37 / 121
第二章 戴冠者を襲うもの
2神饌の戴冠者
しおりを挟む一瞬見えた幻覚。
思わず声が出ない。返答しないメアリーに何を思ったのか、アリオストロは「おーい」と言いながらメアリーの前で手を振った。今のは一体なんだったのか、言葉を失うメアリーは片手で頭を押さえてから目を瞑った。度重なる命のやりとりによる疲弊だろう。そう早々に決めつけて、メアリーは「何?」と遅めの返答をする。
そよ風が髪を擽り、木漏れ日が降り注ぐ。
近くの川のせせらぎを聞きながら、怠そうにそう視線を向けて答えたメアリーに一瞬、アリオストロは言葉を詰まらせてから、気まずそうに「大丈夫か?」と言った。
それを誤魔化す方法をメアリーはすぐに思いつくことが出来なかった。
だから直近の記憶で最も濃かった少女の名前「スキロスのことをちょっとね」と口にすることにしたのだ。
「生きてるよ」
きっと、という言葉はアリオストロの口からは出てこなかった。
アリオストロはそう言って、言葉を黙らせた。あの惨状を思い出しているのかもしれない。あの時あの場で何があったのか、知るよしもないメアリーたちはスキロスの生存に対して低いだろうという考えを持っていた。
けれどそれを認めたくない。
そんな祈りにも近いアリオストロの願いは言葉に万感の思いを乗せることでメアリーへと伝わった。
「……そうだね」
振る話題を間違えたな。
そう思いつつ、メアリーはアリオストロの言葉を肯定する。そしてまた気まずい空気が流れた。
「……神都ニフタに行ったら何をするんだ?」
沈黙を破ったのはアリオストロだった。
彼は目を逸らしながら明らかに話題を逸らしてメアリーに投げた。それに気がつきながらもメアリーは敢えて何も言わない。代わりというように、腰にあるポーチを開いて紙束を出した。
「これで宿泊するかな」
「……渡された時もそうだが、それってなんの意味があるんだ?」
「まだ流通してないけど、ジャックさんの所属する商会では利用できる、なんでも交換できる紙」
そこでメアリーは一つの疑問に行き届いた。
ジャックは商人と名乗っていた。そして商会に所属しているとも言っていた。だが、スキロスはなんと言っていただろうか、彼女は間違えなく「ソピア馬車運営のジャックさんに買収された」と言っていた。
商会というのは言わば商人たちの集いだろうが、ソピア馬車運営はどう考えてもタクシー運用のようにしか考えられない。商人だということが嘘なら紙幣の宣伝にメアリーたちを使うこともなかっただろうし、ソピア馬車運営の関係者でなければ計ったように呼び出せなかっただろう。それにわざわざスキロスにそう名乗る必要はない。
「ソピア馬車運営って商会も担っているんですか?」
だから疑問のままにメアリーは騎手の女性にそういった。
そうすれば彼女は目を丸くしてから、面白そうにコロコロと笑い「違う組織ですよ」と軽く答えた。
彼女はそういうと指を三本伸ばす。
それに視線を奪われるようにメアリーとアリオストロが食いついたところで彼女は説明を始めた。
「この国には神に認められた組織が三つあります。一つは私の所属するソピア馬車運営。基本的に神殿から各領地に神が授けた食物を運んだり、時々目的地まで人を運んだりする組織です」
メアリーは思いっきり詰まった。
だがなんとか突っ込みそうだった言葉を呑み込んだ。この世界は神によってインフラが握られている。その話は既にアリオストロから聞いていた話だし、加えてそこを指摘仕舞えば戴冠者と呼ばれる存在なのか、その真偽を疑われるような気がしたからだ。
「次はアスター宿場連盟です。ここが所謂商会と呼ばれる組織で加入しているお店などで様々な取引が行われています」
「宿場ってことは宿泊もできるの?」
「はい!むしろメインはそこです。最近できたばかりですが、魔物問題を解決するために冒険者組合を作ったとか作ってないとか……」
なるほど、これもジャックに利用されそうだ。
あの人はなんでも自分の利益に値するヒトを利用する癖がある。紙幣の件も箔をつけるという件も……それからスキロスの件もだ。また信用問題の件で宿泊を促すあるいは、冒険者組合の話が本当ならそこに加入させて広告塔にさせるとかあり得そうだ。
もしそれをちらつかされたら無料で手続きや宿泊できるように丸め込もう。
そう思い続きを聞く。
「神罰代行騎士団。簡素に言えばニフタ騎士団とも呼ばれます」
「制裁を与えるような荘厳な名前だな」
「はい。基本的には法を破ったものを粛清する騎士団であり、有事の際の防衛を担う存在でもあります」
裏で不要なヒトとか消してそうだな。
そんな不謹慎なことを考えながらメアリーは「へー」と適当に答える。
「確か前に説明したな」
「うん。ええっとセウズ神が神罰を下して、それを遂行する組織ってことだろう?」
「はい!我々の生活を守ってくださる神聖な組織です!」
だからインフラ握られているんだよな。
メアリーはそう心の中で愚痴りながら、次の質問をするために口を開いた。
「ところでジャックさんって知ってますか?」
「ジャックさん?ええ、知ってますが……」
その言葉にメアリーは内心ガッツポーズをした。
これで心のモヤモヤを晴らせる。そう思い、饒舌に続きを促す。
「ジャックさんってソピア馬車運営の人なんですか?それともアスター宿場連盟の人なんですか?」
「どちらにも所属してますが……」
「え、どっちにも所属するなんて出来るのか?」
「はい。今はジャックさんしかいませんが、確かにジャックさんは有能でその力を認められて二つの組織に所属していますが……」
なんでそんなことを?
そういう彼女に一旦「待った」をかけた。それからアリオストロと顔を合わせる。何が何だかわかってないアリオストロにため息を着きつつメアリーは渋い顔を作った。
「つまりまた利用されました」
「はへぇ?」
「ソピア馬車運営の馬車に乗ったってジャックさんにとってはどう作用する?」
そう言えば流石のアリオストロも察したのか、顔を引き攣らせて、
「次期王候補と戴冠者が乗った馬車として有名になります」
と言った。
間違えない。メアリーは頭を抱えた。どこまで行ってもジャックの掌の上で踊らされていたのだ。そう決定付けられた証拠になってしまって苦い顔になった。何もわかってない騎手が首を傾げる中でメアリーとアリオストロはジャックの人間性というか、倫理観にドン引きというか怒りが湧いてきたのだ。
商売のためならなんでもやる。
その意気込みはわかる。その努力もすごいと思う。だが彼は人の命まで利用して、そして危険まで利用して商売をしようとした。
思い出すのはスキロスの綺麗な笑顔。
騙されていると知って。それでもこの国を変えてくれると愚直にメアリーたちを信じてくれた彼女さえ、その無垢な心まで利用して商売することを決めたジャック。
そして、刺客に追われることで命の危険に晒されたアリオストロと騎手の女性。
どこまでが計算かはわからない。
だから憎めばいいのか、怒ればいいのか、正直なところメアリーは自分の感情なのに理解できないでいた。でも、もし彼の一連の行動が、その末路が全て計画だったとしたら許せないと思う。許してはいけないとも思う。
それはきっとアリオストロも同じだった。
いや、アリオストロこそ強くそう思ったのに違いない。
メアリーはアリオストロを心配げに見た。
彼にとってのスキロスがどこまで心に影を落としているのか測りきれなかったから、やるせないと思うのだろうか、憎いと感じるのだろうか、その思いで顔を見て後悔する。
彼はしわくちゃに顔面を歪めさせながら「それでも今は奴に頼るしかない」と押し殺したような表情で唇をかみしめてそう言った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
いいえ、望んでいません
わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」
結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。
だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。
なぜなら彼女は―――
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
捨てられた悪役はきっと幸せになる
ariya
恋愛
ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人は少女小説に登場する悪役だった。
強欲で傲慢で嫌われ者、夫に捨てられて惨めな最期を迎えた悪役。
その悪役に転生していたことに気づいたヴィヴィアは、夫がヒロインと結ばれたら潔く退場することを考えていた。
それまでお世話になった為、貴族夫人としての仕事の一部だけでもがんばろう。
「ヴィヴィア、あなたを愛してます」
ヒロインに惹かれつつあるはずの夫・クリスは愛をヴィヴィアに捧げると言ってきて。
そもそもクリスがヴィヴィアを娶ったのは、王位継承を狙っている疑惑から逃れる為の契約結婚だったはずでは?
愛などなかったと思っていた夫婦生活に変化が訪れる。
※本作は、一般的な爽快ざまぁ・即溺愛を主軸とした作品ではありません。
主人公は苦悩や葛藤を抱えながら選択を重ねていくタイプの物語です。
また、人によっては元鞘に見える展開や、ヒーローが執着・独占欲強め(ヤンデレ寄り)と感じられる描写があります。
残酷な描写、精神的トラウマ描写を含みますので、苦手な方はご注意ください。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる