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6 結末はお兄ちゃんが知っている

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 ………………

 ……、………、…


「ん……」


 体が痛い。
 
 目を覚ました私は、両手を高く上げた状態で立ったまま鎖に繋がれていた。


「!!」


 あの、女性が殺された部屋。
 目の前には、こちらに背を向けてなにか作業している久地石さんがいた。

 シャキン──……シャキン──……

 鋭い刃物を交差させるようにして、研いでいる。


「小学校にあがるまで人を食べちゃいけないなんて知らなかったんだよ。納得した。だから爺さんはこんな山奥に隠れて、秘密にしてたんだって」

「……久地石さん、冗談だよね……?」


 声が震える。


「俺さ、けっこう早く気づいたんだよね。我慢なんかする事ない。爺さんと同じようにすればいいんだって」

「た……たすけ……ッ」

「どうしようかな。俺、ルコ気に入っちゃったな」

「なんでもする! なんでもします! 秘密にします!!」

「それは、みんなそう言うんだよ」

「みんな……!?」


 みんなって……いったい何人こんな酷い目に遭ってるの!?


「お、お兄ちゃんは……?」


 訊かないわけにはいかなかった。
 久地石さんは肩越しに振り返って、ニコリと笑った。


「そうか。それがいい」

「え?」

「待ってて」


 久地石さんが部屋を出て行く。そして、階段の軋む音が聞こえた。

 窓がない。
 風は……久地石さんが出て行った扉から弱く吹き込んでくる。


「……地下室……?」


 スマホは持って来た。
 お母さんには、留守電を残した。
 だから、警察が信じてさえくれれば、スマホを辿って見つけ出してくれる。


「……」


 生きよう。
 なにがなんでも。

 なんでも久地石さんの言う事を聞いて、なんなら好きになっちゃったふりとかして、なんとか助けが来るまで、生き延びよう。
 だってそれしか方法がない。


「ルコ」


 久地石さんが戻って来た。
 手には大きめのグラタン皿を持っていた。


「これを食べてよ。そうしたら、ルコは俺の家族だ」

「……ぅ」


 指が生えたタンブラーに、指が生えたケーキを見て来た。
 ついに実物。私は、指の生えているグラタンを前にしているのか。


「……」


 指は、見えない。
 やだ。マカロニみたいに、チーズの下にあるの?

 涙が、溢れて、止まらない。

 さっき決意したのに。
 恐くて恐くて、頭が働かない。


「グラ……タン……?」

「ああ。温め直して来た」


 久地石さんがスプーンを差し込んで、とろりとしたチーズとソースを掬う。


「……!」


 覚悟した指は出てこない。
 ただ、チキンみたいな肉っぽいものは、あった。


「……ぐっ」


 吐き気がこみあげる。
 口元に運ばれるその一口からは、普通のグラタンの匂いがした。

 私は泣きじゃくって、必死で、口を、開けた。


「ルコのいちばん会いたい人だよ」

「!!」


 吐いた。
 吐きながら号泣した。

 お兄ちゃんは殺されて、久地石さんに料理されて、食べられちゃったんだ。


「なんだ。期待したのに、残念だな」

「いや……いやぁ……ッ!」


 久地石さんは吐瀉物を気にも留めない様子で、グラタン皿を台に置いた。
 そして、2本の鋭い刃物を持って、戻ってくる。


「まあ、妹なんだから、同じように美味しいか」

「嫌ッ!」


 久地石さんは嬉しそうに笑っている。


「男より女のほうが、肉が柔らかい。若ければ若いほど、いいんだ」

「嫌ッ! 嫌あぁぁぁッ! 痛いのは嫌、痛いのは嫌っ、やだっ、やだっ、やだっ、刺さないでッ!!」

「駄目だよ。生きたまま殺すから、美味しいんだろ?」



                                (終)
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