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14 追及
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長い時間がかかり、太史慈が疲労困憊になり、死が迫るその肉体が耐え得る限界寸前の苦痛を与えて、ようやく男はそれを吐き出した。
「――あの子が、言っていました」
「そうか」
その時、太史慈は心身ともに疲れ切っていた。男から必要な情報だけを引き出すのは困難で、そして男の口からもたらされた様々な情報は、太史慈を容赦なく懊悩させた。少年が、どのように男に愛でられ、どのような行為を強要され、そしてその度にどのように反応したのかを男が懇切丁寧に教えてくれたからだった。
太史慈は男を拷問した。だが、男もまた、太史慈を拷問していた。
情報の一つ一つが、悍ましくて苦しくて、辛くて惨たらしくて、途中で太史慈の何かが壊れた。
心が鈍磨した。
男が死にかけようが、情報が引き出されなかろうが、情報が引き出されても、ましてやそれが、どのような内容であれ、何も感じなくなった。
怠惰に、男を炙った。
男は身を捩った。だが、太史慈の何かが壊れたのを感じ取ったらしい。いや、太史慈が潰えるのを待っていたのかもしれない。
「あれは、ある夜でした」
男が何を言おうとも、太史慈は反応する心の機微を失っていた。男はまもなく肉体的に死ぬのだろうが、太史慈の心もまた、まもなくか既に死んでいた。
「私の胸元にいたあの子が、私に手を伸ばしたのです」
「そうか」
「珍しくて……嬉しくて……うとうとしていた私ですが、目を覚ましました。あんなに泣き喚いていたくせに、まだ抱かれ足りなかったのかなと思いまして。だったら、また可愛がってやろうとして……」
「そうか」
「そしたら、違っていたのです。あの子は眠っていました。その日も私の精をたっぷり受け入れさせられて疲れていたのでしょうね。……寝ぼけたらしくて」
「そうか」
「むにゃむにゃしながら手を伸ばしたあの子は……私に何をしたと思います」
「どうでもいい」
「太史慈、どこに行っていたんだって言ったのです」
「……え?」
牢獄の片隅に視線をやっていた太史慈は、思わず男に視線を戻した。男は嗤っていた。これ以上ないほど嗤っていた。炙り尽くされた頬はついぞ焼け落ちて、歯列が露になっており、それ故に口角が耳近くまで上がっていた。
男は歯を食い締めていた。嗤いながらも、太史慈を激しく嫉んでいた。大きくなった口が開く。
「憎たらしくて仕方がない。もがき苦しめ、太史慈」
最期の断末魔を吐くと、男は息絶えた。
残された太史慈は、しばらく呆然と男を見ていた。
男が、何を言ったのかを理解するのに時間を要した。
側に置いていた灯火が大きく揺れた。蝋燭の芯が尽きたのだろう。せわしなく辺りを点滅させた後、ぷつりと消えた。
完全な真っ暗闇の中、うっすらと白煙が漂う。
「……そんな」
何もかもを、諦めかけていた。
絶望し切っていた。
あの主はもう手の届かない所へ行ってしまい、そして自分のことなどもう、忘却していると思っていた。
なのに。
「――まだ、私を」
それまでさんざん耳を塞ぎたくなるような話をされていた。その度に心が削られた。だというのに、あの主が自分の名を口にしたというだけで、心身を取り巻く疲労など消え失せた。
体内を、熱い鼓動が駆け巡る。
絶望の中で拾った唯一の確かな情報は、あまりにも充足を満たすものだった。
「……ああ、あああ、あああああ、劉基様!」
壊れかけたものが再び形成され、潰えかけたものが蘇る。
――太史慈。
あの主が、どれほど嬉しそうに自分を呼び付けてくるかを知っている。あの顔。表情。身体。声。物腰。動作。仕草。知れば知るほど、桁外れに美しく整った外見には釣り合わない、幼いただの子どもを。
――劉基様は、困ったお人ですねえ。
呆れ果てて言うと、何故だか得意そうに笑う。こら、と片腕を上げると嬌声を上げて周囲をくるくる回る。手を伸ばしたら避けるくせに、どこかへ行こうとしたら袖を引っ張る。
そうして、見上げて言う。
――お前は、私の側を離れてはいけないんだぞ。
あの、袖を引っ張られた時の力の強さ。
心細さを訴えていた。
「……ああ」
太史慈は目を閉じた。
