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 吐息交じりに唇が離れ、角度を変えてぬるりと再び押し付けられる。あろうことか二度目は秒数を数えた。四秒だった。

「嫌なら、これで終わり。嫌じゃなかったら、番号教えて」

 甘い囁きに耳が焼ける。頬が火照る。沸騰する。
 震える指で通話画面を開き、自分の番号を押した。発信し、数秒待って、切る。恐る恐る見あげた宮代の顔は逆行になっていてまるで見えない。でもこちらを射止めるような視線を感じる。

 くすりと笑った気配がした。

「可愛いな」

 もう一度、今度は深く唇が重なる。こじ開ける舌に誘われて、顎の力を抜いた。尖った舌が少しだけ歯の間に侵入してきて、僕の舌先を擽って去っていく。

「止んだよ。紫恩」

 名前を呼ばれて、息が止まった。
 こんなことってあるのかと、頭が煮えてくらくらした。

「公園まで連れて行って」
「うん」

 最後に軽く啄まれ、後頭部を包んでいた大きな掌がフードを剥がす。僕はただ見つめていた。無様にも恋焦がれるような顔を晒しているだろう。当然だ。一目見た瞬間から僕は、この男に落ちていたのだから。


     *


 年上だろうとは思っていたが、実際、宮代は僕より五つも上だった。僕がその気もなさそうな態度を装いながら距離をつめていく様子を、余裕をかまして眺めていたのだろう。互いにのめり込むのはあっという間だった。家を行き来するようになり、二ヶ月経った。
 宮代は店への通いやすさを重視して、駅の裏手にある新築マンションを選んだという。1LDKだが、キッチンが対面式でリビングダイニングは八畳もある。その代わり寝室は五畳でセミダブルのベッドが窮屈に収まっていた。夢中で体を貪りあった。

 宮代は左肩甲骨の左下にほくろがあって、そこを舐めるのが最近の趣味だ。行為の最中はほとんど相手にしてくれず、逆に舐めて欲しがってると決めつけられて背中をねっとり舐め回されてそれはそれでいいのだが、シャワーや着替えの時にはくすぐったそうに少し高めの声で笑ってくれる。それが可愛い。

「一冴くん。ほくろ、毛、はえてきた」
「えっ」
「うそ」

 ノズルを持った手が宮代の肩を越えて、抱きついていた僕の顔面へ飛沫をかける。ぶはっと笑いながら口に入った湯を吐き出して、逞しい背中にキスを続けた。互いに定休日のない店だから、どちらかが休みの前日にお泊りをしている。今日みたいに僕が休みだと、宮代の出勤に合わせて昼までいちゃついていられる。

「いたずらっ子だな」

 シャワーをとめてこちらを向いた宮代に今度は前から抱き着いて、隆々と盛りあがった逞しい胸板に軽く歯を立てた。宮代は笑って、僕の両耳をひっぱる。猫じゃないんだから、と思うものの悪戯好きの小動物に見立てられるのは悪い気がしない。
 濡れて湯気の立つ宮代を見あげていたら、催して来た。

「さわってほしい?」

 ねっとりと甘く囁かれ、ますます疼く。でも僕は上目遣いに見あげたまま首をふった。一時間後には宮代が出勤してしまう。火が点いたままの体で数日待つのは辛い。そうやって焦らして楽しむ気なのが、いやらしく瞼の垂れた目でわかる。
 これ以上求めてしまう前に、理性を掻き集めて出ようとした僕の腰を宮代が抱いた。大きな掌が臀部を押さえつけながら指を這わせ、擽ってくる。

「ぅん」

 声が洩れた。宮代の目は昏い熱を宿している。反撃するために腹の間へ割り込ませようとした手を退けられて、代わりに握り込まれた。僕を弄ぶ時の残酷な視線が好きで、縋るように見つめる。分厚い舌が濡れた唇から這い出たのを合図に、僕はキスを強請り、声を堪えた。
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