神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

文字の大きさ
53 / 121
第三章 法という名の理不尽

4劣性の民

しおりを挟む

「ま、とりあえず。あっちに帰るか…………変なこと吹き込まれても仕方ないし」

 メアリーばとりあえずと言うようにローランドにそう言った。
 メアリーの確認したいことは終わった。これ以上ローランドと二人でいても特に聞くことも知りたいこともないし、だからそう言って懸念点があるアリオストロの方に行こうとすれば、ローランドが驚いたように目を僅かに開いた。

「他に……ないんですか?」

 先ほどとは反対に顔色を悪くさせながらそういうローランドに、メアリーは「なんか重要そうなこと隠してるな」とだけ思った。
 聞こうとか、知ろうとかまでは思えない。ローランドが聞いて欲しいと思っていても正直なところ面倒くさそうだから嫌だとメアリーは感じていた。そう言うのは的頃なタイミングでいい感じに言って欲しい。
 無茶振りの最上級のような思考を巡らせながら、メアリーはローランドに構うことなくアリオストロとジャックのいる部屋に戻るため翻した。

「言いたい時に言えばいいじゃん」

 正直興味ないし、とまでは流石にいわない。
 ヒト的な何かが失われていく感じがするからだ。そしてそんなメアリーにローランドは何を思ったか、小さく胸元を握り締めてから唇をかみしめて「はい」と言い、その後ろ姿についていった。

 木製の床を音を鳴らしながら歩く。
 そして目的の扉の前に立ち、一応軽くノックするように三回ほど叩いた。

「入ってきて平気だよ」

 そう答えたのはジャックだった。
 メアリーは饒舌しきれない不可解な感情を抱きながらゆっくりと扉を開く。漏れ出る部屋の中の煙に思わず咳き込みながら覗けば、そこには考え込むアリオストロの姿と、いつも通り飄々としているジャックの姿があった。

「座りなよ」

 入ってきたメアリーとローランドにジャックは軽くそう促す。
 まだ何か話があるのか、薄ら寒さを感じながら遠くの方へと目を向けたメアリーは諦めたようにアリオストロの隣に腰を下ろした。続くように、ローランドも席に座る。その様子を見ながら、ジャックは「どうやら君たちの方も良い話ができたようだ」と明らかにメアリーを煽っているような発言を飛ばしてきた。

 何をアリオストロに言ったのか、メアリーは思わず疑いの目でジャックを見据える。

 そうすれば彼は不本意だと言うように肩をすくませた。

「ただ彼に親切心で彼の欲しい情報を与えただけだよ」
「親切心?」

 生まれて初めて聞きましたと言うように反復したメアリーにジャックは声をあげて笑う。

「メアリーは僕を信頼しなさすぎだね」
「いや商人として信用しても信頼はしない」
「はは、正直でいいね!」

 そう言うとジャックはキセルの先端をつまみ、火を消す。
 手袋越しだから火傷は気にならなかったが、手袋焼けないのかな、なんて考えていたメアリーにジャックは「このくらいの火なら消せるよ。だって僕、地属性の魔術師だからね」と陽気に答えた。

 その言葉に反応したのは意外にもローランドだった、ローランドは落ち着きがないように体を揺らす。
 その様子が不思議で思わずメアリーが視線を向ければ、ローランドは困ったように、

「その、私の魔術ととっても相性が悪くって」

 と気まずそうに答えた。
 メアリーとアリオストロは純粋にローランドが魔術を使えることに驚いた。それこそメアリーがもらった杖のようなものを持っている人が魔術師だと思い込んでいたから、一見して手ぶらに見えるローランドがそうだとは思えなかったのだ。
 そんな二人の反応とは相反してジャックは「へぇ」とまるで地鳴りのような重いトーンで「それってもしかして焔の属性かな?」と聞いてくる。一瞬そんなジャックに気圧されたローランドが怯えたように反応したが、次の瞬間慌てたように「風です!!」と答えた。

「風なので、生理的に無理なだけです!」

 それって結構ダメなのでは?
 アリオストロがそういいかけて、メアリーが制した。メアリーもアリオストロも魔術に関して深く理解しているわけではない。もしかしたら魔術師にとっては当たり前なのかもしれない。

「はは!正直だね。そうか、風かぁ……まぁまだ焔よりもマシかな」
「どう言うこと?ローランド」
「あ、魔術では基本的に地属性と焔属性、海属性と風属性が反発しあって、逆に地属性と海属性、焔属性と風属性は調和するという特徴があるんです……」
「それが性格とか人間関係にも影響があるのかい?」

