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第四章 ハイドロの殺人鬼
1悲しき化け物
しおりを挟むキンっ!
金属の弾ける音が、鼓膜を通り越して耳小骨を響かせた。
振り返った先、アリオストロが剣で青年持つナイフを弾いたのを見た瞬間。ざっと血の気がひく。唾を飲み込む時間なんてない。
ボロボロな布で身を隠し、フードから白髪の髪を揺らす青年は更に追撃をしようとナイフを振りかざした。
アリオストロは最初の反射神経でどうにかなったが、二撃目に関してはとても無防備に立ち尽くすばかり、自分でも反応できたことに驚いているのだろう。そんな暇はないのにも関わらず。
メアリーは急いでアリオストロの首根っこを掴んで引き寄せた。
それから持っていた杖でナイフの軌道を変える。
ついでに左足で大地を踏みしめて、その勢いのまま無防備になった腹に向かって膝蹴りを入れた。青年の体がくの字に曲がる。だが次の瞬間アリオストロの「メアリー!」と叫ぶ声に反射的に後ろへと転がるように重心をずらす。
そうすれば目と鼻の先。
そこに鈍色のナイフが見えた。
背中に冷気が伝う。
今の言葉が無ければメアリーの頭は簡単に、それこそ豆腐にフォークを刺すように、そのようにして刺されただろう。
自分の死の予感に指が条件反射のように震えた。それか、唐突に背中に激痛。
冷たい石造の床に転がったのだと気がついたのは、トドメを刺すかのようにナイフを握り直した青年を見てからだった。
「うぉおおおお!」
アリオストロの咆哮が響く。
それに気を取られた青年が、メアリーの上から飛び下がって避難した。
ゆえに、アリオストロの剣が空振りする。
それを狙ったかのように青年は体をかがめて、それから何よりも早くアリオストロの懐に入った。
メアリーの腹が青年によって踏み抜かれる。「ごふ」と声が漏れ出るよりも早く、それこそアリオストロが限界まで目を見張るよりも早く、その青年は左腰あたりに両手で構えたナイフをアリオストロに向けて刺そうとしたところ、「■■■!」と言う声が邪魔をした。
不可視の何かがローランドの杖の先から繰り出される。
それはこの場にいる誰よりも早く、そして強く青年目掛けて飛んでいく。
それをもろに受けた青年はまるで紙のように最も簡単に吹き飛ぶ。
そして民家の壁に追突し、積み上げられた木箱を破壊する形で青年に多大なるダメージを与えた。
その間にアリオストロがメアリーに手を貸す。それを掴んでなんとか立ち上がったメアリーは痛む腹をさすりながら「これはまたご丁寧な挨拶だね」と軽口を挟んだ。
「言ってる場合か」
そう言う間もアリオストロの目は青年に向けられている。
「ところで、あんたがハイドロの殺人鬼コネクターさんであってるかな?」
「そうでしかないだろう」
鋭いアリオストロの言葉にメアリーは肩を竦ませて、それからローランドに向かって「助かったよ」と口にした。
「油断するには早いかと」
「そうだね、私たちでどうにかできるなら自警団がさっさと解決しているだろう……アリオストロ、ローランド避けろ!!」
その瞬間、メアリーは青年の口が動くのが見えた。
それには見覚えがある。ローランドがよくやる仕草、魔術を行使する前にする行動と同じだった。
メアリーの言葉になんの疑問も持たずアリオストロは右に、ローランドは左に避ける。
ついでにメアリーも痛む腹をなんとか叱咤して右方向に逃げた。
そうすると今までメアリーたちのいた場所が不可視の何かに吸い込まれる。それは瓦礫を巻き込み、そして弾けた。
えげつないことをする。
もしあれに巻き込まれていたら、そう思ったときには、木箱に背を預けていた青年の姿がないことに気がつく。いつの間に、そう口にする時間さえなく、またキンっ!という金属のぶつかり合いの音が聞こえる。
それはローランドの右側。
側頭部に向けての一振りだったものの、アリオストロはそれを見事弾いていた。
ローランドが膝をつき、あの時と同じように腰を抜かして座り込もうとするところをメアリーは叱責する。
「アリオストロが防いでる間に後方に!!」
「頼む!!ちょっと厳しい!!」
ガチン!
と言う音と共に、アリオストロがなんとかそのナイフを弾き返した。
石造の道は先ほどの風魔術だと思われるもので亀裂が走り、穴が空いている。毎回これと相対していると思われる自警団、特にシモンに同情する。
「勝機がみえないの私だけか?」
「正直俺も今ので精一杯だ」
思わずメアリーは愚痴るようにそう零す。
でも、防戦一方では無理なことはわかった。それだけでも十分な成果だ。
半歩後ろに下がった青年の側頭部に向かって杖を水平に振るう。
それと同時にアリオストロが様々な感情を押し殺した顔で「うおおおお!」と雄叫びをあげて、剣を上から下へ振り下ろした。
どちらかの攻撃は当たるだろう。
そう思って繰り出された攻撃だったが、青年は左側からきたメアリーの攻撃をその腕で止めて、剣をナイフ一本で止めた。
まずい。そう思ったときには青年は二つの攻撃を弾き返して前方方向に重心がずれたメアリー左足で蹴りを入れ、アリオストロにナイフを振り下ろした。
下ろしたが、それは第三者の介入により無為になる。
「なんでお前らが出てるわからねぇが、よくやった!」
その声はシモンのものだった。
シモンは右手で青年の手首を止めて左手でアリオストロを後方に投げる。
その際「ごへ」だか「べへ」だが鳴ったが気にする必要はない。メアリーは指紋の邪魔にならないように急いで避難をする。
そこからは目にも追えぬ速さの戦闘が行われた。
シモンが構えた拳に水が纏う。
海の魔術だ。そう言ったのはアリオストロだった。
その拳がナイフに向かって放たれ、ナイフがカランカランと軽い音を立てて転がった。続いて構え直したシモンが反対側の左の拳が青年の顎に向かって伸ばされる。それを青年は後方に避けることでなんとか防いだものの、鼻に当たったのか、ツゥーと鼻血が唇から顎に向かって滴る。
青年が構える。
ボクシングのように構えるシモンとは違って、まるで空手選手のように両手を構えてシモンの前に相対する青年は、シモンが繰り出す攻撃を何度も弾き返して、それから伸びたシモンの左手を受け流し、ガラ空きになった頬を遠慮なくぶん殴った。
だがシモンは一切怯まない。
重心が前方にずれた青年の鳩尾に向かって膝を入れた。
青年の小さな悲鳴のような唸る声が響く。
咄嗟の判断というように後方へ、民家の壁あたりまで避難する。
その瞬間を待っていたというようにシモンは今まで詠唱を唱えていたローランドに声をかけた。
「今だ!!」
ローランドが瞑っていた目を開く。
「大いなる皇太子よ、今この時をもって我に力を!」
そう叫んで、ローランドは杖を振り抜くような動作で青年――コネクターに向ける。
「■■■■■■■■■■!!!」
ごうっと空気が唸った。
コネクターを囲うように発生した竜巻は、次第に大通りを埋め尽くすばかりのハリケーンとなって石造の道路を巻き上げ、木箱や民家の壁を吸い込む。
轟々、そう音を立てて、次第にゴロゴロと天空が唸る。
あれに巻き込まれればひとたまりもない。思わずメアリーの頬が引き攣る。そしてそんな大技をぶっ放したことに対する被害額という言葉が頭に浮かぶほど、余裕が出てきた。
それがいいんだか、悪いんだか、そんなこと考えたくもなかった。
そう思っていると異変が生じる。
ハリケーンの中央。
その部分がまるで心臓のように鼓動するかの如く赤色が動いた。
そしてそれは次第に強まっていくと、まるでどこかに逃れるように、または流れ星のようにハリケーンという牢獄から脱出して飛んで消えていった。
ハリケーンの威力がだんだんと落ちていく。
そしてつむじ風程度に弱くなったところで、コネクターがいないことに気がついたシモンが舌を打った。
それから、メアリーとアリオストロとローランドを見て、にっこりと微笑んだ。
あ、これまずいやつ。
そう思ったときには時すでに遅し、シモンはすぐにカッと眉間に皺を寄せて大きく口を開いて怒鳴った。
「おめえらなんでこんなところにいるんだ!!!」
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