神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

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第三章 法という名の理不尽

2劣性の民

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「どうして?」
「おっとそれを聞くのは頂けないな。強いて言うなら男同士の話し合い……みたいな?メアリー君だって個人的にローランドと話したいと思っているんじゃないのかい?」

 否定することはできなかった。
 このアリオストロの劣性の民発覚問題をメアリー個人は気にしていない。それがそうであったとしてもだ、今までのアリオストロの旅が否定されるわけでも今後の関係が変わるわけでもない。
 メアリーは気に入らなければアリオストロを杖で容赦なくぶん殴るし、必要なときにはその意見を聞く。アリオストロがどう思うかなんて関係ない。今まで通り、そうして行けばいいと思ったし、そうする以外特に思いつかなかったし。

 正直なところ、どう足掻いたってメアリーとアリオストロの関係は戴冠者とそれに選ばれた次期王候補。
 所謂バディでしか無いのだから。

 だが、ローランドは違う。
 己を守ってくれたアリオストロに恋したかもしれないが、彼女が根っからの差別主義者であれば、恋は憎悪へと変換されるだろう。
 それは今後の旅を思えば邪魔でしかない。あのときはアリオストロの前であったからこそ彼女を守りはしたが、それまでだ。最初から彼女を切り捨てる判断をしていたメアリーにはことなんて想像よりも簡単にできると思っていた。

 だから、彼女の真意を聞きたかった。
 アリオストロの自尊心を傷つける前に、できることならその判断を早くしたい。
 メアリーは一人の命か十人の命かを天秤に測ることができるのだ。今後己が助ける数々の患者を考えれば、ローランド一人など価値もない。だからこそ、殺すなり生かすなり早く決めたかった。

 ゆえにジャックの提案はとっても良かった。
 二人っきりで話すと言う前提を作れるなら、と言う注釈入るものの、だがそれがアリオストロとジャックを二人セットで置いておくと言うことを許す理由にはならなかった。

 メアリーは頭がいい。
 それは鶯鳴のときから変わらない事実で、元に権力者と渡り合えているのだから傲慢な考えではなく正当な自己分析だろう。
 だがアリオストロは違う。彼は彼で頭の回転が早いが、それ以上はない。劣性の民だったからか、貧しかったからか、あるいはその両方ゆえにか学がない。馬鹿ではなく、土台となる知識がないのだ。

 そんな状況で一癖も二癖もある毒蜘蛛のようなジャックの前に放り出したくない。

 怪しい壺を買わされるならまだしも、今後の関係性にヒビが入る可能性がある。
 ぶっちゃけていえば何を吹き込まれるかわからない、と言ったところだ。

 だからメアリーは真剣に迷った。
 ジャックの毒牙にやられないようアリオストロを守りつつ、ローランドの思考を開示させるためには……。

「わかった」

 そこまで思考を巡らせていれば、間髪入れずにアリオストロがそう答えた。
 己の流した涙を両腕で拭って、それからメアリーの目をその赤く腫れた目で見据える。まるで信じてくれと言うようなその瞳を前にメアリーは暫くの間を置いてから深くため息を吐いた。

「変なこと吹き込まれても信じるなよ」

 そう言うしかできない。
 せめてもの抵抗でメアリーがそう声を上げれば、ジャックは心外そうに目を瞬かせてから「僕をなんだと思っているんだい?」と飄々と言ってのける。

「詐欺師に片足突っ込んだ商人」
「とんでもない評価だ」
「じゃあ、そう言うことで。行くよ、ローランド」
「は、はい!」

 そう言ってメアリーは席から立ち上がる。
 ついでにローランドに指示して早く立てとでも言うように急かす。
 メアリーは扉を出るその瞬間までアリオストロを案じていた。案じていたと言えばいいのか、それとも彼の純粋さを信じていたというか、要するに心配していた。

