神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

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第二章 戴冠者を襲うもの

1神饌の戴冠者

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 夢を見ていた。
 それを鶯鳴は夢だと理解していた。

 そこは長閑な空間。自身は少女であり、メアリーであり。赤髪の同年代くらいの少女に手を引かれる夢を見ていた。

「本当に◾️丈夫なの?」

 その言葉に己は――メアリーはなんと答えたのだろうか。
 鶯鳴はそれを覚えていない。覚える必要がないと思ったからだ。彼女の名前も、己を見つめる彼の視線も鶯鳴にとっては煩わしいもの、だから今更この夢を見る理由が分からなかった。これを見たとしても己はなんら変わりなくメアリーとして、鶯鳴として生きるのだから、この思い出は返って邪魔でしかない。

「うるさいな」

 鶯鳴は目の前の赤髪の少女にそう吐き捨てた。
 彼女はその言葉にまるで驚いたかのように目を見開く。それを無感情に見送った鶯鳴にその少女は口をぽっかりと開けさせて「誰?」と言ってきた。

 誰、誰とは面白い言葉だ。
 鶯鳴にとっては自分が何に属するかそう言ったものは正直なところどうでもいい。
 それよりも肝心なのは、医療の発展だ。このヘンテコな世界でも医術だけはしっかりと確立しなければならない。そのためにはアリオストロを王にして、まず世界を知る必要がある。世界を知り、この世界の医療技術を奪い、そして進化させる。
 それをできるのは己しかいない。

 そう思った鶯鳴はショックを受ける少女にめんどくさそうに答えた。

「だから私はメアリー鶯鳴だよ」

 次の瞬間、夢は泡沫のように消え去った。

 「もう暫くするとフルリオに着きます」

 落ち着きをもだした女性の声が破壊されたキャビンの中に向かって響いた。
 今まで束の間の仮眠をしていた二人が微睡の中「フルリオ?」と呟く。柔らかい青白い日差しが肌を擽って、今までの温度差を実感した体が思わず「はくしょん!!」とメアリーにくしゃみをさせた。
 その声で、アリオストロも完全に覚醒する。
 あくびを漏らしながら。「うるさい」と一言余計なことを言って、眠気の残る瞳を擦った。

「北の街ポスと隣接する領地です」
「神聖中立領域もしくは神都ニフタじゃないのか?」

 ブルゴーニュから聞いていた話を元にメアリーはそう尋ねた。
 彼は確かに一日で神都ニフタに着くと言っていた、だから、今現在いるところは遅くても神聖中立領域だと思っていたのだが、そう思考するメアリーに騎手の女性が大きく笑う。

「北の街ポスから神聖中立領域までは約三十日かかりますよ。それに神都ニフタまでなら約四十日。休憩も挟めば倍にもなりますよ?」
「はぁ!?約四十日!?」
「……メアリー、その招集っていつまでだっけか?」
「太陽が五回登った日……私が信託を受けてから五日後……後二日ってところだな」
「間に合わないじゃないか!!」

 アリオストロのその言葉にメアリーは重々しく頷いた。
 もう少し、というよりも一、二ヶ月先にしてくれてもいいじゃないか、地理を理解していなかったメアリーたちにも非はあるが、それにしてもわざわざ選んだ戴冠者を期限切れに追い込む神がいるとは思いもしない。
 メアリーはこれからどうするのか、立てていた予定が全て狂ってしまったことで歯痒そうに唇を噛み締めた。

 アリオストロも顔面を蒼白にする。
 けれどただ一人、機種だけは余裕そうな顔で「大丈夫ですよ」と言った。

 あまりにも他人事のようなその言葉にメアリーは一瞬ムスッとしてしまう。
 だがそれはこちらを振り返って頼もしく笑う騎手の表情を見て一転した。何か策があるのだろう。魔術や魔物がいる世界、想定外という言葉がないとは言い切れない。頭を抱えて「どうしよう」というアリオストロを視界に入れ、メアリーは騎手に素直に訊いて見た。

「何か案があるのか?」
「ちょっとした裏道を使うんです」
「裏道?」

 訝しげに声を上げたアリオストロは、体を捻って騎手の方を向く。
 その頃には騎手は正面を向き直しており、見えるのは背中だけだった。

「ソピア馬車運営が使っている門がこの先にあります。そこに入って仕舞えば一日も関わらず
「……魔術っていうやつかい?」

 メアリーは自分で言葉にしていて頭痛を感じるような単語を口にした。
 やはり慣れないというか、慣れようにもない。だが、約四十日もかかる目的地に一瞬で行くということをできそうなのがそれしか出来無さそうだったから、苦虫を潰したようにその言葉を吐いた。
 これが行き過ぎた化学であればなんとか納得できたかもしれないが……。そんな愚痴を内心に零しつつ、騎手の言葉に耳を傾ける。
 
「そうですね……多分そうだと思います」
「多分って、そこ安全なのか?」

 曖昧な言葉にアリオストロは不安そうに言葉を口にする。

「安全の保証は任せてください!今まで何度も使ってきたものです。ただ仕組みに関しては専門外というか」
「それは仕方ないね。きっと組織の機密情報でもあるんだろうし」

 騎手の言葉にメアリーは納得がいくと目を瞑った。
 末端までもがその門というものを理解している……骨組みまで理解しているとは限らない。エレベータを使う会社がそのエレベータの仕組みを分からなくても当然だ。きっと門はそういうものなんだろう。
 そう考えた後、段々と森林へと入っていく馬車に違和感を感じた。いや、門というものがわからない時点では、不審に思うこと事態がおかしなことなのだが、門と聞くと人工物であると考える。なのにそれがまさか森の中にあるというのだろうか?それはなんというか使いにくくないのだろうか。

「森の中にあるのか?」

 そしてその疑念に至ったのはメアリーだけじゃなかった。
 アリオストロの恐る恐ると言ったような言葉は空いた窓から騎手の女性の耳に入る。
 彼女は何も隠し立てするようなことはないというように、元気よく「はい!」と言った。それからしゃんと伸ばしていた背筋を丸めて愚痴のように「あんまりにも険しい中にあるんで設置場所変えて欲しいんですけどね」と零す。

「そう簡単に設置場所を変えられるのか?」

 その言葉にメアリーは疑問符を浮かべながら訊いた。

「いやぁ。それがどうにも難しいようで……何度も嘆願してはいるんですけど……一向に変わる気配がないんですよね」

 もっと領地に近い方が助かるのに、そう付け足す騎手に思わず同情してしまう。
 アリオストロも「うん、なんだか、そう、大変なんだな」と言葉にしてそれから気まずい沈黙が続いた。
 暫く、馬は疲れを見せない様子で森林を駆けていた。
 青白い太陽が頭のてっぺんに来る頃にはどうやら目的地に着いたらしく、馬が鳴いて停止する。

「着きましたよ!一回ここで休憩をいれましょう!」

 そう言われてキャビンを開かれる。
 ガラスの破片を気をつけながら降りた先に広がっていたのは、既視感のあるヘンテコな木だった。

 不思議と言えばいいのか珍妙と言えばいいのか、まぁそんな感じの木は遺伝子以上の影響かおおよそ自然のものとは思えないほど大きく、中心がぽっかりと空いた10メートルほどの大きなものであった。
 これをどこかで見たことがある。
 そう、夢の中の赤毛の少女に手を引かれていった場所。そこにも同じようなものはあった。

 違いという違いはまるで膜のような透明な赤色の光が空いた穴……途中で二股になったことで空いたように見える空間に張り出されていたことだ。これが門というのであれば、一体なぜ孤児院のすぐ近くにあったのだろうか、そしてこのように赤い膜が張っていない状況であったのか、メアリーは思わず眉間に皺を寄せる。

「メアリー?」

 しばらく観察をしているとまるで視界が二重に重なるように、アリオストロの姿が赤毛の少女のように見えた。
 
 
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