86 / 121
第四章 ハイドロの殺人鬼
3苦き終幕
しおりを挟む夜の帳が下りる。
賑わいを見せていた大通りも、ヒトビトの声に溢れていた空間もまるで別世界のように静まり返り、肌寒さと悪寒を引き寄せる。あれからシモンはギャビンの元に、メアリーとアリオストロ、ローランドはアスター宿場連盟の宿に向かい時計台の時刻が十二時を指した時に集合するということを取り決め、現在は各々コネクターとの決戦のために準備をしていた。
時に、メアリーは不思議に感じていた。
元から変な街だとは思ったが、この国には時間という概念があるということに今更ながら気がついたのだ。あまりにも自然に取り込まれていたからこその盲点。時計台の前に深夜十二時に集まろうと言われてから初めて、そのことに気がついたのだ。
日時計程度の文明ならまだしも産業革命を終えた技術がある文明とはどういうことだろうか。
そうなってくるとやっぱり怪しいのは服などの未発展であり、それらのことから移民説が浮上してくるのだが、そうであればどこかしらで言及されそうだし、何よりもそう言った文章が残っていると思うのだが……。
それを隠すために本が禁じられているのだろうか。
にしても移民であることを隠す理由がわからない。
原住民を追い出したとして、信仰に関係するとは思えないし、というかそもそもここまでの文明を持っている原住民を相手にキトンで時代が止まっているこの民たちは勝てるのだろうか、言って仕舞えば科学技術なんて皆無だ。それに医療の普及もしていない。どう考えても勝てる未来が見えないが、それともなんだろうか、セウズ神が一掃したとか?
にしては外壁や路地などは綺麗で、戦場の痕跡はない。
謎が謎を呼ぶ。
そういえば優生学だって、この科学力が低い世界でよく生まれたものだ。
「アリオストロ。劣性の民と優生の民ってどう決まるんだい?」
「は?突然どうしたんだよ」
「十二時までにはまだ時間があるからね。ちょっと気になるところを整理しようって」
そういうメアリーに悪気が一切ないのを感じたのか、アリオストロはため息を吐いてから「生まれ方が違うんだよ」と言った。
生まれ方、メアリーは小首を傾げる。
それがなんだというのだろうか、まさか逆さまに生まれて来たら劣性の民とか?それなら抗議をしに行くところだが、そこまで考えてアリオストロに続きを促そうとすれば、そこにローランドが入ってくる。
「優生の民は基本的にセウズ神が設計し生まれます。逆に劣性の民は女性のお腹あたりに寄生して生まれてくるということになっています」
「は?ちょっと待って?寄生ってなんだ」
「原因はまだ分かっていませんが、女性の腹が膨れて生まれるんです」
それを妊娠と呼ぶのではないのか?
逆に優生の民ってなんだ。セウズ神が設計ってクローン技術のようなものではないか、むしろその辺の倫理観はどうなっているのだろうか。いや全くわからない。理解が及ばない。どういうことだ?メアリーは混乱の中「ええっと、親は?」と聞いた。
「親ですか?それは男女のペアが欲しいと願い出れば、そのペアに合う子どもをセウズ神が託すのです」
「オーケー。ちょっと考えさせて欲しい」
メアリーはタンマのポーズをしてから思考に潜る。
子どもは願いでれば貰える。それ以外、所謂妊娠や出産を通して生まれてきた子どもは劣性の民。頭の痛い話だ。それがこの世界の常識だとして、妊娠できている時点でヒトの作りが違うというわけではないだろう。生命の誕生とはそんなに無骨なことなのだろうか、そもそもセウズ神はどうやってヒトを作り出しているのか、聖書にだって処女受胎とかで救世主が生まれているのにも関わらず、ヒトの腹で育たない子どもというのはどう言うことなのか、メアリーは痛む頭を抑えながら「うんうん」と唸って聞く。
「そのセウズ神のヒトの創造ってなんかこう……具体的な説明ってあるのかい?」
「?気にしたことないな」
アリオストロの言葉にそれもそうか、と思う。
だが、これは知っておきたいことだ。メアリーは神などさほど信じていない。セウズ神の城に行った時からその気持ちは強くなっている。もしこの世界が鶯鳴の生きた世界の延長線上だとすれば――魔術や魔物の存在を無視した上の机上の空論だが――セウズ神は神を名乗る別の何かにすぎない。延長線上でないとしてもだ、確立した宗教を逸脱しているようにしか思えない時点でセウズ神はメアリーにとって最も疑いの対象である。
それがここにきてヒトの製造に関わっていると知った時の衝撃や否や。
メアリーの頭に浮かぶのは「クローン技術等の規制」という鶯鳴時代の禁忌だった。
「製造方法は知りませんが……」
ローランドの言葉にメアリーはピクリと動く。
「ちょっと待って、何か私の心の中のどこかが製造って言葉を拒絶している」
「はぁ」
生命は製造するものではない。