 木製の重厚な扉にローランドが手をかける。
 その手はどこか不安そうで、それでいて戸惑いがあった。だからかわりにメアリーがその手を重ねるような状態で扉を思いっきり開いた。
 廊下の空気が一気に部屋の中に流入する。あまりにも勢いを出しすぎたせいか前髪がふわりと浮いたが、それを無視してメアリーはローランドの肩を持ってさっさと部屋から離れた。

 ついでに大きな音を立てて扉を閉めることを忘れずに……。

「とんでもない嵐だったね」
「あ、はい。そうですね……」

 一連の流れを見送って、ジャックはそういった。
 それに続くようにアリオストロが肯定するように頷きながらそう言い、戸惑いと混乱の中ジャックを恐る恐る見た。
 
 だって彼はスキロスの仇だ。
 
 本人がどう思っているのかは知らなが、直接的ではないものの、彼女を、間接的に殺したヒト。

 だからさっき会ったときは憎かった。
 でも今は秘密を暴いてきた怖い人で、そして今度は劣性の民であるアリオストロの身分を優生の民として偽装してくれた恩人。それに対して何を思うべきなのか、それに対してどう思うべきなのか、様々な感情がまるでカラフルな絵の具のようにアリオストロというキャンバスを汚していく。

「スキロスの件に関しては本当に申し訳なく思っているよ」

 だからそう言われたとき、頭が真っ白になった。
 それを今言うのか、なんて言葉が頭の中を駆け上る。ブワッとした熱が一気に頭をぐつぐつとさせて、それからサッと血の気が引いた。血の気が引いたと言うのに、それでも頭は熱かった。

「彼女も共に逃げてくると思っていたからね……あそこまで君に、君たちに肩入れしているとは想像もしてなかったのさ」

 そう言うとジャックはキセルから流れる煙を目で追いながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

「あの後、彼女のことは出来る限り探してみた。けど姿どころか、遺体も見つかっていない」
「どこか別の場所で、生きてるって、思ってもいいんですか?」
「いや、その可能性は限りなく低い。君たちが使っていた道はご丁寧に爆破されていた。彼女がそこを使っていたのなら、間違えなく爆撃を直で受けた可能性の方が高い」

 アリオストロの思考が今度こそ致命的なまでに止まった。
 どこかでもしかしたら最悪を避けて考えていたのかもしれない。だからこそ、アリオストロは受け入れ難いジャックの言葉に足踏みした。どこか彼女が生きているルートを探していた。もしかしたら、陽動のために別ルートから彼女が領内に戻ったかもしれないとか、運よく瓦礫の下で生きているかもしれないとか、見つけられてないだけでもしかしたらどこかでピンピンしてるかもしれないとか、そんな数多くのイフを想像するが、痛ましそうなジャックの視線にそれらは黙殺された。

「メアリーには言わなかったけど、これは僕の謝罪の意味でも贖罪の意味でもあるんだ。だから気を負うことなく使って欲しい」
「これが……」

 ジャックの視線が銅色のプレートに向けられる。
 それに倣うようにアリオストロも向ければ、先程の涙とは違った複雑な感情を抱く。触れた指先の感触が、冷たい硬質のそれが、一人分の命のように見えてきて、それが重くのしかかる様にアリオストロの背中を重くさせる。

 ゆっくりと掌に乗せたプレートを大事そうに抱える。

 骨はない。肉も、それでいて重さもない。
 たったこれっぽっちの生きた証。スキロスという少女のあった証。

 それは重くて重くて、アリオストロだけでは重すぎて敵わなかった。

「そんなに思われるとは彼女も嬉しいと思うよ」

 そう言ってジャックがアリオストロの肩に手を置いた。
 そして自分の方へと引き寄せる。

 意図せず身を乗り出すような体勢になったアリオストロは目を白黒させて驚く。
 そんな彼にジャックはそのままずいっと顔を近づけて、それからその耳元に囁くように声を潜めた。

「あの騒ぎを起こした奴こそ簒奪者ウェヌスタ。もしかしたら、スキロスのことも聞けるかもしれない」

 そして、スキロスを直接的に殺したのも彼らだ。
 そう含みを持たせて放たれた言葉は、毒のようにアリオストロの全身を回って行った。
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