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人間と怪異
第三十三話:八宵の看病
しおりを挟む二人は自宅に戻り、八宵は自分の部屋にある一人用のベッドで休むことになった。月乃が体温計で八宵の体温を測ると、熱が三十八.九度もある。月乃はすぐにバタバタと氷枕と冷たいタオルを準備しだす。八宵の頬や耳は先まで赤く染まっており、目はぼんやりと薄く開いているだけである。呼吸も少々荒く苦しそうだ。自宅に帰った事で安心してしまったのか、急に体調が急降下してしまったのだ。
(何か……怪異特有の流行り病とかじゃなきゃいいけど……)
月乃は何か良くない胸騒ぎがした。八宵の頭の下に氷枕を忍ばせ、額には熱を冷ますシートを貼ってやる。
「八宵……大丈夫か?身体……熱いか?」
月乃は八宵の側に行き心配そうに声をかける。八宵からは明確な返事がなく、その事は月乃の心配をより増幅させてしまう。八宵は人間ではない。怪異である。自宅には人間用の市販の風邪薬等の買い置きはあるが、果たして今の八宵にどれほど効力があるだろうか。月乃は側で八宵の様子を見ているだけしかできず、非常に歯痒い思いであった。
「つきの……そばに……いる?」
八宵は小さく月乃に問いかける。“ちゃんと側にいるよ”と月乃は八宵の手を握ってやるが、八宵の手には力がこもっていない。時刻は丁度二十時頃、夜間の病院に向かった方が良いだろうか。しかし、人間を専門とする病院ではきっと八宵は診てはもらえないだろう。月乃は朝イチで、自身の勤める怪異対策課の医務室に勤務する医師に連絡をとってみようと考えていた。今晩は八宵の様子をよく見ておかなければならない。月乃は今晩は安心して就寝できないであろう事を悟ると、八宵のベッドの近くに椅子を置き、側で待機できるようにした。そこで八宵の汗を拭ってやったり、水分を摂らせたりと、いつでも八宵に手が届くように努めた。丁度夜中の零時を過ぎる頃には、八宵は苦しそうではあるが寝息をたてて就寝し始めた。
――
八宵は就寝中、熱に浮かされながら不思議な夢をみていた。それはある暑い真夏の日の事。周囲には道行く人々が大勢いる。皆楽しそうに、何かを喋ったり何処かにせわしく向かったりしている。自分は……何か透明な膜のような物に遮断されており、外を見ることは出来るのだが、どうしてだか外には出られない。周囲をウロウロと彷徨ってはみるが、ただただ苦しさが増すばかりで、どんどんと周囲の気温は上昇していく。
(苦しい……息が……できない……)
声を出して周囲の人々に助けを呼ぼうにも、何故だか声を出す事ができない。少しも声を出せる気がしないのである。そして、こんなにも苦しいのに、道行く人々は誰も自分に気が付いてくれないのだ。
(僕は……どうしてここに……?誰か……こっちを見て!僕に気付いて!)
八宵の思いとは裏腹に、周囲の人々は自分に目もくれず楽しそうに笑っている。
(みんな!僕は……ここだよ!……ねぇ!誰か……!)
息はますます苦しさを増す。もう、きっと自分はもうダメなんだ、誰も自分には気が付いてくれないのだ。ただただ寂しさだけが心を充満していく。八宵は全て諦めて、ただ全身の力を抜いてそこにいるだけしかできなかった。
――
「誰か……僕を……見つけて……一人に……しないで……」
八宵は熱に浮かされながらぼんやりと部屋の天井を見ながら、誰に向けるでもなくそう呟いていた。
「僕は……なんで……ここにいるの……?なんで……一人ぼっちなの……」
月乃は八宵が熱に浮かされながら、何かうわ言を話している事に気が付くと、すぐに八宵の手をとり強く握る。
「八宵。お前の側には俺がちゃんといるよ……。お前を……決して一人にはさせない。大丈夫だから……」
八宵は月乃が側にいる事には気が付いているのだろうか。少しだけ月乃の手に八宵の力が込められるのに、月乃は気が付いた。
朝になると、八宵の容態は少しだけ落ち着きを見せていた。発熱自体は三十八度程度と変わらずではあるが、月乃の存在をしっかり目視で確認することができていて、簡単な受け答えはできるようであった。
「八宵……。昨晩は辛かっただろ。すぐに怪異対策課の医者を呼ぶから。もうちょっとだけ我慢しててな……」
その日は平日ではあったが月乃は有給とり、朝からつきっきりで八宵の看病をしていた。
「月乃……。ごめんね……。お仕事……休んだんでしょ?僕のせい、だよね……」
八宵は辛そうに、申し訳なさそうにしている。月乃はそんな八宵の言い分に構わず
「ほら、いっぱい汗かいたんだから。ちゃんと汗拭いてやるから、着替えるぞ」
と問いかけると八宵の全身の汗をしっかりと拭い、下着や寝巻きを着替えさせる。“パンツは自分で履くから”という事で八宵は恥ずかしそうにクマさん柄のアニマルパンツを自分で履く。その間に簡単にシーツと布団を交換すると、八宵に何か食べさせようと台所に向かった。冷蔵庫にはいくつかフルーツの入っているゼリーがあり、これなら八宵も食べられるだろうと思った月乃は、八宵にゼリーを食べさせる事にした。ゼリーのパッケージを開けスプーンで少量すくってやり、起きている八宵の口元に添えようとするが、八宵の方は“自分で食べられるから”という事で月乃からスプーンとゼリーを受け取り、自分の力で食べ始めた。
お昼前になると、怪異対策課の医務室で勤務している医師が自宅に訪問して来てくれた。その男性医師はピンク色と黄色のツートンカラーの髪色で、セミロングの髪型をしている。顔の両サイドの襟足は長く触覚のように垂れ下がっており、深紅の瞳が大変印象的である。名はルビィと言い、怪異を相手にした医療行為を専門としている。以前八宵が怪異対策課にて健康診断を受けた際に担当してくれた医師でもあった。ルビィは八宵の胸元を開けると聴診器でかすかに震える心音を確認したり、咽喉の腫れ等を確認していた。
「何か重大な病という訳ではありませんし、風邪という訳でもないですね。八宵さんは随分と暑さに弱いようなので気を付けてあげてください。きっと疲れが溜まっていたのでしょう。……少し脱水症状がでているのと、体内の酸素濃度が少し低くなっているのが気がかりです。念の為、点滴だけしておきますね」
ルビィは優しく八宵に微笑みかけると、手早く処置をし始めた。診察と処置が終わり、月乃が診察代を払おうとすると、ルビィは
「八宵さんに関しては、以前からよくご存知ですから、今回はお代は構いませんよ。早く元気になって……また良かったら私の所にも遊びに来てくださいね」
と八宵の頭を撫でて職場に戻って行った。点滴が終わると、八宵の調子は随分と回復しているようであった。熱はまだ微熱であるが、とにかく何か怪異特有の病気でなかったことは月乃を安堵させた。
「八宵……体内の酸素濃度が低くなってるみたいだけど、大丈夫か?呼吸、苦しくない?」
月乃は上体を起こしている八宵に優しく問いかける。
「大丈夫……だいぶ気分良くなったし、点滴もしたから。……ありがとね、月乃。昨晩はずっと僕の側にいてくれたんだよね……月乃はちゃんと寝れた?ごめんね、迷惑かけて」
少し元気を取り戻し、いつものように会話もできるようになった八宵の様子を見て、月乃は再び八宵に問いかける。
「キス……していいかな?」
「……えっ……大丈夫かな。バイ菌とか、月乃にうつったりしない?」
「風邪とかじゃないんだから……大丈夫だよ。お前の呼吸の方が、心配なんだけど」
少し躊躇している八宵を見つめながら、月乃はぽつりと
「……千咲さんとは……そんな状態でキスしたくせに……」
と珍しく少しいじけた表情を見せている。
「う……それは……僕もよく覚えてないんだけど……。じゃあさ、ちょっとだけなら、大丈夫だよ?月乃……もっと……側に来て」
月乃は上体を起こしている八宵の側に手をついて身体を屈ませ、八宵の唇に触れようとする。月乃は軽く触れるだけのキスをするとすぐに八宵から離れた。少し顔を赤くしている八宵であったが、どこか物足りなさそうに
「もうちょっと……してくれても良いのに……」
と月乃に聞こえるように呟いていた。いつもの調子が戻っている八宵を微笑ましく思いながら、月乃は再び八宵を寝かしつけるのであった。
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