神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

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第二章 戴冠者を襲うもの

5追い迫る刺客

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 かける馬車は非常に速い速度を保っていた。
 というのも、後方から馬に乗った黒ずくめの青年たちが決死の覚悟のように追い迫って来ていたからだ。これにはソピア馬車運営のものも驚いたのだろう。キャビンを揺らすほどの爆走は北の街ポスの城壁が遠ざかってすぐに始まった。
 スキロスとの別れの余韻を強引に引き離すように始まった古代式カーチェイスはメアリーとアリオストロを焦らすのには十分な力をもたらし、それに加えて決断を迫られていた。

 それはこの馬車を降りるか否かというものだ。

 その提案をしたのはアリオストロだった。
 アリオストロはまずソピア馬車運営の介入がバレたらまずいのではないかと聞いた。それに対してメアリーは重々しくも頷いたのだ。

「でも相手は暗殺集団。私たちが立ち向かってどうにかなる相手には見えないよ」

 メアリーの危惧は当然のものだった。
 戦闘力なんて皆無に等しい。お互いそれなりの武力への自信はない。ぶっつけ本番で戦ってどうにかなる相手ではないことは確かだ。だが、もし捕まってソピア馬車運営との関係性がバレたら、せっかく協力してくれている後ろ盾を手放すことになる。それはメアリーたちに致命的な影響をもたらす。それに加えて捕まったらアリオストロは確実に殺されるだろう。

 それを考えれば安易に外に出て戦う、またはこのままここにい続けることはできない。

 第三の選択肢を考えなければいけない。
 そう思っていれば、アリオストロが何かを閃いたような顔をした。彼は徐に引っ提げてきたズダ袋の中の保存食を取り出す。乾いたパンと冷たくなったソーセージ、それを同じく入っていた果実ナイフを取り出し、両手でそれらを見せびらかした。

「投げて顔面に当てるっていうのは?」
「まさか窓から?」
「そう」
「……正気?」

 メアリーは思わずそうアリオストロにいう。
 けれど彼は至極当然というように「それ以外思いつかないから」と言ってのけた。メアリーは後ろにある窓ガラスから追っ手の動きを見る。五人の乗馬した青年たち、彼らはだんだんと近づいてくる。そしてメアリーには策がない、メアリーはそこまで考えて苦虫を潰したような表情をした。正直当たる気もしない。そしてここで保存食を無駄にしたくない。しかし、捕まって仕舞えば保存食だって意味をなさない。メアリーは高速で頭を回転させて、しばらく経ったうちに頷いた。

「よし、当たるかはわからないけどやってみよう」
「よっしゃ」

 アリオストロはそういうと木材で縁取られた左側の窓を開ける。
 ごうっという音共に夜の冷気がキャビンの中に入り込み、思わずメアリーは目を瞑って、両腕で顔を守るような体制を取った。その間に、アリオストロは身を乗り出すように窓枠から頭をピョコリと出して、その手に持っていた硬いフランスパンもどきの一片を、カーブをかけるように指先に力を込めて投擲した。

 投擲されたものは向かい風の中でも相当な威力を持ってして五人のうちの一人の乗っていた馬の顔面に当たる。
 馬はすぐさま錯乱し、挙動をおかしくさせ、乗るヒトを振り落とすかのように体をうねさせる。その様子を見たアリオストロが「よし」というと、メアリーは慌てたようにアリオストロの首根っこを掴み、乱雑にキャビンの中に引き摺り込む。

 瞬間。
 アリオストロの視界を火の球体が通った。前髪が少しだけ当たってチリチリっと焼ける。アリオストロは引き摺られた姿のまま硬直した。驚きに見開かれた瞳に、渋い顔をしたメアリーが写し出されるまで己に迫っていた脅威にあどけない顔をして口を半開きにしていた。

「ばか!?相手はあんたの命を狙ってんだよ!?身を乗り出したりしたら、あんたが狙われるに決まっているだろう!」
「わ、悪い、それは考え付かなくって……」
「あんたな……いや、なんでもない」

 メアリーは追撃するようにそう言いかけて、口を閉ざした。
 ぽっかり口を開いたアリオストロがあどけない表情で涙をぼろぼろと流してたから、気まずくなってしまったのだ。命の危機に生存本能が過剰に働いたんだろう。そう結論づけて、アリオストロを自分が座っていた場所に座らせて、今度はメアリーが手だけ出して保存食を地面へと軽く投げた。

 コロコロ、擬音にしてその程度で転がされたトマトは馬の脚に引っかかって馬を錯乱させた。
 本当は胴体を狙っていたが、それでも当たっただけマシだ。不満を隠そうと喉を押し殺したとき、まだいるだろう敵の数を確認するため後ろにあった窓ガラスを覗いた。

 そのときだった。
 ガシャン!音を立てて右側の窓ガラスが割れた。呆気なく割れたそれにメアリーは飴細工を想起する。そのくらい唐突に軽いように割れたのだ。前方にいる馬の戦慄きが声と鳴って届く。視線をそちらに向けたとき、一人の青年……薄水色のショートの片目が隠れた女の子がアリオストロに向けてナイフを構えていた。
 あれで窓を割ったんだ。そう思考が判断する。そしていつの間に並走していたのだと慄く。

 だがメアリーは短い思考の中ですぐさま立てかけられていたアリオストロの剣を持った。
 鞘を抜いている暇はない。柄を握る暇はない。ならばやることは一つ。

 メアリーは鞘の部分を持って、柄でアリオストロの顔面スレスレを突き刺す。
 途中女の子の声だと思われる「は?」という声が聞こえたが、メアリーの剣での殴打をおでこでもらって、背中を晒して落馬したことで掻き消える。

 土壇場の判断。二度目の命の危機を感じたというのに、アリオストロは「お、おー」と震える口で唸りながら拍手した。

「窓ガラスの破片」

 殴打した構図のままメアリーがそうぽっつりと零す。
 それにびくつくように肩を跳ねさせたアリオストロは「は、はぁ?」となんとも言えぬ声を発した。

「危ないから、私の向かい側に座りな」
「ウッス」

 アリオストロはメアリーがゆっくりと自分の剣を下げたのを見てから急いでメアリーの向かい側の席に座った。そして心の奥深くで「怖かったぁ」と心から叫び、何があってもメアリーには刃向かわないでいようと心からそう思った。

 メアリーの手柄によって落馬した女の子を案じたのか、迫り来る刺客は馬を止めた。
 そしてこの時を待っていたかのように馬を操作していたソピア馬車運営の女性は鞭を打ってさらに馬を加速させる。
 後方の窓から米粒のように消えていく刺客たちを見送った後、息を吐いて着席したメアリーはアリオストロに強い意志のある瞳を向けた。

「今のでわかっただろう。命を狙われてるのは私ではなくあんただって」
「じゅ。十分理解した」
「今後もこういうのがないとは限らない。それを十分に頭に詰め込みな」
「はい」

 塩らしいアリオストロの反応を見送った後、メアリーは先ほどまで開けていた窓から身を乗り出して「騎手さん、刺客はもう見る限りいません!」と声を張り上げれば、安心したように騎手の女性が「本当かい?助かるよ」と言った。
 そこでメアリーは窓を閉める。反対側は物理的に窓が閉められなくなったため外気の空気が入りたい放題。肌を刺激すれば、髪を遊ばせる。だが文句も言わずにメアリーは息を整えるために前髪を後ろ側に撫で付けた。

 カタカタと己の左手からなる音に視線を這わせる。
 そこには先ほど女の子を撃退した剣があり、そこでやっと己の手が震えていることに気がついた。あの落馬でもしかしたらあの女の子は死んでしまったかもしれない。それほどまでに刺客たちは動揺していたし、頭から落ちるところを見ていたから生存はかなり厳しいだろうと冷静なところがそう判断する。

 別に人の生き死になんてよくあることだ。
 特に外科医であったときなんて、自分以外の人間の失敗を見てきた鶯鳴にとってはなんてこともない状況だろう。なのにメアリーは現在、言い知れぬ重たさを感じていた。これは一体なんなんだろうか、小刻みに震える手を他人事のように見ながら、なんだか心の中の少女が泣いているような気がするな、なんて非現実的なことを考えて、ふっと自分を鼻で笑った。
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