神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

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第四章 ハイドロの殺人鬼

5苦き終幕

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「お前みたいな奴が今更どうして!!」

 悲痛な叫びがメアリーとアリオストロ、ギャビンの硬直を解く。
 ローランドはそんな状況下でも臆せず詠唱を口遊み、その音色が言葉と共に風に吹かれる。「二十八番星の輝きを得て、エルナト、アルデバランが輝くとき」その一部がメアリーの耳小骨を揺らす。その間にも、ギャビンがまるで銃のように人差し指をコネクターに向けて、穿つ。それがコネクターの脇腹の肉を抉り取り、その鮮血にアリオストロの目尻が引き攣った。
 メアリーはそれを横目で見ながら、コネクターの空いた腹に杖の頭を捩じ込ませる。
 その衝動で最も簡単にコネクターは吹き飛び、背中を打つようにして石造りの地面へと伏せた。

 十分なダメージは与えたつもりだ。
 だがそれでもコネクターは立ち上がる。まるで亡霊に憑かれたように、ふらりふらりと体を左右に揺らしながら、顔を伏せて何やらぶつぶつと声を上げていた。

 魔術か、一瞬身構えたメアリーだったがそれを制したのはシモンだった。
 思わずシモンの方向を見る。シモンは険しい表情をしながらも、立ち上がるコネクターを見て沈黙を貫く。
 何かあるのか、すぐにでもローランドの魔術が発射できるようにメアリーが視線で合図をすれば、ローランドは口遊みながら頷いた。

「どうして今更、今更あんたみたいなやつが、出るんだよ。なんで、なんであの時、あの日にいなかったんだ!」

 あげられた顔には涙があった。
 ぼろぼろと溢すように大量の涙を浮かべては頬を伝って顎へと向かい、それから大地に落ちる。その間も握りしめた短剣を緩めるつもりはないらしいことがわかった。

 八つ当たりであった。
 事実、どうしようもできないことへの八つ当たりでしかなかった。
 そうでもしないと、コネクターの心は折れてしまいそうだったから。

 あの日、ただ天使のような妹に生きて欲しいと願ったコネクターを否定しない大人。
 それがあれば、あの日あの時それに出会えれば、どうしようもないただの気晴らしにしかならない復讐劇なんかに身を投じる必要なんてなかったのに、今更の後悔が今のコネクターの喉を締める。
 それ以外の方法を思いつかなかったコネクターの前に現れてくれていたら。

 だがそれもたらればであって、あの日あの時、コネクターの前にそんな大人は現れなかったのが事実で現実であった。

 コネクターは短剣を向ける。
 天使を殺した悪魔のような短剣。天使を殺したんだから、神様のようなヒトだって殺せる。きっと、そう。

「それが、テメェの言い分か?」

 全てを聞き終えて、そう言ったのはシモンだった。
 シモンはコネクターを憐れまない。
 同情だってしない。
 その苦しみに理解も示さない。
 ただ単純にそして簡素な言葉で、

「しらねぇよ」

 そう突き放した。
 それはシモンなりの優しさだったのかもしれない。下手に憐憫も同情も理解も示さない。コネクターの持つ八つ当たりのような憎悪も軽くいなすように放り投げた。それに不安そうな視線を送るアリオストロ、静かに目を閉じるギャビン、それから下唇を噛み締めるメアリーは沈黙の最中、シモンの答えを待った。

「俺みたいなヒトがいない?しらねぇな。なんでいなかったのか?尚更しらねぇな」
「知らないってなんだよ。意味がわからない。だって、あんたみたいな人がいれば、」
「イフなんてしらねぇんだよ。たらればなんて、その時そうならなければわからねぇんだよ」

 シモンの言葉に、コネクターは沈黙を貫いた。
 その顔には「意味がわからない」と書いてあり、そして何よりも呆然としたような気が抜けたようなそんな雰囲気が溢れる。

「そもそも、ヒトに頼るなんざぁ甘っちょろい野郎だけだ」
「えええええ」

 思わずメアリーがシモンの言葉を疑って叫ぶ。
 純粋な素が出たのである。まさかトラウマであろう部分を刺激された青年にいう言葉ではないことを真っ直ぐ言ったのだ。これは捻くれていると一般的に言われる鶯鳴の記憶を持ったメアリーでもドン引きだ。刺激するしないとかではなく、一人の傷ついているヒトに言うべき言葉でないことは鶯鳴の記憶がなくったって理解できることだった。

 だが次の言葉で、メアリーは沈黙せざる終えなかった。

「テメェが選んだから今がある。選んだ道に後悔するな。反省し悔い改めるならまだしも、過去に囚われてそこで止まって何になる」

 シモンは続ける。

「理由はどうであれテメェはヒトを殺した。それは悪しきことだ。だから罰する。テメェの過去なんざ知るもんか!ヒトの生きる自由を奪ったから、だから俺は今ここにいる!」
「う、ああああああああああ!」

 咆哮が合図となってコネクターが動く。
 けれどそれもローランドの魔術によって阻まれた。

「風よ、今こそかの者の障壁となれ!!■■■!!」

 駆け出したコネクターの体が構成された竜巻によって呑み込まれる。
 それは肌を切り裂くもの、それは動きを止めるもの、それは武器を奪うもの、コネクターから短剣を手放させ、大量の切り傷を残した風は大空に曇天を引き寄せて、それから大粒の雨の塊を降らす。
 轟々。
 音にして壮大なそれは暫く自由にうねったあと、何事もなかったかのように霧散する。

 大雨に降られながら、メアリーは地面へと膝をついたコネクターに関心とひとつまみの憐憫を抱えた。
 唖然とする中アリオストロが小さな声で「ヒトの生きる自由……」と呟く。それは次第に本格的に降り始めた雨によって掻き消された。雨がまるで浄化するようにコネクターの怒りを鎮火させる。
 本当の意味では怒りは消化仕切れていないが、それでも冷静になった頭でコネクターはシモンに尋ねた。

「ヒトが生きる自由を持っているなら」

 それはひとえに劣性の民とか、優生の民とかではなく、全てを内包した言葉であることをこの周りにいるメアリーたちは理解できた。
 シモンはそれに無言で待つ。もう、コネクターがメアリー達を殺す気がないことを悟ったから。だから、どうしようもない迷子の言葉を聞いてやろうと思ったのだ。

「どうして俺の妹は殺されなきゃいけなかったんだ」

 思い出すのはふくふくとした肌。
 まろい頬を赤らめて、必死にこちらに歩く姿。
 サラサラの髪が風に靡いて天使の輪が広がる。

「どうして……」

 ――お兄ちゃん。
 ――お兄ちゃん。ずっと好きよ。

 コロコロとした鈴の音で口元を小さな手で隠した妹の姿が思い浮かぶ。
 コネクターに内緒話するために耳元でそっと囁いた妹の姿が、昨日のように浮かぶ。

 もうすでにどんな声だったのか、どんな顔をしていたのか、そんな記憶さえなくなっていても、それでもそこにいたことを忘れた日はない。

 助けたかった、助けて、あげたかった。
 ただ普通に暮らすだけでいい。貧しさからの苦しさなんて気にもならなかった。
 ずっと一緒にいて、欲しかった。

「どうして、妹を殺した兄さんが」

 コネクターの目に映るのは現実現在過去か、それすらコネクターはわからなかった。

「自警団の団長なんてやってるんだよ!」

 コネクターには天使がいた。
 けれど、今はもう天使はいなかった。

 瞬間。
 弾ける音がした。擬音にしてパァン!という乾いた音。
 コネクターの体がびくりと前方へと震え、それから後方へとガクッと体を転げさせた。目は見開いたままだった。見開いたまま天上を見上げる。曇天の空。それでも美しく見えた。久しぶりに世界が美しいと思えた。

 そうして脳天を貫かれたコネクターは最期に一言も発さず、ただただ空を見上げてその息を引き取った。

「ジョセフ!!」

 怒りに身を任せたシモンの声が響く。
 一丁の拳銃を持ったジョセフは、ハンカチで濡れた銃身を拭いてから懐へとしまった。
 
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