神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

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第四章 ハイドロの殺人鬼

3悲しき化け物

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「まぁ、これからどうするよ」
「ここからどうにかなる道筋ってあるんですか?」
「あるよ。そりゃ多少強引になるけどね」

 それでどうするよ。
 メアリーは涙で瞼を腫らしたアリオストロを見ながらそういった。

 結局あの後、どうにか反省しようとするアリオストロを捕らえて、なんとか寝かせた。
 最初は文句を言っていたもののメアリーの「今の状況で冷静に判断できるの?」という言葉によって、沈黙を貫きメアリーに連行。なき疲れという原因もあるのだろう。スコンと意識を落として現在までぐっすりと寝ていた。
 その間に、ローランドとメアリーは顔を合わせる。
 これからの動きについてどうするか、このまま依頼を進めるか否かそのことについて、たった二人だけでとは思われるかもしれないが、それでも意見を聞いておかないと今後の不要な言い争いが生まれると判断し、メアリーはベッドに腰掛けた。

「ローランド的にはどうしたい?」
「私は……」

 そう言ってローランドが目を向けたのはアリオストロだった。
 いつもならそれで構わない、アリオストロに同調することを許しただろうが、今回ばかりはメアリーは腕と脚を組み、首を横に振った。

「自分の意思だ。この依頼にちゃんと向きなおれ、アリオストロが~は今は封印しろ」
「わ、かりました」

 そういうとしばらくローランドは目を泳がした。
 思えばローランドと出会ってからローランドは自分の意思というものが希薄であった。今までそれを恋心と考えていたが、それは違うかもしれない。メアリーは右手の人差し指で頬を数度叩く。
 こういうタイプのヒトに会った気がする。
 どう言うヒトだったか、それを思い出すためにメアリーは鶯鳴の記憶を発掘しながらローランドに問う。

「この依頼はローランドにとって軽いもの?」
「そ、そんなことはありません」
「じゃあどう思っている?」

 それにローランドは息をつめた。
 それからまごまごと口を動かして、

「大切なものだと思います」

 と濁した答えを返した。

「どう、大切?」
「それは、私たちの成長?」
「成長のためなら別に依頼じゃなくっても良くない?」

 そこで思い出す。
 ああ、こういうヒトを指示待ちというのだと。
 ローランドは今まで自分の自由意志が尊重されない、または誰かを尊重することを強要されていた環境に身を置いていたのだろう。
 だからヒトが思うことに敏感で気配りやその時に他のヒトが望んでいる動きを取れる。

 だけどこうして自分の意思を聞かれたとき、何も返せない。
 察して動くをやってきたヒトにそれは難しいことなのだ。

 だってメアリーは何も望んでいない。
 ローランドにこう言って欲しいとか、こう動いて欲しいとか、直接的なことは言わないし、それを含んだ言い方もしていない。

「それは良くありません」
「なぜ?」
「それは……その……」

 アリオストロはアリオストロで厄介だし、ローランドはローランドで厄介だ。
 これ以上、追求してしまうことはいじめだろうと思い、メアリーはここで踏みとどまる。それから、小さく息を吐いて、ローランドに目を合わせた。

「私はこの依頼を続けたいと思っている」
「はえ?」

 突如として思考を開示したメアリーにローランドは変な声を出す。
 それを無視して、メアリーは、

「今の私たちに必要なのはこの世界で一つの命を持って生きているっていう自覚を持つことだ……そうだな、これを自立と呼ぶ」
「はぁ」
「そのためにはちゃんと自立した大人を見ることが大切だと今回身をもって知った」

 それはもう痛いくらいに自覚したメアリーは手のひらに顎を乗せて、それから言う。

「今のこのパーティーには最も倫理観が形成されているシモンさんが必要だ。ダメな時はダメと言って、頭ごなしに怒らず何がいけなかったのか、それを教えてくれる大人がだ」
「はぁ」
「そして何より、コネクターに負けたのがムカつく」

