8 / 25
門前の馬車
しおりを挟む
王都南門――霧はまだ晴れきらず、石畳に馬の蹄が鈍く響いていた。
セリーヌの馬車が停まると同時に、周囲の衛兵たちが一斉に頭を下げる。
彼女は外套の裾を整え、凛とした姿勢で馬車を降りた。
「リュミエール商会のセリーヌです。現場責任者を」
若い衛兵が慌てて敬礼し、奥へと案内した。
封鎖線の向こうには、問題の荷車が一台。
その傍らには、治安局の制服を着た壮年の男が立っていた。
無精髭に刻まれた皺、鋭い眼差し――場慣れした者のそれだ。
「治安局第三区分隊長、グレイと申します」
「ご対応に感謝します、分隊長。……状況を伺っても?」
「はい。今朝方、南門でこの荷車が検問にかかりまして。商会名の記載がありましたが、運搬証の記録と一部照合が取れず、念のため押収しております」
「積み荷の内容は?」
「それが……封を開けての確認はまだです。本部の指示待ちでして」
セリーヌは小さく頷き、布をかけられた荷車を見やる。
何が積まれているのか、なぜ自分たちの商会名が出てきたのか――まだ何も分からない。
そのとき、遠くから元気な声が響いた。
「セリーヌさん! やっぱりいらっしゃったんですね!」
霧の中を駆けてくる影。
金色の髪を跳ねさせながら、アナスタシアが息を弾ませて走ってきた。
「いやぁ、南門ってこんなに広かったんですね! 思いっきり迷っちゃいました!」
「……あなたが来たのね、アナスタシア」
「もちろんです! こんな事態になっているのに、放っておけるわけないじゃないですか!」
軽やかな声に、緊張した空気がわずかにほぐれる。
アナスタシアは腰に手を当てて息を整えると、すぐに表情を引き締めた。
その切り替えの早さは、いつもの彼女らしかった。
「で、状況はどうなんです? 噂じゃ“リュミエール商会”の荷車が押収されたって……」
「ええ。私もさっき現場に着いたところよ。まだ積み荷の確認はされていないわ」
「ふむ……それはまた面倒なことに」
アナスタシアは霧の向こうにぼんやりと見える荷車を覗き込み、眉を寄せた。
「見たところ、普通の商用荷車にしか見えませんけどね。護衛もいないし、御者も拘束済み……」
「御者はどこに?」
「門兵の詰所にいます。事情聴取中とのことです」
セリーヌは頷き、視線をグレイへ向けた。
「積み荷の封を解く許可は?」
「まだです。ですが本部からの返答は近いでしょう」
「でしたら、許可が下り次第、私とアナスタシアの立ち会いで開封をお願いします」
「承知しました」
その返答を聞きながら、アナスタシアがセリーヌの隣に並ぶ。
「……しかし、どう考えてもおかしいですよね。よりによって“リュミエール商会”の名を使うなんて」
「やっぱり貴方もそう思っていたのね」
アナスタシアは頷き、腕を組んだ。
「ええ。だって、セリーヌさんのところって、そんな事する訳ないじゃないですか!信じてますよ!」
「それで、監査局としてはどう思っているのかしら?」
セリーヌの問いに、アナスタシアはわずかに唇を尖らせた。
「公式の見解としては、“商会内部の関係者が関与した可能性がある”という立場です。証拠が揃っていない以上、そう言わざるを得ません」
「……つまり、内部犯行も視野に入れているのね」
「ええ。だけど私は正直、そうは思ってませんからね!」
アナスタシアの声に、セリーヌは小さく頷いた。
そのとき、近くで控えていたグレイ分隊長が足音を立てて近づく。
無精髭の下で短く息をつき、静かに告げた。
「――本部から開封の許可が下りました」
その場の空気がわずかに引き締まる。
セリーヌは視線を荷車へ移し、静かに頷いた。
「分かりました。私とアナスタシアの立ち会いで確認をお願いします」
「承知しました」
グレイの指示で、衛兵たちが布を外し始める。
霧の中、木箱がいくつも姿を現した。
セリーヌは箱の列に目を走らせ、静かに息を整える。
「……数は十。すべて押収されたのね」
「はい。勿論ですが、中身は一切触っておりません。では、全て開けます」
セリーヌが頷き、衛兵の一人が箱を縛る封縄を切った。
金具が外れ、蓋がゆっくりと開かれる。
霧の中、わずかな光が差し込み――その瞬間、誰もが息を呑んだ。
セリーヌの馬車が停まると同時に、周囲の衛兵たちが一斉に頭を下げる。
彼女は外套の裾を整え、凛とした姿勢で馬車を降りた。
「リュミエール商会のセリーヌです。現場責任者を」
若い衛兵が慌てて敬礼し、奥へと案内した。
封鎖線の向こうには、問題の荷車が一台。
その傍らには、治安局の制服を着た壮年の男が立っていた。
無精髭に刻まれた皺、鋭い眼差し――場慣れした者のそれだ。
「治安局第三区分隊長、グレイと申します」
「ご対応に感謝します、分隊長。……状況を伺っても?」
「はい。今朝方、南門でこの荷車が検問にかかりまして。商会名の記載がありましたが、運搬証の記録と一部照合が取れず、念のため押収しております」
「積み荷の内容は?」
「それが……封を開けての確認はまだです。本部の指示待ちでして」
セリーヌは小さく頷き、布をかけられた荷車を見やる。
何が積まれているのか、なぜ自分たちの商会名が出てきたのか――まだ何も分からない。
そのとき、遠くから元気な声が響いた。
「セリーヌさん! やっぱりいらっしゃったんですね!」
霧の中を駆けてくる影。
金色の髪を跳ねさせながら、アナスタシアが息を弾ませて走ってきた。
「いやぁ、南門ってこんなに広かったんですね! 思いっきり迷っちゃいました!」
