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人間と怪異
第三十四話:人間と怪異の恋愛
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八宵の体調は一応の落ち着きを見せたが、しばらくの間は自室のベッドで身体を休める日々が続いていた。ベッドで何もするでもなく休んでいると、色々とよくない事も考えてしまう。自分と月乃の関係性について。今は、月乃は自分の事を側に置いてはくれているが、今後例えば月乃が人間の女性を好きになったらどうなるだろうか。月乃もいい歳である。普通だったら人間の女性と真剣な交際をして、結婚もして……子供ができて……。そうなれば怪異の自分はどうなるだろうか……。きっと捨てられる。月乃は優しいから、万が一捨ててくれなくとも、自分は飼い殺しなんて耐えられない。きっと自分から離れるだろう。八宵は、自室のベッドでそんな事を悶々と考えてしまっていた。自宅ばかりに閉じこもっていても、かえって気分が滅入ってしまう。月乃からは体調が良くなるまでは外出を控えるように言われていたが、八宵は気分転換も兼ねて少しだけ外出してみる事にした。
特に明確な行き先はないため当てもなく街中をふらふらと歩いていた。何故だかその足は、昔自分が野良で生活していた際に暮らしていた古びた廃屋に向かう。古い木造建築で屋根に穴は空いている上、窓ガラスもヒビが入っている。室内の襖は汚れ、障子にはほとんど穴が空いてその機能を果たしていない。畳は雨水等で水分を含んでしまったのか、膨張して薄緑色に変色してしまっている。畳の上には幾つか木箱を並べて八宵が作った簡易ベッドと何処かの粗大ゴミ置き場で拾って来た薄汚れた毛布があるだけだ。八宵はおもむろに木箱のベッドに寝転がる。夜になると此処からは屋根の隙間から綺麗な月が見える。その月を眺めながら静かに眠りに落ちるのが八宵の密かな唯一の楽しみであった。別に今の月乃との生活に何か不満がある訳ではない。しかし、自分は他者と関係性を築くのが非常に苦手なのだ。野良時代は特に、人間を利用してその日暮らしを送っていたため、特定の他者と長期的な関係性を築くのがどういう事なのかよく理解ができていない。月乃は自分にほぼ無償の愛を注いでくれている。しかし、よくよく考えてみると自分は月乃に返せるものが何もない。それどころか自分の呼吸維持のために霊力を搾取するだけの存在である。
「僕が……人間界で生きる意味ってあるのかな……」
八宵は空を見上げながらそんな事をぽつりと呟いていた。空を見上げ屋根の隙間から青空を眺めるが、真昼のため当然月は出ていない。
(寂しいな……)
そういえば……今の自分は暫く中華屋でのバイトを休んでいる。急に八宵のシフトの穴があき、きっとべに丸達には迷惑をかけただろう。中華屋のバイト経験は、八宵に月乃以外で唯一、人間界での存在意義を見出せるものであった。せめてべに丸とオーナーの千咲さんには少しだけ挨拶をしておこう。八宵は再び木箱のベッドから身体を起こしバイト先の中華屋に向かった。
中華屋に到着すると、早速べに丸が八宵の来訪を喜んでくれる。
「八宵……!もう体調は大丈夫なのカ?お前……しばらく連絡ないから心配してたんだゾ……」
「べに丸、急に休んじゃってごめんね。もう元気になったからさ、大丈夫だよ」
べに丸はその言葉に安堵するが、八宵の表情が少し影を落としている事に気が付いていた。
「折角来たんだから……奥で少し話でもするカ?それに、腹が減ってるようならなんか用意して来るヨ」
八宵は中華屋の奥にある客間に通される。べに丸は
「なんか適当に食えるもん作って来るから、そこで待ってろヨー」
と八宵に声をかけると、厨房に向かった。少しして、誰かの足音が聞こえる。オーナーの千咲である。
「おっ!八宵~よく来たな。お前あの後大丈夫だったのか?この店、お前目当てに来てる客もいるからさぁ~……俺としてはまたバイト来て欲しいんだけど……ホント商売上がったりでさぁ~」
などと早速軽口を叩いている。やはり八宵は少し寂しそうな笑顔を見せるだけでどこか覇気がない。その事に気が付いた千咲は、よいしょっと八宵の正面の椅子に座る。
「……どしたの?八宵、なんか悩んでる?」
八宵は少しの沈黙の後口を開く。
「千咲さんはさ……なんでべに丸と付き合ってるの?僕……千咲さんは女の人も大好きでキャバクラとかもよく行くってべに丸から聞いた事あるよ」
急に意表を突かれてしまい、千咲は何かよくない汗をかいて戸惑ってしまう。
「それは~……その、お互い暗黙の了解というか。べに丸の奴が割と放任主義なところがあるというか……」
千咲は言い淀んでしまう。少しだけ咳払いをして、いつもよりほんの少し真面目な表情をすると、千咲は八宵に語りかける。
「実際の所……人間と怪異にはその寿命に大きな差がある。人間なんて良くて八十、九十。それに対して怪異はどうだ?千年以上生きる奴だっている。これは例えばの話なんだが、俺がたとえ死んだとしても、きっとべに丸は要領良く生きていくんだろうな。俺よりずっと良い奴見つけて……さ。……だからという訳じゃあないんだけども、せめて俺の今生は好きに自由にさせて欲しいなぁ~なんて……」
「べに丸の事は……ちゃんと好き?」
「好きだよ。ちゃんと……愛してる」
八宵は、そっかと呟くとそれ以上は千咲に対して追求しなかった。そうこうしているとべに丸が軽食を作って現れた。八宵は悪いと思ったのだが、べに丸の作る料理は大変美味しい。折角なので少し三人で談笑しながら軽食をつまみ、少しして八宵は帰る事にした。
「また……来いヨ?待ってるかラ」
玄関先で、べに丸は名残惜しそうに八宵の手を掴んでいる。八宵は小さく頷くと中華屋を後にした。
「あの二人……大丈夫かナ?特に八宵の奴……」
べに丸は心配そうに八宵の後ろ姿を暫く眺めている。千咲はその日の店仕舞いをしながら
「俺はむしろ……月乃の奴の方が心配だけどな。あいつは相当執着が強い奴だよ。普段クールぶって無関心装ってるけど、ああいう奴の方が、好きになった相手に土壇場で何しでかすか分かんないんだよな~……」
「そういうもんなのカ?」
「怪異なんて……人間に危害を加える奴だっているから恐れられてはいるけど……俺はよっぽど、人間の方が怖いと思うけどねぇ~」
千咲はべに丸の隣に立ち、離れて小さくなった八宵の後ろ姿を一緒に眺めている。
「愛は呪い……だからねぇ~」
千咲は誰に言うでもなく、ウンウンと頷きながらそんな事を呟いている。
「べに丸はさ、もしも俺が死んだら悲しむのかな?」
「……どうだろうナ……」
べに丸はそっと千咲から離れる。
(そんな事言うなよナ……トオルの阿呆ッ!)
自宅に戻った八宵は、心に巣喰った靄が晴れないまま月乃の帰宅を静かに待っていた。
特に明確な行き先はないため当てもなく街中をふらふらと歩いていた。何故だかその足は、昔自分が野良で生活していた際に暮らしていた古びた廃屋に向かう。古い木造建築で屋根に穴は空いている上、窓ガラスもヒビが入っている。室内の襖は汚れ、障子にはほとんど穴が空いてその機能を果たしていない。畳は雨水等で水分を含んでしまったのか、膨張して薄緑色に変色してしまっている。畳の上には幾つか木箱を並べて八宵が作った簡易ベッドと何処かの粗大ゴミ置き場で拾って来た薄汚れた毛布があるだけだ。八宵はおもむろに木箱のベッドに寝転がる。夜になると此処からは屋根の隙間から綺麗な月が見える。その月を眺めながら静かに眠りに落ちるのが八宵の密かな唯一の楽しみであった。別に今の月乃との生活に何か不満がある訳ではない。しかし、自分は他者と関係性を築くのが非常に苦手なのだ。野良時代は特に、人間を利用してその日暮らしを送っていたため、特定の他者と長期的な関係性を築くのがどういう事なのかよく理解ができていない。月乃は自分にほぼ無償の愛を注いでくれている。しかし、よくよく考えてみると自分は月乃に返せるものが何もない。それどころか自分の呼吸維持のために霊力を搾取するだけの存在である。
「僕が……人間界で生きる意味ってあるのかな……」
八宵は空を見上げながらそんな事をぽつりと呟いていた。空を見上げ屋根の隙間から青空を眺めるが、真昼のため当然月は出ていない。
(寂しいな……)
そういえば……今の自分は暫く中華屋でのバイトを休んでいる。急に八宵のシフトの穴があき、きっとべに丸達には迷惑をかけただろう。中華屋のバイト経験は、八宵に月乃以外で唯一、人間界での存在意義を見出せるものであった。せめてべに丸とオーナーの千咲さんには少しだけ挨拶をしておこう。八宵は再び木箱のベッドから身体を起こしバイト先の中華屋に向かった。
中華屋に到着すると、早速べに丸が八宵の来訪を喜んでくれる。
「八宵……!もう体調は大丈夫なのカ?お前……しばらく連絡ないから心配してたんだゾ……」
「べに丸、急に休んじゃってごめんね。もう元気になったからさ、大丈夫だよ」
べに丸はその言葉に安堵するが、八宵の表情が少し影を落としている事に気が付いていた。
「折角来たんだから……奥で少し話でもするカ?それに、腹が減ってるようならなんか用意して来るヨ」
八宵は中華屋の奥にある客間に通される。べに丸は
「なんか適当に食えるもん作って来るから、そこで待ってろヨー」
と八宵に声をかけると、厨房に向かった。少しして、誰かの足音が聞こえる。オーナーの千咲である。
「おっ!八宵~よく来たな。お前あの後大丈夫だったのか?この店、お前目当てに来てる客もいるからさぁ~……俺としてはまたバイト来て欲しいんだけど……ホント商売上がったりでさぁ~」
などと早速軽口を叩いている。やはり八宵は少し寂しそうな笑顔を見せるだけでどこか覇気がない。その事に気が付いた千咲は、よいしょっと八宵の正面の椅子に座る。
「……どしたの?八宵、なんか悩んでる?」
八宵は少しの沈黙の後口を開く。
「千咲さんはさ……なんでべに丸と付き合ってるの?僕……千咲さんは女の人も大好きでキャバクラとかもよく行くってべに丸から聞いた事あるよ」
急に意表を突かれてしまい、千咲は何かよくない汗をかいて戸惑ってしまう。
「それは~……その、お互い暗黙の了解というか。べに丸の奴が割と放任主義なところがあるというか……」
千咲は言い淀んでしまう。少しだけ咳払いをして、いつもよりほんの少し真面目な表情をすると、千咲は八宵に語りかける。
「実際の所……人間と怪異にはその寿命に大きな差がある。人間なんて良くて八十、九十。それに対して怪異はどうだ?千年以上生きる奴だっている。これは例えばの話なんだが、俺がたとえ死んだとしても、きっとべに丸は要領良く生きていくんだろうな。俺よりずっと良い奴見つけて……さ。……だからという訳じゃあないんだけども、せめて俺の今生は好きに自由にさせて欲しいなぁ~なんて……」
「べに丸の事は……ちゃんと好き?」
「好きだよ。ちゃんと……愛してる」
八宵は、そっかと呟くとそれ以上は千咲に対して追求しなかった。そうこうしているとべに丸が軽食を作って現れた。八宵は悪いと思ったのだが、べに丸の作る料理は大変美味しい。折角なので少し三人で談笑しながら軽食をつまみ、少しして八宵は帰る事にした。
「また……来いヨ?待ってるかラ」
玄関先で、べに丸は名残惜しそうに八宵の手を掴んでいる。八宵は小さく頷くと中華屋を後にした。
「あの二人……大丈夫かナ?特に八宵の奴……」
べに丸は心配そうに八宵の後ろ姿を暫く眺めている。千咲はその日の店仕舞いをしながら
「俺はむしろ……月乃の奴の方が心配だけどな。あいつは相当執着が強い奴だよ。普段クールぶって無関心装ってるけど、ああいう奴の方が、好きになった相手に土壇場で何しでかすか分かんないんだよな~……」
「そういうもんなのカ?」
「怪異なんて……人間に危害を加える奴だっているから恐れられてはいるけど……俺はよっぽど、人間の方が怖いと思うけどねぇ~」
千咲はべに丸の隣に立ち、離れて小さくなった八宵の後ろ姿を一緒に眺めている。
「愛は呪い……だからねぇ~」
千咲は誰に言うでもなく、ウンウンと頷きながらそんな事を呟いている。
「べに丸はさ、もしも俺が死んだら悲しむのかな?」
「……どうだろうナ……」
べに丸はそっと千咲から離れる。
(そんな事言うなよナ……トオルの阿呆ッ!)
自宅に戻った八宵は、心に巣喰った靄が晴れないまま月乃の帰宅を静かに待っていた。
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