 メアリーの言葉にローランドは気まずそうに「はい」と答えた。
 なんと言うか不思議な話だ。だが嘘ではないだろう。そしてきっとローランドはジャックよりも弱い。だから苦手意識を持ちつつ、それなのに怯えているだけなのだろう。

 それを観察しながらメアリーは己を納得させる。
 タイプ相性みたいなものだろう。なんでその組み合わせなのかは理解し難いが、そう言うものだと理解する方が早い。そこまで考えて、メアリーはジャックへと視線を向ける。

「ジャックさんもローランドに対して生理的な嫌悪感を抱くのか?」
「うーん。そんなことはないかな。焔属性ほどじゃない」
「と言うことは焔属性にはとんでもない嫌悪感を抱くと……」
「間違いではないね。まぁ僕ほどの力を持ったヒトじゃないと……てはつくけどね」

 魔術に関しては余程の自信があるんだろう。
 全く相手しないようにローランドから視線を外す。それからにこやかに笑って話を続けた。

「さて、そんな話は置いておいて、本題にいこう」

 そういうとジャックはキセルをくるりと回した。
 その動きには見覚えがあった。あの魔術だ。メアリーとアリオストロが初めて見た魔術。なんでも出し入れできる不思議な黒い穴を出現させるためのもの。

 キセルが描いた丸の大きさだけ、例の黒い穴が顔を覗かせた。
 それに躊躇いもなく腕を入れて何かを探すようにゴソゴソと動かす。それから「あったあった」と言うように小さくつぶやいてから、A4用紙ほどの大きさの紙をメアリー達の前に出した。

 そこには大きく「依頼書」と書かれていた。
 銅色プレートからとまで親切に書いてあり、そこには情報収集とそれに応じた報酬が記載されている。

「この依頼を是非とも君たちに頼みたくってね」

 場所はハイドロという領地。
 依頼主はシモンと書かれ、「殺人鬼コネクターの情報収集」と提示されている。それをメアリー、アリオストロ、ローランドで覗き込んでいればローランドがハッとしたように顔を上げ、メアリーとアリオストロ見た。

「ハイドロは西の街リトスの中間地点にある領地です!旅に支障は出ないかと……」
「よし、受けよう」
「待てこらアリオストロ」

 メアリーは何故だかやる気満々のアリオストロを一旦止めた。
 何か余計なことを吹き込まれたのだろう。そう思うメアリーの予感は当たっていた。実際アリオストロはスキロスの仇のように簒奪者ウェヌスタの情報を求めていた。

 それほど関係が深かったわけではない、家族でも友達でもあったりはしない、名前のつかない関係だったスキロスをどうしてそんなにも追い求めるのか、彼女の生存を信じたいのか、実際アリオストロはその問いに答えられる言葉を持っていない。
 好きだったわけでもない。
 ライクでもラブでもないし、言い換えるのであれば罪悪感。
 そう、罪悪感という感情が一番近かった。

 だが一口に罪悪感であるとも言えない。
 呑み込めない感情だからこそ、アリオストロは焦っていた。

 そんなことを知らないメアリーはアリオストロを制した後、ジャックの方へと視線を向ける。

「それで、何故わざわざあんたから依頼を?」

 そして一番の謎に関して言及した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

捨てられた悪役はきっと幸せになる

ariya
恋愛
ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人は少女小説に登場する悪役だった。 強欲で傲慢で嫌われ者、夫に捨てられて惨めな最期を迎えた悪役。 その悪役に転生していたことに気づいたヴィヴィアは、夫がヒロインと結ばれたら潔く退場することを考えていた。 それまでお世話になった為、貴族夫人としての仕事の一部だけでもがんばろう。 「ヴィヴィア、あなたを愛してます」 ヒロインに惹かれつつあるはずの夫・クリスは愛をヴィヴィアに捧げると言ってきて。 そもそもクリスがヴィヴィアを娶ったのは、王位継承を狙っている疑惑から逃れる為の契約結婚だったはずでは? 愛などなかったと思っていた夫婦生活に変化が訪れる。 ※本作は、一般的な爽快ざまぁ・即溺愛を主軸とした作品ではありません。 主人公は苦悩や葛藤を抱えながら選択を重ねていくタイプの物語です。 また、人によっては元鞘に見える展開や、ヒーローが執着・独占欲強め(ヤンデレ寄り)と感じられる描写があります。 残酷な描写、精神的トラウマ描写を含みますので、苦手な方はご注意ください。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...