「……あなたが来たのね、アナスタシア」
「もちろんです! こんな事態になっているのに、放っておけるわけないじゃないですか!」
軽やかな声に、緊張した空気がわずかにほぐれる。
アナスタシアは腰に手を当てて息を整えると、すぐに表情を引き締めた。
その切り替えの早さは、いつもの彼女らしかった。
「で、状況はどうなんです? 噂じゃ“リュミエール商会”の荷車が押収されたって……」
「ええ。私もさっき現場に着いたところよ。まだ積み荷の確認はされていないわ」
「ふむ……それはまた面倒なことに」
アナスタシアは霧の向こうにぼんやりと見える荷車を覗き込み、眉を寄せた。
「見たところ、普通の商用荷車にしか見えませんけどね。護衛もいないし、御者も拘束済み……」
「御者はどこに?」
「門兵の詰所にいます。事情聴取中とのことです」
セリーヌは頷き、視線をグレイへ向けた。
「積み荷の封を解く許可は?」
「まだです。ですが本部からの返答は近いでしょう」
「でしたら、許可が下り次第、私とアナスタシアの立ち会いで開封をお願いします」
「承知しました」
その返答を聞きながら、アナスタシアがセリーヌの隣に並ぶ。
「……しかし、どう考えてもおかしいですよね。よりによって“リュミエール商会”の名を使うなんて」
「やっぱり貴方もそう思っていたのね」
アナスタシアは頷き、腕を組んだ。
「ええ。だって、セリーヌさんのところって、そんな事する訳ないじゃないですか!信じてますよ!」
「それで、監査局としてはどう思っているのかしら?」
セリーヌの問いに、アナスタシアはわずかに唇を尖らせた。
「公式の見解としては、“商会内部の関係者が関与した可能性がある”という立場です。証拠が揃っていない以上、そう言わざるを得ません」
「……つまり、内部犯行も視野に入れているのね」
「ええ。だけど私は正直、そうは思ってませんからね!」
アナスタシアの声に、セリーヌは小さく頷いた。
そのとき、近くで控えていたグレイ分隊長が足音を立てて近づく。
無精髭の下で短く息をつき、静かに告げた。
「――本部から開封の許可が下りました」
その場の空気がわずかに引き締まる。
セリーヌは視線を荷車へ移し、静かに頷いた。
「分かりました。私とアナスタシアの立ち会いで確認をお願いします」
「承知しました」
グレイの指示で、衛兵たちが布を外し始める。
霧の中、木箱がいくつも姿を現した。
セリーヌは箱の列に目を走らせ、静かに息を整える。
「……数は十。すべて押収されたのね」
「はい。勿論ですが、中身は一切触っておりません。では、全て開けます」
セリーヌが頷き、衛兵の一人が箱を縛る封縄を切った。
金具が外れ、蓋がゆっくりと開かれる。
霧の中、わずかな光が差し込み――その瞬間、誰もが息を呑んだ。
122
あなたにおすすめの小説
【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲
恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。
完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。
婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。
家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、
家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。
理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
〖完結〗お飾り王妃は追放されて国を創る~最強聖女を追放したバカ王~
藍川みいな
恋愛
「セリシア、お前はこの国の王妃に相応しくない。この国から追放する!」
王妃として聖女として国を守って来たセリシアを、ジオン王はいきなり追放し、聖女でもない侯爵令嬢のモニカを王妃にした。
この大陸では聖女の力が全てで、聖女協会が国の順位を決めていた。何十年も一位だったスベマナ王国は、優秀な聖女を失い破滅する。
設定ゆるゆるの架空のお話です。
本編17話で完結になります。
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?
ゆっこ
恋愛
「――リリアーヌ、お前との婚約は今日限りで破棄する」
王城の謁見の間。高い天井に声が響いた。
そう告げたのは、私の婚約者である第二王子アレクシス殿下だった。
周囲の貴族たちがくすくすと笑うのが聞こえる。彼らは、殿下の隣に寄り添う美しい茶髪の令嬢――伯爵令嬢ミリアが勝ち誇ったように微笑んでいるのを見て、もうすべてを察していた。
「理由は……何でしょうか?」
私は静かに問う。
婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?
鶯埜 餡
恋愛
バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。
今ですか?
めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?
お前との婚約は、ここで破棄する!
ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる