢な表情がいい。

「寒いのに、春なんですよね。お気をつけて」

 そこまで言って僕は手を揃え頭を深く下げ、この時間を終わらせた。

「ありがとうございました」

 本当なら背中を見送りたいところだが、これ以上の未練を抱えるのはしんどい。次の来客を待ちながらいつも通り掃除を続けた。
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