神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

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第二章 戴冠者を襲うもの

1追い迫る刺客

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1追い迫る刺客
「全然冗談じゃないんですけど……でも笑ってもらえてよかったです!」

 にっこりと綺麗な顔で微笑むスキロスを前にメアリーは微動だにしない笑顔を披露した。
 スキロスはそう言った後もどこかキョロキョロと落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。それが真新しい部屋を初めて見ました、と言うような仕草にも見えてメアリーは訝しげにスキロスを見た。

 右に行って左に行って、それからそれからぐるりと回った瞳は、メアリーやアリオストロではなく、机上へと向けられていた。

「……ティーセット持って行ってもいいですか?」

 えぇ?……。
 メアリーは内心ドン引きしながらそう心の内に吐いた。
 だがなんとか顔に出さずにコクリと頷いて「よろしくね」といえば、歯を剥き出しに笑ってみせながらかちゃかちゃと手品のように片付けていく。それまるで下手な手品よりも手品らしかった。速さと言うか、正確さというか、精度というべきか、動きに一切の無駄がなく片手に積んでいく様はギリギリのバランスで耐え忍んでおり、思わずと言うようにアリオストロが「おおー」と呑気な声で拍手する。

 ある意味……仕事人間なのか?

 片手にティーポット、もう片手にはケーキスタンド、そして腕にはティーソーサーに乗ったティーカップ。
 メアリーはその効率的な美を見て、「はぁ」と一つため息を吐いてから、扉の方に近づく。小首を傾げて意味もわかってなさそうな蜂蜜色のスキロスを前に「扉、開けられないでしょ」といえば彼女は嬉しそうに「ありがとうございます」と声をかけて感謝した。

「……まるで嵐だな」

 スキロスが立ち去った部屋でアリオストロがそう言葉を溢す。
 呆れと言うよりも心配というような感情を目で語る彼にメアリーは静かに扉を閉めながら「気を許すなよ」とだけ返した。

「いや、気を許すと許さないとかのレベルじゃなくって……ただあのテンションのやつでも暗殺集団のメンバーだと思うと、こう、なんか、なぁ?」

 言葉にしきれない感情を持ったアリオストロは必死にメアリーに説明しようとするも、返って言葉に詰まってしまう。
 その様子にそれもそうかとメアリーはアリオストロの対面のソファーへと腰を下ろしながら「それは同意だ」と口にした。

「それで例の件どうするんだ」

 アリオストロの言葉にメアリーは腕組みをしながら、二度右足の指先で床を弾きながら、

「そのままで」

 とだけ口にする。

「一応自称だが漢詩がいるらしいし、そのままでいいのか?本当に?」
「いや、ちょっとしたテコ入れをする。監視があの子だけだとは思えないし」
「どうやって?」
「内容はそのままだ。だけどスキロスには悪いが、あの子に第一発見者となってもらうことにする」
「別にあいつにこだわる必要ないんじゃないか?」

 アリオストロの真っ当な返答にメアリーは「ただの願掛けだよ」とだけ答える。
 メアリーはもちろんこの作戦を結構するにあたって、バレないことを前提に計画していた。だからそれなりに自信はあったし、それからバレないという根拠もあった。
 貴族が、マットレスに隠れるなんて泥臭い方法思いつくわけがない。
 たったそれだけの根拠であっても、立場を気にするブルゴーニュには覿面だと考えているし、夜間の脱出において市中に身を隠す方法を重視すると考えていた。

 だが保険には保険を重ねたいのがヒトという生き物。
 もし見つかった場合。最初の潜伏が見つかってしまった場合、それが他の暗殺集団とスキロスでは大きな違いが生まれるだろうと予測している。彼女の言動が本当であれば、彼女は最大の味方になってくれるだろうし、そうでなくってもあの細腕であれば簡単に制圧ができるだろう。

