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終章
終章 王の資格
しおりを挟むハイドロの殺人鬼コネクターの一件はコネクターの死亡により幕が下ろされた。
あの後のことをメアリーとアリオストロ、ローランドはあまりよく覚えていない。
ただ波打つ海岸で流されるヒトのように、目の前の情景がフィルター越しに見た世界にしか見えなかった。コネクター殺害後、ジョセフは「逃れモノを発見したものは願いを一つ叶えてもらえる」と言った。そして、それによって優生の民になったと口にした。
メアリーにとっては優生やら劣性やらどうでもいいことで、正直なところ差別的用語でしかなく、ヒトビトに貴賎はないと感じている。今だってそうだ。アリオストロが劣性の民だろうか、ローランドが優生の民だろうか、自分がどこに属するか知らなくてもどうだっていい。
けれどそれはメアリーの価値観で、ジョセフにとっては家族を捨ててまで得たかった地位だった。
それが結果で、それが事実だった。
優生の民が劣性の民を殺しても処罰されない。なんだったら逃れモノを処分したことは褒められることなのだと言っていた。
それに憤慨したのがシモンだった。
シモンはその場で自警団の副団長を辞表した。
彼の信じる正義に則れば当然の動きだ。呆然とするメアリーたちを置いてけぼりに進んだ手続きは曖昧で、気がつけばメアリーたちはシモンからもらった報酬とジョセフからもぎ取った金を手にネフレンの所まで行き、こうしてリトスに向かってキャビンに乗っている。
あれからシモンがそれからギャビンがどうなったのか知らない。
強いことは身をもって知っている。
だから大概のことは平気だと思うが、あの一件でジョセフに警戒されることになるのは確かだ。
メアリーはふとそこでジョセフという名が気になった。ヒトを殺して、コネクターを殺して、それでも捕まることのない、そして秩序の側にいることに、そこに罪悪はないのかと思うところがあった。
ヒトビトを守る組織が、ただの私情で――逃れモノを殺すという大義名分はあれどメアリーにはそう感じれた――殺すなんて、そんな皮肉的なことあるのだろうか、それが罷り通っていいのだろうか、そこに疑問が残る。
ただわかるのは、決してメアリーたちが、アリオストロやローランドがその結末を許していないこと。
でも結局それが罷り通ってしまう現実であること。
そこで自分たちが生きているということだけだ。
虚しさばかりが残る結末だった。
初めての依頼で「こんなことって」と思わず言ってしまうほどの酷い有様だった。
痛みばかりが広がるキャビンの中。メアリーは外の風景を見ながら、今回の依頼についてゆっくりと振り返った。
コネクターは妹といった。
妹を兄に……ジョセフに殺されたと、どうして彼が逃れモノと言われ始めたかわからないものの、それが関与していることはなんとなく察せる。医術を行使したといった。あの時は聞き流していたが、確かにそういっていたのを覚えている。
医術とはそんなにいけないものなのだろうか。
ヒトを救うことに、悪いとか悪くないとかあるのだろうか。
勿論、倫理的に許されない行為、所謂臓器くじのように健康なヒトを一人殺して、他のヒトに移植するとかそういうのだったらメアリーも頷ける。だが、大きな括りとして医術というものの行為そのものが禁止されるのは間違っていると思う。
そしてその制度ゆえに生まれてしまった悲しき怪物に同情するしか終えない。
もし、鶯鳴の世界のような、いや鶯鳴がいた時代なら、それが禁止されることはなかっただろうに。
生まれるはずも、救えなかった命もなかっただろうに。
なんと馬鹿げた話だろうか。
終幕 王の資格
ハイドロの殺人鬼コネクターの一件はコネクターの死亡により幕が下ろされた。
あの後のことをメアリーとアリオストロ、ローランドはあまりよく覚えていない。
