【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

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潜む影と浮かぶ手掛かり

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 市場の喧騒の中――

 ミリアは人混みを器用にすり抜けながら、顔見知りの商人たちに声をかけていく。

「昨日の夕方、このあたりでちょっと怪しい人を見かけませんでしたか? 黒い外套に、目立たない帽子をかぶっていたとか」

 香料屋の老婆は目を細め、しばし記憶を探るように沈黙した。

「……ああ、いたよ。香草束の棚の陰に妙に長く居た奴がいた。声もかけずに立ち去っていったけど、あれは客じゃなかったねぇ」

 一方、エディンは裏手の路地を歩いていた。荷車が通り抜けたばかりの泥道に、かすかに靴跡が残っている。

 しゃがみ込み、指でそっとなぞる。

「……この泥、周囲と違う……」

 視線を上げた先、香料屋の脇にある古びた井戸の影に、何かが落ちていた。

 エディンはそっとその布切れを拾い上げた。粗く裂けた縁、土埃にまみれた繊維の質感。長年書類とにらめっこしてきた彼の観察眼が、無意識に細部を追っていた。

「……これは、誰かの衣服の一部……?」

 だが、それが何かを断定するには、決め手に欠けていた。確かに、模様は近衛騎士団のものによく似ている。だが、色も薄れ、刺繍も一部しか残っていない。

「これが、帽子の縁や軍靴の金具だったらよかったんだけどな……」

 呟きながら、エディンは周囲を見渡す。香料屋の裏手は物陰が多く、人目を避けるには最適だった。足跡は人通りに紛れて判別が難しいが、それでも誰かがこの場所で何かをしていた――それは確かだった。

「一応、持ち帰っておくか……」

 布切れを丁寧に小袋に包み、懐に収める。何かの証拠になるかは分からない。それでも、こうした“小さな異物”が、後に大きな意味を持つことはある。

 ふと、路地の先で、ミリアが商人と談笑している姿が見えた。

「そっちはどうですか?」

 小走りで近づくと、ミリアが小声で返してくる。

「何人か、見かけたって人はいました。でも、顔を覚えてる人はいませんでした。……ただ、一人だけ、『手袋をしてた』って証言がありましたのよ」

「この時期に?」

「ええ、朝でもないのに、手袋。しかも黒いやつ」

 エディンは小さく頷いた。

「何か、あるかもしれませんね。帰って、報告しましょう」

 ミリアは真剣な表情に戻り、うなずいた。

 その背後では、昼下がりの市場の喧騒が続いていた。だが、陽光の下に満ちる熱気とは裏腹に、確かに“何か”がひそかに動いていた。



 ◇



「ただいま戻りました!」

 勢いよく扉を開けたミリアの声に、執務室にいたレティシアとカイルが顔を上げる。エディンは少し遅れて入室し、手にした小箱を差し出した
  
「香料屋の裏手で、これを見つけました。黒い布の切れ端です。おそらく、何かの衣服の……」

 カイルが受け取り、布を慎重に広げる。

「……この刺繍、近衛騎士団の礼装に似ているな。」

 レティシアは布を見つめながら、眉をひそめた。

「“似ている”だけでは証拠になりませんわね。けれど……この布がここにある、という事実は、見過ごせない」

「はい。私もミリアもそういう結論に至ってます。レティシア様のおっしゃる通り、“似ている”では断定は無理だと思います。」

 すると、ミリアが口を挟む。

「現地の人の話だと、昨日の夕方、香料屋の裏で誰かがうろついてたみたいですよ。どうやら黒い手袋をしていたとか。」

 レティシアは小さく頷き、報告書の余白にさらりとメモを取った。
 その横で、カイルが険しい眉をひそめる。

「黒い手袋……目立つ装いだな。わざとか、それとも気付かれたくなかったのか……」

 カイルの言葉は、自問にも近かった。訓練された兵士であればあるほど、場に応じた装いを選ぶはずだ。目立つものを選んだということは、相手が自らの存在を“誰かに知らせたかった”可能性すらある。

 レティシアは、静かにカイルの横顔を見つめる。

 深く考え込む姿に、彼の真面目さと責任感が滲んでいた。だが、彼女にとって最も大切なのは、次にどう動くかだ。

「とりあえず、今日の夜までに各自、情報を改めて整理しておいてください」

 レティシアの声音は静かだったが、その奥に緊張の糸が張り詰めていた。彼女は卓上の封筒を一つ引き寄せ、蝋封を割る準備をしながら続けた。

 レティシアは、報告書を閉じて手元に置くと、続けて話す。

「私は本家に連絡して確認してみるわ。あの模様に心当たりがあるかもしれないし、 他の地域でも被害が出てないか確認をする必要があるからね」

 カイルが小さく頷き、エディンとミリアも姿勢を正した。が、次の瞬間、レティシアの口調がほんのわずかに緩んだ。

「……それと、エディン、ミリア。あなたたちは、当面の間、通常業務を免除しても構いません」

「えっ……」

「調査に集中してちょうだい。今回の件は、それだけ重要ということよ」

 ミリアの声が思わず跳ねた。目を丸くしたかと思えば、すぐに口元がゆるみ、嬉しさを隠しきれない様子で手を組む。

「へえ……それって、ちょっと特別な任務、ってことですよね? ふふ、こういうの、嫌いじゃないかも」

 軽く弾んだ声でそう言うミリアに、エディンが静かに釘を刺す。

「……ちゃんとしなよ。遊びじゃないんだから。これは調査なんだ」

 言葉に込められた真剣さに、ミリアは一瞬目をぱちくりとさせた。

 さらにカイルが重みのある声で続ける。

「そうだ。国家の存亡に関わる問題かもしれない。お前の動き一つで、誰かの命運が決まるかもしれないんだ」

「……わかってますってば!」

 頬をふくらませ、ぷいっと横を向きながらも、ミリアは最後に舌をちょこっと出した。

「ちゃんと、やりますよ。期待されてるのは、分かってますから」

 その背中に、エディンはそっと小さく笑みを浮かべ、レティシアもまた、静かに頷いた。
 
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