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第二章 戴冠者を襲うもの
2権力者の思惑
しおりを挟む「そういえば、剣なんて使えるの?」
ふとしたように視界に入ってきたロングソードを見て、メアリーは何気なく指摘した。
特に理由はなかったけど、これから様々なものと戦う上では相互理解が必要だろう。たったそれだけ、そんな意図で聞いて見ただけのなのだが、アリオストロはまるで気まずいと言ったように肩を跳ねさてから、持っていたピンク色のマカロンを机にポスッと落とした。
メアリーは頭を片手で支えてから深々とため息を吐いた。
あまりにもわかりやすい態度を取るアリオストロへの失望……いやどうしよう、その辺りの中間の感情が心を襲ったのだ。現在はまだ次期王候補という存在ではあるが、これからは王になるのだ。そう言ったことも視野に入れてほしい。何回目かもわからないメアリーにとっての苦悩は本人に伝わることなく、泡沫に消えていった。
「それが……ないんです」
「そんなに溜めて言わなくっても察してるよ。逆に何が使えるの?」
「果物ナイフ?」
「食うときに使うだけだろ」
思わず声がいつものトーンに戻ってしまったメアリーは更に空いた手で顔面を覆った。
戦闘力がこのチームにはカスしかない。ないことは知っていたけれど、これほどまでは……とはメアリーの心情だった。そこまでいうほどのメアリーがどれほど強いか、それに関してはメアリー自身理解してなかった。確かにメアリーはオーガッシュからそれなりの格闘技を教わっている。けれどそんな経験は今は記憶の彼方、せいぜい鶯鳴だったときに見聞きした簡易的な合気道くらいしかできなかった。
まぁだが、メアリーに関してはその鶯鳴の記憶がうまく作用して人の体に傷をつけることに対して抵抗感は全くない。
もし今からでも刺客が来たとして、ぶん殴って殺してしまったとしても罪悪感なんて浮かぶことはないんだろうな、そう思っている。鶯鳴は元は外科医だ。切った圧迫したはむしろ得意分野でもある。
「そうだ、魔物って出没確率は高いの?」
「いや?噂程度にしか聞いたことがないし、北の街ポスは立地的に魔物が出にくいって話は聞いたことがある」
「へぇーじゃあ、どこら辺に出没しやすいとか決まっているんだ」
「南と西は酷いらしいぞ。あと神聖中立領域とかにもよく出るって」
「……神聖中立領域?」
メアリーがアリオストロの言葉に引っかかった。
神聖中立領域、その言葉を口の中で転がすのは簡単だが、飲み込むには些か時間がかかった。中立領域ということは空の国には戦争の歴史があったということだ。一神教である国で珍しい。メアリーは多宗教ゆえの戦争は知っていても一神教による争い事にはぴんと来ていなかった。それにしても本当に珍しい。インフラが神に全て握られているのにも関わらず争い事なんて、起こしたものは相当な節穴か、それとも考え知らずか……どちらにせよ馬鹿であることは変わりない。
「そう、神聖中立領域。神都ニフタと禁忌の山の周辺だよ」
禁忌の山。
その言葉にメアリーは反応した。お菓子を堪能しているアリオストロを横目に席を立ちあがる。バルコニーに続く道を歩いてそれから大きく盛り上がる山の方向を指さした。それはちょうど南の方向……神都ニフタの近辺を示している。
「もしかして、禁忌の山ってあれのこと」
「ん?あ、そうそう。あの山のこと」
やはりか、メアリーは顎に片手を添えて考え込む。
あそこは散々言い聞かされていた、行くなと言われた裁定の山。何をどうしたら禁忌の山なんて呼ばれているのかわからないが、いやそもそもオーガッシュが後から名付けた可能性もあるのか、結局禁足地帯であることには変わりない。こうなってくるとどうしてそう呼ばれるのか気になってくる。メアリーはアリオストロの対面にあるソファーに戻ってから、
「名の由来とか知ってるのか?」
そうアリオストロに訊いた。
「明確な……とまではいかないけど…………神の座す山だとか」
「なるほど、となると……裁判場がそこにあるって感じかな……」
「裁判場?」
呆れかけた言葉は途中で止まった。
なぜなら今まですっかりと忘れていたがアリオストロは社会的弱者の立場であったのだ。噂程度には知っているが実際どうなのか、その辺りは人伝の知識だろう。メアリーはポタポタとティーポットからお替りの紅茶を注ぐ。
ティーカップを傾けながら、座った目で頭を傾げたアリオストロを見た。
正直なところ、アリオストロの知識の無さには納得がいく。
だが、知識がないことと常識がないことは別だ。悪いことをしたら裁判にかけられる……くらいはこの異世界でも当然常識としてあるものだと思っていたし、今までそう思ってきた。
しかし、ここで改めてこの世界の常識を更新せねばならないな、とメアリーは考える。
裁判という言葉を初めて聞きましたというように沈黙を貫きながらむしゃむしゃとロールケーキを啄むアリオストロを見れば、そういうものがない……かもしれない、なんて考えが浮かんでくる。
なぜなら、その山が裁定の山として名前が普及してなくても、メアリーが裁判という言葉を出した時点でアリオストロから訂正が入るはずだからだ。裁判場ならここだよ、みたいな言葉が出てくるのが当たり前で、そうでなくても、裁判上は違う場所にあるくらいのことも言えるはずだ。
だが、起こされた反応は明らかに言葉の意味をわかっていない返答であった。
「アリオストロ、例えば悪いことをしたらどうなる?」
「そんなの神託によって神罰が下るだけだよ」
「三権分立はなさそうだ」
これは王になった後大変なことになる。
「三権分立?」と悩むアリオストロにメアリーは「なんでもない」と答えた後、もう一つ気になることを訊く。
「警察……あー神託が下るまでどうするんだ?悪いことをしたとしても逃げられる場合があるだろう?」
「?そう言うときは普通に小神殿から神罰代行騎士団が派遣されるんだぞ?そんなことも知らないのか?」
「……何せ、今まで森暮らしだったからね」
「ああ、だから野蛮……」
メアリーは瞬時にソファーに置き直していた杖を持ち上げ脅威の瞬発力でアリオストロの左頬を殴った。
「ぎゃふん」と言う言葉を無視して、メアリーはソファーに役目を終えた杖を置く。今度は最短距離で殴れるように、立てかけることも忘れずに。
「神罰代行騎士団だから警察みたいなもの、でも派遣元が小神殿ということは……まぁ、腐敗はしているだろうな……」
「いてぇ……」
「余計なことを言うからだ」
メアリーの思考は更に回る。
もはやため息も出ないほど清々しい独裁政権である。しかも神が堂々と存在していることが加味して、人間の独裁政権の更に上をいく英才教育まで施されている。これはなんて呼べばいいんだろう。神聖独裁政権ってか?神の声を思い出す限り結構口出してくるタイプに見えたからな。
この世界の住人にあるまじき考えを持つメアリーは考えをここまでに頬を押さえるアリオストロに咳払いする。
「ちなみにトップは?」
「そんなの四天使様だろ」
「熾天使……」
キリストまで来たか。
実際は四人の天使なのだが、発音的にもかぶってしまったが為、メアリーは勘違いしたまま話がすすまった。
キリスト的要素も含まれているのか、そんな考えが浮かびつつ「いい加減にしろ」と言いたくなった。ギリシャ神話なのか、キリスト教なのか、それともそれも全部混ざったものなのか、というか一神教の割には多彩な女神の像があちらこちらに彫刻として残っていた。それは教義としてありなのか、そもそも神という存在を描いていいのか、そういったところも異世界クオリティーというのか、なんだか意味のわからない物だらけでメアリーはそれだけの問題でも将来を思ってめんどくさいと感じた。
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