神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

文字の大きさ
32 / 121
第二章 戴冠者を襲うもの

2追い迫る刺客

しおりを挟む

「メアリー様?アリオストロ様?」

 その声はスキロスの声だった。
 彼女は返事がないことを訝しげに思ったのか、ギギっと扉の音を鳴らす。それに鼓動を跳ねさせながらメアリー達はスキロスが早く出て行ってくれることを願った。

 ベッドマットのワタが吐く息を吸収して暑くなる。
 たらりと流れるひたいからの汗が吸われて、さらに呼吸がし辛くなった。

「あ、寝ていらしゃったのですね。おやすみなさい」

 天蓋ベッドを見たからだろう。
 大人しくすんなりと帰ったスキロスに、緊張感というよりも不安が優った。本当に監視役があの子でよかったのだろうか、それからメアリーは騒ぎになってくれないことに焦燥を感じる。本来の計画であれば、スキロスが見にきて不在であることを知り騒ぎが起きることを望んでいたがそれもできそうにない。
 このままでは夜が明けてしまう。
 それではだめだ。どうしてもこの時間帯にメアリーとアリオストロが不在であるという事実がなければどうすることもできない。

 そう思ったとき、唐突に走ってくる音が聞こえる。
 今度こそ、メアリーはアリオストロの手を強く握った。バレたくないという心臓の鼓動と不在であることを知られなくてはならないという感情が交差して頭をバカにする。
 そうして、近づく足音を聞きながら「どうか今度こそ計画通りに行ってくれ」と思えば、非常に大きく扉が開け放たれる音がする。

 それはまるで花火のような、あるいは銃声のような、それほど大きく聞こえたのはやはり緊張のせいか、理性を保つふりをしながら、メアリーはぎゅっと目を瞑った。

「スキロス!!」
「はいはい!団長!どうなされました!!」

 団長という言葉に思わず口が開きかけた。
 カラスと呼ばれる組織の長ということだろう。いないことに気がつかれなければならないとは言ったものの、こんな相手を前にそれができるのであろうか。そう思うと汗が先ほどとは比にならないほどじわじわと滲んできた。
 それはアリオストロも同じで、彼も新たな登場人物に叫びたくなるほど気持ち悪く酔うような気分にさせてくる。

 シャー!っと天蓋が引かれる。
 息を詰めた音がアリオストロの頭の中で響いてやまない。

「監視対象がいなくなっているではないか!」
「あ、本当だ」
「何が『あ、本当だ』だ!くそ、やられた……それにしてもどうやってこの部屋から出たんだ……」

 その言葉にメアリーは己の失態に気がつく。
 窓でも開け放っていればよかった。偽装することに尽力をかけすぎて偽りの逃亡ルートを用意するのを忘れていた。それはとてもまずいことだ。このままでは、この部屋に潜伏していると気が付かれてしまう。

「んー。でも、この部屋にはもういないんじゃないですか?」
「……何?」

 「だって」そう続けたのはスキロスだ。
 ああ、そうだここには天然のバカがいる。だから何も問題ない、勝手に考察して、勝手に撤収してくれるだろう。そんな浅はかな願いともいえない感情を溢して、いれば徐にスキロスの声が近づいた。

グサ。

「隠れるとしたらここくらいしかないだろうし、見てください。ベッドに刺したナイフは血に汚れてません」
「貴様……!それで戴冠者を殺してしまえばどうなっていたのかわからないのか!!」

 メアリーとアリオストロの重ねた手の上に大きめなナイフの先端が刺さった。
 もう少し下に刺されていれば、そう想像して二人の呼吸は浅くなる。

「あ、そうだった」
「なぜお前が鴉に選ばれたのか不思議でならん……」
「だって成績一位だったんですもん!」
「御託はいい。さっさと他の鴉たちに連絡し、戴冠者の足取りを掴め!いいか領内では決して次期王候補を殺すなよ」
「わかってますよ!」

 そういうとスキロスの声が遠ざかる。
 ついでに団長と呼ばれた人物の足音もカツンカツンと遠ざかった。
 アリオストロがメアリーと繋いだ手に力を込める。それは痛いくらいに締め付けてくるからメアリーは唇をかみしめて耐えようとした。ここを出たらまずアリオストロの顔面を殴ってやる。その決意を固めてメアリーの手が白くなりそうになるのを肌で感じながら「ふぅ」と聞こえないように息を吐いた。

 とりあえずどうであれ最初の目的は果たされた。あとは夜明け寸前まで待てばいい。

 そう安堵した時、パタパタと走ってくる誰かの足音が聞こえた。
 メアリーとアリオストロの間にまた緊張感がやってくる。どうかバレませんように、どうかこの部屋の見張りでないように、そんな願いを葉を食いしばりながら祈っていると陽気で緊張感のないよく知る声がベッド近く……メアリーたちが隠れている場所へと届いた。

「どうも!ついさっきソピア馬車運営っていうところのジャックさんに買収されたスキロスです!メアリー様、アリオストロ様!領外に出るための馬車を用意したので、出てきてください!」

 いや、バレた時点でメアリーとアリオストロの命運は終わったのだが、それにしてもスキロスにバレるとは思ってもいなかったメアリーは渋い顔をしながら、あくまでもジャックに買収されたというスキロスの言葉を信じない様子でマットレスの中から這い出て、スキロスを見た。
 白い健康的な肌。斜めに切られた目が隠れる程度の印象的な茶髪、にっこりと細められた笑顔は純粋で、メイド服を着ている姿は何も変わっていないのにも関わらず、ある一点がメアリーたちの視線を奪ってやまない。

 その一点というのは、首にかけられた特大のジュエリーと指につけられた大きいダイアモンドの指輪。
 どれもが純金製に見えるのは、鶯鳴の記憶ゆえか、いやそんなことどうでもいい。どう見たってスキロスは買収されていた。

 これほどわかりやすい買収の構図はあるだろうか。
 目を輝かせて幻覚でなければ涎もたらしているスキロスは完全に目が眩んだ‘’それ‘’だ。

 アリオストロもその姿を見て自分が殺される確率が下がったことを知る。
 というか、あの団長を連れてきた時点でアリオストロとメアリーの場所を言わなかったのだ。それだけで警戒するだけ損ということだろう。

「あーえっと、その、信頼できないんだが……」
「大丈夫です!ついさっきブルゴーニュ様の執務机に辞表の紙を置いてきました!」
「ああ、と……メアリーパス」
「……、…………今は彼女のいうことを信じないとどうにもできないよ」

 渡されたパスにメアリーは首を振ってそう答える。
 まさかジャックが内部の人間を味方につけて逃亡を手伝うなんて考えていなかったメアリーは思考を放棄していた。まぁジャックがそんな卑怯な方法取るか取らないかといえば、前者であるという感触はしているのでスキロスの発言を信じる価値はあるかもしれない……程度には考えていたが、

「それで、馬車まで安全に護送してくれるんだろうね?」
「それはもちろん!前払いでこんだけもらって、後払い分もあるんですから!!それはもう、尽力を出して馬車までお連れします!」
「ああ、っと……あんたはそれでいいのか?」

 アリオストロの言葉にスキロスは一瞬目を丸くする。
 それから聖母と言わんばかりの優しい瞳で返した。

「今の職場任務達成報酬とかなくって、正直もうやめようかと思っていたんです」
「ああ、そう……」

 もうそういうしかない。
 メアリーは遠くを見て、報酬って大切なんだなと思った。まさか暗殺部隊をやめる理由の薄さにメアリーは苦い思いを感じながら、現実の厳しさを目の当たりにした感触を覚える。反対にアリオストロは「じゃあ、うん、お願いします」となんともいえない表情でニコニコ微笑むスキロスにそういった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

捨てられた悪役はきっと幸せになる

ariya
恋愛
ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人は少女小説に登場する悪役だった。 強欲で傲慢で嫌われ者、夫に捨てられて惨めな最期を迎えた悪役。 その悪役に転生していたことに気づいたヴィヴィアは、夫がヒロインと結ばれたら潔く退場することを考えていた。 それまでお世話になった為、貴族夫人としての仕事の一部だけでもがんばろう。 「ヴィヴィア、あなたを愛してます」 ヒロインに惹かれつつあるはずの夫・クリスは愛をヴィヴィアに捧げると言ってきて。 そもそもクリスがヴィヴィアを娶ったのは、王位継承を狙っている疑惑から逃れる為の契約結婚だったはずでは? 愛などなかったと思っていた夫婦生活に変化が訪れる。 ※本作は、一般的な爽快ざまぁ・即溺愛を主軸とした作品ではありません。 主人公は苦悩や葛藤を抱えながら選択を重ねていくタイプの物語です。 また、人によっては元鞘に見える展開や、ヒーローが執着・独占欲強め(ヤンデレ寄り)と感じられる描写があります。 残酷な描写、精神的トラウマ描写を含みますので、苦手な方はご注意ください。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...