「スキロスはどっちに転んでもどうにかなる」

 そこまで考え込んでメアリーは端的にアリオストロにそう言った。
 アリオストロはもちろんメアリーの思考を覗けるなんて特技がないから、柵があるのならいいや、というテンションで「ほん」とわかっていなさそうに頷く。

「それよりも神都ニフタにいくためにも馬車を捕まえなきゃ」
「ジャックさんが手配してくれていると思うか?」
「微妙なラインだよね。あったとしても合流できるかはわからない」

 メアリーが暗に不可能だというとアリオストロは「じゃあ」と解決策を考案する。

「神聖中立都市まで行けばいい。そうすれば道ゆく行商がいるはずだ」
「……一時的な目的地はそこにするか」

 そう言って、メアリーは禁忌の山の方角へと視線を向ける。
 何気ないその仕草に追従するようにアリオストロも顔を上げれば、メアリーは小さく呟いた。

「あれを目印に行こう」

 奇しくもそれは初めて旅に出たメアリーの行動と同じものであった。
 右も左もわからない中、あの山だけは地震の方角を狂わせないための目標であり、今もまだメアリー達の目的となってれる。もし、王様になったら、アリオストロは夢想する。そうした時あの山に踏み入りたいとまで考えた。

 あの山の頂から見る景色はどうなのだろうか、この国はどうなっているのだろうか、それを知りたいとアリオストロは深くそう思う。

「まずは準備を始めよう。ベッドに小細工するからズダ袋と剣を忘れずに持ってきて、そしたら天蓋を閉める」

 夜がやってくる。
 それは寒さと同時にメアリー達の肌を風が刺激して通り過ぎていく。月が左側からじわじわと顔を出し、月光が暗がりの中から優しく領地を包み込んだ。
 その間にメアリーはズダ袋に入った果実ナイフを取り出し、シーツをめくったそこに突き立てる。ビリビリという音が部屋に広まった後、しばらく静寂が訪れた。

「アリオストロ奥に」

 メアリーはがばっと入口を作ったマットレスを持ち上げながらそう言った。
 アリオストロは今着ている服をメアリーに預けてから、新しい衣を被るように着る。それから剣とずだ袋を大切に抱きしめて、ワタの敷き詰まったそこに身を入れた。
 メアリーはそれを見てからアリオストロの服を偽装するために一度そこを閉じる。
 それから枕にアリオストロの古いキトンを着せて、己のキトンも二個目の枕に着せるために脱いだ。腰につけたポーチから、新しい服を取り出す。それは美しいキトン。それからいつの間にか入っていた月桂樹の髪飾りまであった。

 一瞬躊躇った。
 だが、あるものは使うか、そう自分を言い聞かせて、服を着てから月桂樹の髪飾りをつける。そして切り裂いたそこに杖を持って身を滑り込ませてから中からベッドシーツを整えた。

「アリオストロ。このままだと呼吸が苦しくなるから、そっちの壁に小さくナイフで穴をつけて」
「……わかった」

 メアリーはそう言ってから自分もベッドシーツに小さく穴を開ける。
 そこから新鮮な空気が舞い込んできて、メアリーは大きく一呼吸をした。

「ここから人が来たらなるべく息を殺すんだよ」
「わかった」
「それから絶対驚かないこと」
「うん」
「明日の夜明けまで寝ないこと」
「わかってる」

 そう同意すれば、アリオストロは緊張するように体をこわばせる。
 圧迫されるような感覚から慣れないように短くなる息にメアリーは、硬くなったアリオストロの左手を握った。

「ゆっくり、ゆっくり息を吸って」
「お、おう」
「大丈夫、まだ人は来てないから」

 そうは言っても、いつ入ってくるかもわからない状態である。
 メアリーは悟られないようにアリオストロの手を強く握った。緊張……なのかもしれない。生物的死への恐怖が段々と足先から頭のてっぺんへと回ってくる。メアリーの手の温度が下がった気がした。

 するとアリオストロの握る手が強くなった。
 困惑気味にメアリーが「アリオストロ?」と名を呼ぼうとしたとき、トントンと扉の音が鳴った。
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