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第二章 戴冠者を襲うもの
4追い迫る刺客
しおりを挟む北の街ポス。
自然に囲まれて、ヒトビトに愛された領地は現在進行形で炎に包まれていた。
怒声と悲鳴と混沌。ついでに爆発音を耳にしながら漆黒の衣を着た少女が一人、領主の館を我が家のように闊歩する。
そして彼女は次々に現れる兵士を片手で持つトライデントで、まるで羽虫を追い払うような軽い仕草で薙ぎ払い、鮮血を散らしていった。
「ふ、わぁ~あ」
小さな、だが静まり返った屋敷で彼女の欠伸の音だけが響く。
眠たげにそうする彼女はついにカツンカツンと領主の執務室へとやってきた。
コンコン。
彼女はその見た目に合わないような仕草で礼儀正しく扉をノックする。しかし、返事が返ってくる前に颯爽と扉を開けて、中で鎮座していたブルゴーニュを見て、その大きな瞳をにっと歪ませた。
ブルゴーニュはまるで彼女が来ることを予見していたように冷静であった。
執務椅子から立ち上がる様子を見せない彼に、便宜上彼女は「逃げなくっていいの?」とだけ聞いてみた。まぁ逃げると言っても、少女は逃がそうと思っていない。必ずそのトライデントが彼の心臓を穿つと信じていた。
「我が息子はもうこの領地にいない。であるのならば、逃げる必要もないだろう」
「ありゃ、もしかして遊びすぎた?これはボスに怒られるかも……」
少女は一瞬顔を青くさせて、それから「まぁ、まぁ?殺害対象はお前だけだし?」と開き直ったようにそういう。
「それにしては随分と遊んでくれたじゃないか」
「もしかして外の騒ぎだったりする?それは仕方ないよ。上下関係は最初にきっちりと教えておかないとバカなことを考える奴が湧くからね」
今もまだ悲鳴が上がる領地を見ながら、少女は淡々となんてことないようにそう言った。
そんな少女にブルゴーニュは眉間に皺を寄せる。それから唇をかみしめて、恨みがましく呪詛を吐くように言う。
「とんだ女狐だ」
「ちょっと、ダリアと同じ名称を授かるなんてことしたくないんだけど」
少女はそう言って、初めて余裕そうな顔からゲェと嫌悪感を露わにした表情を浮かべる。
ブルゴーニュはこの時点で不思議に思った。いつまでも殺されることがないからだ。いつでも殺せるはずなのに、それこそこの部屋に入った頃から、彼女の間合いにブルゴーニュは完全い入っていたというのに、いつまで経っても殺されない。それが不思議で不思議で仕方なかった。まるで時間稼ぎをしているような、もしくは情報を抜こうとしているのか、そんな間がこの会話には含まれている。
最初から助かるとは思っていない。
助かろうとも思っていない。
ただシャルルを逃がせたのだから、ブルゴーニュはそれ以上のことを望んでいなかったのだが……
「あ、もしかして、私がすぐに殺さないの不思議に思ってる?」
ブルゴーニュは己の考えていることを見透かされたことに驚く。
それは少女がそこまで頭が良いとは思っていなかったが故の油断であった。
そのブルゴーニュの表情に少女は悦を感じたような表情をする。それから先ほどまで嫌悪を浮かべていた単語に「確かに、騙されてるあんたからしたら、私は女狐かもね」と言った。
「あら、やめてよ。あなたと同じ名なんて」
そこに第三の侵入者の声が重なる。
これには予見していなかった少女もブルゴーニュも驚きで目を見開かせた。そして、すぐさま少女は「わぁ、ボス、本気だね」と零す。
開け放たれた扉を背にもたれかかる女性は、美しい美貌をうっとりと歪めて「北の街ポスの支配は彼の玉座への第一歩だからよ」と付け加えた。
さて、完全に蚊帳の外になったブルゴーニュだったが、一瞬の油断もできない危機的状況であることには変わりなかった。
相変わらず少女の握るトライデントはいつでもブルゴーニュを殺せるように握られていたし、美貌を晒す女性……ダリアは視線を一切ブルゴーニュから離していなかった。