メアリーの倫理観では、生命は誕生するものであって、人工的に機械的に生み出されるものではない。例えこの世界でそれが当たり前であっても、なんというか生理的に嫌だった。
どうすればいいんだ。このモヤモヤをどうすればいいのか、メアリーは頭を抱えながら同じような感性を持つヒトを探したくなる感情を抱える。なんというか、命が軽いのだ。そう、命が軽い。神に造られた云々含めて命に対する重みとか、感動とかそういうものがないような気がする。
「ちなみに受け取れる子どもって、あー何歳くらいなの?」
「八歳ですね。それまで天使様に育てられます」
「あー、そう。七つ前まで神の子ってね……」
「なんか言ったか?メアリー」
「いやなんでもない」
アリオストロの言葉にメアリーは雑に返した。
今度は日本文化とキリスト教文化の融合か、メアリーはとてもじゃない絶妙な顔で「冒涜的だね」と小さくつぶやいた。
「むしろアリオストロはどうやって生きてたんだ?」
「お、俺は、劣性の民の集落で一番幼かったから……」
「あー、うん、そこまででいいよ」
「えっと、いいんですか?」
「世の中にはね、聞かないほうがいいことがあるんだよ」
「深淵を覗くとき、また深淵もこちらを見ているって言葉知ってる?」メアリーの言葉にローランドは首を横に振るう。
それに「それでいいよ」と言って、思わず同情の目をアリオストロに向けた。要は鬱憤晴らしの的を得るために周りが生かしていたのだろう。思えば出会ったときはすごいボロボロだったし、暴力を振られることに慣れていたように見えていた。
まぁ、そういう制度があるのだから、そうなってしまうのも仕方のないことだろう。
そう理解することでなんとか己を律しながらメアリーは話題をずらすように口を開く。
「ってことは赤ん坊を見たことないのか」
「あかんぼう?」
「それってなんですか?」
「あーシワクチャな小さい命だよ。目を離したら終わり、離さなくってもちょっとのことで死んじゃう、まぁ私たちが成長する前の一番最初の姿だよ」
「へぇーってことはメアリーは見たことあるのか」
「それなりにね」
機会があったら見てみな。
そう言ってメアリーは己の武器である杖を立てかけた場所から手に取った。
「よし、私の方は準備万端だよ」
「私も大丈夫です」
「俺の方もちゃんと剣持った」
各々話している間に荷物や必要な装備を身につけ終えていた。
それをメアリーは確認して、それから時計台の方に視線を送る。現在時刻は夜の十一時五六分。非常にいい時間だ。ちょうど時計台に向けて歩けば、十二時には着くだろう。
それをみて、窓を閉める。
今夜は堂々と玄関から出れるのだからわざわざ窓から出る必要はない。
「じゃあ、行こう」
「おう」
「はい」
肌寒い夜。
今夜に決着がつくよう祈りながら、メアリーたちは歩を進めた。
0
あなたにおすすめの小説
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
捨てられた悪役はきっと幸せになる
ariya
恋愛
ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人は少女小説に登場する悪役だった。
強欲で傲慢で嫌われ者、夫に捨てられて惨めな最期を迎えた悪役。
その悪役に転生していたことに気づいたヴィヴィアは、夫がヒロインと結ばれたら潔く退場することを考えていた。
それまでお世話になった為、貴族夫人としての仕事の一部だけでもがんばろう。
「ヴィヴィア、あなたを愛してます」
ヒロインに惹かれつつあるはずの夫・クリスは愛をヴィヴィアに捧げると言ってきて。
そもそもクリスがヴィヴィアを娶ったのは、王位継承を狙っている疑惑から逃れる為の契約結婚だったはずでは?
愛などなかったと思っていた夫婦生活に変化が訪れる。
※本作は、一般的な爽快ざまぁ・即溺愛を主軸とした作品ではありません。
主人公は苦悩や葛藤を抱えながら選択を重ねていくタイプの物語です。
また、人によっては元鞘に見える展開や、ヒーローが執着・独占欲強め(ヤンデレ寄り)と感じられる描写があります。
残酷な描写、精神的トラウマ描写を含みますので、苦手な方はご注意ください。
いいえ、望んでいません
わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」
結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。
だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。
なぜなら彼女は―――
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる