神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

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第四章 ハイドロの殺人鬼

5神への疑心

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 ローランドに案内されたのは時計台の正面。
 隠れる気がないとは知りながらも、ここま大きく出たかとはメアリーの心情である。

 ヒトが一切いない石造の街。
 朝に見た時とは一変して冷たい街の印象を受ける。殺人鬼騒動が起こっているからでもあるのだろう。道行くヒトもいなければ、民家から笑い声や喋り声なども聞こえない。微かに鼻をくすぐる料理の匂いはすれど、皆が揃って戸を締めているからか、漏れ出る人工的な光の影でさえ見えなかった。

「防犯対策は丸だね」
「なんの話だよ」
「いやこっちの話」

 アリオストロの追求にメアリーは首を振っていなした。
 それえから思考の海にもう一度入ろうとして、そして。

「うんわからない」
「分かりませんか……」
「ええ、どうする?」

 正直にそう答えた。
 そもそもの話物的証拠がない時点で考察には限度がある。
 ここに来れば何かわかると思ったが、犯行が大胆であること以外はよくわからない。

 周囲を見てみる。
 あるのは時計台。マンホール。民家。ちょっと出た先が裏路地。
 視界の端から端をネズミが一匹かけて行ったのが見えたが、それは記憶からデリートしておく。ああいう類の生き物は基本的に苦手なんだ。鶯鳴だったときは実験用マウスなんて吐くほど見てきたが、それとこれとでは種類が違う。言わばドブネズミの類に可愛さを見出せるほどの心の余裕、或いは趣味的嗜好はない。

「最初の目的通り、ここから大通りを通ってソピア馬車運営に行けばいい。そこで考えよう」
「分かりました」
「おう」

 アリオストロとローランドの言葉を聞いて、メアリーは言及した方向へと歩みを進める。
 夜風が身をブルリと震わせる。どうしてもキトンではこの寒さを凌ぐのは難しかった。かつての文明の主たちはこうした寒さをどう耐えていたのだろうか、もしかしたら年中通して暑いからこの服に収まったという説がある。

 そこでふとメアリーは「服の職人っていないのかな」と呟いた。

「服の職人?」
「裕福な優生の民であれば、そう言ったことを生業にしているヒトを専属で雇っているヒトもいますね」
「じゃあ、アリオストロのあのオンボロな服はどこから」
「あれは神殿側の配給。年に一度か二度しかないからオンボロだったわけで、好きでき着てたわけではねーかなら!」
「なるほどね……そう言ったところも神に握られていると」

 その言葉に歩みを止めたのはローランドだった。
 彼女は困ったような顔でメアリーを見る。その表情は憂いているというよりも、どちらかといえば意味を探しているような、そんな感情を顔というキャンパスに載せていた。

「その、とはどういうことでしょう」
「あーね」

 ローランドの言葉の意味をはっきりと理解したメアリーはうんうんと頷きながら、杖を脇に挟んで腕を組んだ。
 アリオストロとローランドが恩恵だと思い神から賜っているものは全てに関してヒトが自主的に築かなければならない文明だった。食事も、制度も、法だって作るのはヒトだったはずだ。
 全知全能なのかは知らないが、そんな感じのセウズ神に今現状その文明の構築は止められている。
 作り上がった結果だけを与えられているのだ。作る過程が大事だというのに、作り上げるということが大事なのに、それをすっ飛ばして現世に介入してヒトビトの暮らしを支えてあげているつもりでいる。
 依存させてきている。

「私たちはいわば、セウズ神の飼う家畜と一緒さ」
「家畜って……」

 メアリーの暴論にローランドは潜めた眉を深めた。

「飼われてるんだよ。何不自由なく、何の憂いもなく、進化することなく、停滞ばかりの世界」

 メアリーはそこまでいって、アリオストロを見る。
 共にいた時間は長い。メアリーが言わんとする言葉を何となく理解できるだからこそアリオストロは何もいえない。いうことができなかった。

「あっちはヒトを好きなときに愛でて、それで好きなときに試練を与える。その様を見てにやにやと笑っているんだ」
「そんなことありません。セウズ神は私たちの生活を支えてくれる……」
「ならなんで優劣なんてラベルをヒトに与えたんだ?」

 メアリーの言葉にローランドが詰まる。
 代わりというようにアリオストロが「その方がより良い未来を進めるからじゃないのか?」という。
 それにメアリーは鼻で笑った。

「ヒトを差別するのはヒトだ。誰もが自分と同じ能力、性格、環境であることをヒトは信じたいから自分と違うものを排除するために差別する。それは国だったり、人種だったり、はたまた考え方だったり……だがセウズ神はなんのために差別する?自己防衛本能か?より良い未来のためか?より良い未来のためならばそれをなぜ多くの人に与えない?」

 メアリーの言葉についにアリオストロまで黙ることしかできなかった。

「古来より神々はヒトの数をへらすためにヒトに殺し合いをさせるらしい」

 メアリーは思い出したようにその言葉を口にした。
 鶯鳴の記憶で見たことがある。インド神話のクルクシェートラの戦いやらギリシャ神話のトロイア戦争。
 思い出すのはその辺り、人口削減のためにヒトを間引く。神々の思考によって策略された戦争。
 優生学がない世界で優劣が決まる理由。当たらずしも遠からず、そんな予感がある。そもそもの話、選別の儀こそ戦争を招きかねない代物であった。

 そんなふうに思考にふけていると、ローランドが暗い顔で「それならば」と口にした。

「それならば神とは、セウズ神とはなんなのでしょうか」

 信じてきたものを信じていたい。
 きっとローランドはそう思うに違いない。そう思っていたからこそ、ローランドの口からそれを聞くとは思わなかった。思わなかったが。それでも納得はある。ローランドにとってアリオストロは神が敷いた法の被害者。完璧であるはずの神が生み出した悲劇の主人公。
 もし、言い伝えのようにセウズ神が万能なら、生まれないはずの民族であることを初めてこの瞬間、ローランドは行えたのだろう。
 誰もが目を逸らして堪らなかったものを。

「さあね。知らない」

 そんなローランドに対してメアリーが返せるのはメアリーが知っている事実だけだ。
 ここで嘘偽りなんて返すことはできない。

 ただわかるのは、メアリーの体はメアリーのものだし、メアリーの命はメアリーのためにあること。そしてそれは皆同じで、それこそが平等でありヒトとして生きていくことの模範的な回答だ。

「その信仰心を真っ向から否定するつもりはない。だから、せめても、その信仰心を誰かに押し付けようなんて考えないでね」

 今更そんな言葉を取ってつけてメアリーは止めた足を進めた。
 さっきまでガッツリセウズ神を批判していたのにも関わらず、そんなことをいうものだからアリオストロは思わず目を向けてジト目でメアリーをその瞳に写す。

「さて、そんな話をしていたら、もうソピア馬車運営が目の前に……」
「なんてことあるわけねーだろう」

 メアリーの戯言にアリオストロがそう返す。
 まぁ、間違いなくアリオストロの言う通り。むしろ立ち止まっていたせいで四割も進んでいない。時計台の台が後ろにまだ見える時点でお察しだろう。
 重い話をしてしまったからか、ローランドは黙りこくって後ろをまるで幽霊のようについてくる。ローランドの頭の中には今頃信仰とは何か、セウズ神とは何か、なんて答えのでない問いがぐるぐると回っているのだろう。どうにかしてくれ、思わずメアリーはアリオストロを見た。そうすればなぜ俺?と言うような視線が返ってくる。

 全くもって使えない。

 そう思っていれば、突然後ろから声が聞こえた。

「あの、危ないですよ」

 それは青年のアルト声であった。
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