 そしてメアリーは本音を言った。
 そう結局のところメアリーは負けたことがムカついたのだ。間違いなくシモンが来ていなかったら死んでいただろう。奇襲をかけてきたことによってデバフを与えられたとは理解できるが、それでも負けたのは悔しい。
 瞬間のは判断は医者にとって必要なスキルだ。
 だがなんだあの体たらくは、ただただコネクターに振り回され、戦闘は完全に相手のペースだった。

 コネクターは患者を増やす悪だ。
 だから医者にとって憎き的でもある。

 そして何より、コネクターこそメアリーは一番の患者だと思っている。
 通常の精神、通常の環境。何不自由なく暮らせる世界なら誰かを殺そうと思う心は生まれない。苦しさの果てにコネクターはヒトを殺すという手段をとった。
 そうであるのなら、その曲がった精神を叩き直さないといけない。
 そしてヒトを殺すことがいかに悪いことなのか、それを実感し反省をしてもらわないといけない。

「ローランドはないの?」

 メアリーの意思は決まっている。
 順序が違ってもその心にあるのはシモンと同じものだ。

 その意思に圧倒されたのか、ローランドは押し黙る。
 それから指先を合わせて、下唇を噛んだ。

 月光が部屋の中を差し、冷気が窓からふわりと入り込んでくる。
 外に見えるビクトリア調の街は太陽が顔を出すときに感じた暖かさはなく、冷たく冴え冴えとした雰囲気を漂わせた。

「私は、私はみんなが死にそうになるのが嫌でした」

 ローランドは懐からあのペンのような杖を出す。
 よく見ればそれは万年筆のように中央が膨らみ、左右は突起していて、木目が見えた。鶯鳴のときも見たことのない形状の杖だ。杖と言っていいのかはわからないが便宜上は杖と呼んでおこう。
 メアリーはそれをとっても持ちやすそうだな。
 なんて庶民的な感想を落としてからその杖からローランドに視線を向ける。

 ローランドは手の中にある杖を見ながら、耐えるように肩を震わす。

「何度もアリオストロさんがメアリーさんが死にかけるたびに、魔術の発動時間が溜まっていないことに気が狂いそうな気持ちになりました」

 それからぎゅっと杖を握る。

「私が攻撃されたとき、怖くて膝ををつきそうになったのがとっても恥ずかしかった」
「いいじゃん。結果的についてないんだから」
「でもそれは結果です」

 メアリーさんがそう言ってくれなかったら、私は膝を折って怖がっていた。
 その言葉にメアリーがジト目をした。不服があるという顔で、ローランドの会話に介入する。

「あのさ、別に一人で戦っているわけないだろう?」
「それはそうですが……」
「はっきり言えばね。ローランド、あんたに期待していることはない」
「え」

 顔を青ざめるローランドを前にメアリーは続ける。

「アリオストロに期待していることもない」
「え」
「あのねぇ、戦闘の時に誰かに期待してたら動きが鈍くなるでしょう。もし最高のタイミングでアリオストロが動いてくれたりあんたが魔術を発動してくれたらラッキーくらいにしか思ってない。頼りにはしている。けど期待はしてない。私にしかできないことを精一杯して、アリオストロにしかできないことを、ローランド、あんたにしかできないことを精一杯する。それを噛み合わせることができると信じているから頼りにしている。だけど自分が出来ないことを誰かに期待するなんて最初から間違っているんだよ」

 メアリーの言葉にローランドが口を小さく開いた。

「だからね。あの時の戦闘はみんながベストを出した結果。期待に応えられないとかそういう次元じゃない」

 誰もがあの時必死に頑張った。
 それ以上でも以下でもないんだよ。そう言ったメアリーは今にも泣きそうなローランドに深くため息をつく。

「なんで私のパーティーは泣き虫しかいないんだか」

 そう苦言をもうするわりには、メアリーの瞳はとても優しく月光を浴びていた。
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