希望を見出す。
例え、どれほどの絶望の中からでも。
たった一つの消息さえあれば、いくらでも追えると太史慈は思った。
「――あの子が、言っていました」
「そうか」
その時、太史慈は心身ともに疲れ切っていた。男から必要な情報だけを引き出すのは困難で、そして男の口からもたらされた様々な情報は、太史慈を容赦なく懊悩させた。少年が、どのように男に愛でられ、どのような行為を強要され、そしてその度にどのように反応したのかを男が懇切丁寧に教えてくれたからだった。
太史慈は男を拷問した。だが、男もまた、太史慈を拷問していた。
情報の一つ一つが、悍ましくて苦しくて、辛くて惨たらしくて、途中で太史慈の何かが壊れた。
心が鈍磨した。
男が死にかけようが、情報が引き出されなかろうが、情報が引き出されても、ましてやそれが、どのような内容であれ、何も感じなくなった。
怠惰に、男を炙った。
男は身を捩った。だが、太史慈の何かが壊れたのを感じ取ったらしい。いや、太史慈が潰えるのを待っていたのかもしれない。
「あれは、ある夜でした」
男が何を言おうとも、太史慈は反応する心の機微を失っていた。男はまもなく肉体的に死ぬのだろうが、太史慈の心もまた、まもなくか既に死んでいた。
「私の胸元にいたあの子が、私に手を伸ばしたのです」
「そうか」
「珍しくて……嬉しくて……うとうとしていた私ですが、目を覚ましました。あんなに泣き喚いていたくせに、まだ抱かれ足りなかったのかなと思いまして。だったら、また可愛がってやろうとして……」
「そうか」
「そしたら、違っていたのです。あの子は眠っていました。その日も私の精をたっぷり受け入れさせられて疲れていたのでしょうね。……寝ぼけたらしくて」
「そうか」
「むにゃむにゃしながら手を伸ばしたあの子は……私に何をしたと思います」
「どうでもいい」
「太史慈、どこに行っていたんだって言ったのです」
「……え?」
牢獄の片隅に視線をやっていた太史慈は、思わず男に視線を戻した。男は嗤っていた。これ以上ないほど嗤っていた。炙り尽くされた頬はついぞ焼け落ちて、歯列が露になっており、それ故に口角が耳近くまで上がっていた。
男は歯を食い締めていた。嗤いながらも、太史慈を激しく嫉んでいた。大きくなった口が開く。
「憎たらしくて仕方がない。もがき苦しめ、太史慈」
最期の断末魔を吐くと、男は息絶えた。
残された太史慈は、しばらく呆然と男を見ていた。
男が、何を言ったのかを理解するのに時間を要した。
側に置いていた灯火が大きく揺れた。蝋燭の芯が尽きたのだろう。せわしなく辺りを点滅させた後、ぷつりと消えた。
完全な真っ暗闇の中、うっすらと白煙が漂う。
「……そんな」
何もかもを、諦めかけていた。
絶望し切っていた。
あの主はもう手の届かない所へ行ってしまい、そして自分のことなどもう、忘却していると思っていた。
なのに。
「――まだ、私を」
それまでさんざん耳を塞ぎたくなるような話をされていた。その度に心が削られた。だというのに、あの主が自分の名を口にしたというだけで、心身を取り巻く疲労など消え失せた。
体内を、熱い鼓動が駆け巡る。
絶望の中で拾った唯一の確かな情報は、あまりにも充足を満たすものだった。
「……ああ、あああ、あああああ、劉基様!」
壊れかけたものが再び形成され、潰えかけたものが蘇る。
――太史慈。
あの主が、どれほど嬉しそうに自分を呼び付けてくるかを知っている。あの顔。表情。身体。声。物腰。動作。仕草。知れば知るほど、桁外れに美しく整った外見には釣り合わない、幼いただの子どもを。
――劉基様は、困ったお人ですねえ。
呆れ果てて言うと、何故だか得意そうに笑う。こら、と片腕を上げると嬌声を上げて周囲をくるくる回る。手を伸ばしたら避けるくせに、どこかへ行こうとしたら袖を引っ張る。
そうして、見上げて言う。
――お前は、私の側を離れてはいけないんだぞ。
あの、袖を引っ張られた時の力の強さ。
心細さを訴えていた。
「……ああ」
太史慈は目を閉じた。
希望を見出す。
例え、どれほどの絶望の中からでも。
たった一つの消息さえあれば、いくらでも追えると太史慈は思った。
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