ただ波打つ海岸で流されるヒトのように、目の前の情景がフィルター越しに見た世界にしか見えなかった。コネクター殺害後、ジョセフは「逃れモノを発見したものは願いを一つ叶えてもらえる」と言った。そして、それによって優生の民になったと口にした。
メアリーにとっては優生やら劣性やらどうでもいいことで、正直なところ差別的用語でしかなく、ヒトビトに貴賎はないと感じている。今だってそうだ。アリオストロが劣性の民だろうか、ローランドが優生の民だろうか、自分がどこに属するか知らなくてもどうだっていい。
けれどそれはメアリーの価値観で、ジョセフにとっては家族を捨ててまで得たかった地位だった。
それが結果で、それが事実だった。
優生の民が劣性の民を殺しても処罰されない。なんだったら逃れモノを処分したことは褒められることなのだと言っていた。
それに憤慨したのがシモンだった。
シモンはその場で自警団の副団長を辞表した。
彼の信じる正義に則れば当然の動きだ。呆然とするメアリーたちを置いてけぼりに進んだ手続きは曖昧で、気がつけばメアリーたちはシモンからもらった報酬とジョセフからもぎ取った金を手にネフレンの所まで行き、こうしてリトスに向かってキャビンに乗っている。
あれからシモンがそれからギャビンがどうなったのか知らない。
強いことは身をもって知っている。
だから大概のことは平気だと思うが、あの一件でジョセフに警戒されることになるのは確かだ。
メアリーはふとそこでジョセフという名が気になった。ヒトを殺して、コネクターを殺して、それでも捕まることのない、そして秩序の側にいることに、そこに罪悪はないのかと思うところがあった。
ヒトビトを守る組織が、ただの私情で――逃れモノを殺すという大義名分はあれどメアリーにはそう感じれた――殺すなんて、そんな皮肉的なことあるのだろうか、それが罷り通っていいのだろうか、そこに疑問が残る。
ただわかるのは、決してメアリーたちが、アリオストロやローランドがその結末を許していないこと。
でも結局それが罷り通ってしまう現実であること。
そこで自分たちが生きているということだけだ。
虚しさばかりが残る結末だった。
初めての依頼で「こんなことって」と思わず言ってしまうほどの酷い有様だった。
痛みばかりが広がるキャビンの中。メアリーは外の風景を見ながら、今回の依頼についてゆっくりと振り返った。
コネクターは妹といった。
妹を兄に……ジョセフに殺されたと、どうして彼が逃れモノと言われ始めたかわからないものの、それが関与していることはなんとなく察せる。医術を行使したといった。あの時は聞き流していたが、確かにそういっていたのを覚えている。
医術とはそんなにいけないものなのだろうか。
ヒトを救うことに、悪いとか悪くないとかあるのだろうか。
勿論、倫理的に許されない行為、所謂臓器くじのように健康なヒトを一人殺して、他のヒトに移植するとかそういうのだったらメアリーも頷ける。だが、大きな括りとして医術というものの行為そのものが禁止されるのは間違っていると思う。
そしてその制度ゆえに生まれてしまった悲しき怪物に同情するしか終えない。
もし、鶯鳴の世界のような、いや鶯鳴がいた時代なら、それが禁止されることはなかっただろうに。
生まれるはずも、救えなかった命もなかっただろうに。
なんと馬鹿げた話だろうか。
「俺さ」
そんな思考に浸っていると、メアリーの隣に座ったアリオストロが下唇を噛み締めてそう口にした。
そこ方の言葉をメアリーもローランドも静かに待つ。アリオストロの頭の中にある感情を言語化するのが苦手だと知っているから、メアリーたちは焦ることなくただもう一度口を開くのを待っていた。
「俺、なんていうか、もうやだよ」
その言葉にゾッとしたのはメアリーだった。
嫌だとは何か、王になることが嫌になったとでもいうのか、そんなこと言われたってどうしようもない。そして本人にその気がないのに王に祭立てるほどメアリーは落ちぶれていない。
だから動揺した。
もしかして今回の件を通して、コネクターの報われなさに嫌気がさして静かな場所で余生を過ごしたいとかいうのではないかと、そう言われればどうすればいいのかわからない。その答えに反論する言葉をメアリーは持っていなかった。
だってメアリーだって嫌になった。
それは勿論この国のあり方について、医術を禁じそれを罰する世界が嫌になった。
だからアリオストロが「こんな国欲しくない」と言ってしまえば、心のどこかで「それもそうだ」と頷いてしまう気がして、心の弱いところが曝け出されるようで嫌だった。
だから次の言葉が怖かった。
アリオストロがなんていうのか、それに対する恐怖と好奇心。せめぎ合う感情はまるで油と水で、交わることなくメアリーの心のちょうど半分のところで居座る。
ひどい話だが、もうしゃべるなといってしまいたかった。
それでもできないのは、確かにアリオストロという少年に絆されていたからだろう。
だからメアリーは待つ。
次の恐ろしい常闇の答えを、断罪される囚人のような気持ちでずっと待った。
「劣性の民ってだけで、話も聞いてもらえない」
「うん」
ゆえにそう頷き返すのはローランドだった。
「殺されるのが当たり前で、死んでも誰も見向きもしない」
「うん」
「疑われればすぐ殺されるし、救いが見えたと思えば殺される」
「うん」
「なぁ、神は、セウズ神は全て知っているのかな」
「……わからない」
「知っているなら、なんでこんな悲劇が起きるのかな」
「ごめんなさい、私にはわからない」
神の支配する国で神を疑う。
アリオストロの言葉にローランドは答えられずにいた。答えを持つわけがない。だって、ここは神がいることが前提の国で表面上は何よりも平和だから、差別があっても食に困らない、貧しさはあっても死なない。けれど、神が支配する割には、人間的悲劇はすぐそばに横たわっている。
もし神がいるのなら。
メアリーは言葉に出さずに口の中で転がした。メアリーの思うような全てのヒトを救える神がいるというのなら、こんなことは起きなかっただろう。きっと正義が勝ったし、決着はちゃんとついた。いやそもそも、コネクターなんて存在が出なかっただろう。
本当にセウズ神が全知全能ならば。
「お、俺は、シモンさんが教えてくれたことが正義だと思う」
「うん」
震える声に、メアリーは思わず視線をアリオストロの方向へと向ける。
その頃にはアリオストロは両目からボロボロと涙をこぼしながら、拭うことなく両手で膝の上に拳を作った。
「そうであって、欲しい。誰もが平等であって、それで公平であって、劣性の民とか、優生の民とか関係なくあってほしい」
「うん」
「そんな国であって欲しい、そんな国でないと嫌だ」
「……うん」
アリオストロの言葉に頷いたローランドを見て、メアリーは静かに、それこそ水面を騒ぎ立てないようにゆっくりと言葉を添えた。
「そのためには、王になって神を殺さないといけないよ」
「メアリーさんそれは……」
「何も間違っていない。旧体制を滅ぼすならその象徴を殺さないといけない」
いわばこれはメアリーによるたきつけであり、煽りだった。
アリオストロがその言葉にどう反応するか、ローランドの止める声を静止してまでメアリーは続ける。
「この制度を作った神がいたままじゃ、優生学なんて滅ぼすことはできない。どうするの、アリオストロ」
記憶の戴冠者メアリーは次期王候補アリオストロに問う。
それを空間の戴冠者が見守り、世界はゆっくりと時間を刻む。
しばらくの沈黙が続いた。
それから涙を止めたアリオストロが顔をあげる。
そして震える肩を無視して、震える声で宣言した。
「セウズ神を殺す。それがきっと、俺にとっての王の資格だから」
宣言はなされた。
英雄譚は幕を引き、ここから覇道の旗が登った。
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