「お前たちの目的はなんだ」
「なんだって……そりゃあ、簒奪だよ」
少女はダリアから視線を外してそういう。
その瞳はなぜかあどけない。何を当然のことを聞いているのか、そう目で語る少女にダリアがくすくすと笑う。
「何も覚えてないから知るはずないわよ、わんちゃん」
少女はダリアの言葉に「ほー」と間抜けな声をあげる。
それからトライデントを握り直して、まるで舞台に上がる役者のように少女はスカートの裾を持ち上げてお辞儀した。
「それは失礼。私のコードネームは『猟犬の槍』今からあなたを殺すヒトの二つ名です」
「ついでに私たちの所属名も教えてあげなさい」
「えー、死ぬのに必要なの?」
明日の天気のようにブルゴーニュの命運を語る二人に笑いも涙も出ない。
ブルゴーニュは緊張した趣で「冥土の土産に聞いてみたい」と言った。意味もないことだ。この会話を鴉たちが聞いているわけではない。鴉たちはちょうど戴冠者探しに領地を離れているし、この状況を知っていてもたどり着くには困難だろう。
だけど、ブルゴーニュは聞く。
意味がなくとも、己を殺すものが何者なのか、それを知るのと知らないのとであれば前者の方がよほどマシだったし。
「リップサービスって言葉を覚えなさい。それに今更知られても何も痛くないのだから」
「それもそっか!なら名乗ろう!私たちは簒奪者ウェヌスタ!この国の玉座を簒奪しボスに献上することを目的とした秘密結社なのだ!」
「ちょっと、漏らしすぎよ」
「でも、どうせ死ぬからいいじゃん!」
元気よくそういう猟犬の槍はニコニコと笑いながら、まるで舞踏会に参加する令嬢のようなステップでブルゴーニュの前にやってくる。
そして人懐っこい笑顔で、ニコニコ、ニコニコとしながらペコリと頭を下げた。
「ということで、長年のお勤めご苦労様でした!おやすみなさい!」
そういうと、何もしなかった。
ブルゴーニュは呆気に取られる。最後の言葉だと、最期にかけてくる言葉だと思っていたから、殺される準備をしていたのに……そう思ったときには不自然に視界が傾いた。ゴツンと何かに頭がぶつかる。その痛みが襲ってくることはなく、むしろおかしな現象が起きる。視界が反転しているのだ。
そしてまるでボールのように転がったとき、首が切られたのだと知った。
首から上がない己の体を見て、ようやく自分が死んだことを理解した。
意識が遠のく、最後の瞬きと共に視界がブラックアウトする。鼻をくすぐった部屋の香りが失せて、それから最期に聴覚が猟犬の槍の声を拾った。
「どうかあなたの行先が、冥界でありますように」
そう口にして、猟犬の槍は執務机にぐったりと四肢を投げ打った体と地面に転がった頭に手を合わせる。
その様子をダリアは静かに見守った後、切りが良いところで口を挟んだ。
「彼がここに来てるわ」
「え、ボスが!?」
猟犬の槍の意識が完全にブルゴーニュの遺体からボスと呼んだ存在に切り替わる。
彼女がもしその名の通り犬であったのなら耳と尻尾が左右にさぞ振れたことだろう。そんな勢いの猟犬の槍にダリアはため息をつくように片手で頭を押さえてから、
「まだあなたの任務があるでしょう」
と言った。
そこで猟犬の犬はパッと意識を変える。それからまるで吠えるように「鴉を狩る!」と叫んだ。
「そう。シャルルが生きているのなら、戴冠者が奪われるのはこちらとしても痛い。あなたは戴冠者と次期王候補……いえ、誰にも見られないように鴉を狩るの」
「得意!任せて!」
「伝言よ。働きに期待しているって」
「うん!……うん!!行ってきます!!」
「はい、行ってらしゃい」
さっさと去りゆく猟犬の槍の後ろ姿を見送り、ダリアは骸になったブルゴーニュを見てため息を吐いた。
まだまだ夜は明けはきそうにない。
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