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一緒にいる理由 2
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永遠子から「本当に結婚しないつもりですか?」と聞かれたことがある。八木沢さんは結婚の話題を一切出さない。だからといって、私を軽く扱うこともなく、「彼女」として大切にしてくれる。でも、これ以上踏み込んだら、きっと拒否される。そんな気がしている。
アイスコーヒーを二つ持って戻り、古美術商の方から連絡があったことを八木沢さんに伝えた。
「以前、お話した再鑑定の件です。再来週、来て頂けるよう調整中です」
「ああ、ありがとうございます。代替わりした方?」
「そうです。改めてご挨拶したいとのことなのですが、大丈夫ですか?」
「いいですよ。土日なら何時でもいいので、日時が決まったら教えてください」
おじい様が懇意にしていた古美術商があったが、おじい様の死後しばらくして、その店主さんも亡くなり、後継がなかなか決まらなかったそうだ。数年前にようやく落ち着き、その際に先方から「買い取りさせて欲しい」と挨拶に来たが、八木沢さんが忙しく、長らく保留状態だった。
私に財力があればいいのに。食器類は私が全部買い取りたい。特に茶器、あと小皿も。あれもこれも、売ってしまうのは寂しいな……と考えながら八木沢さんの隣に座ってコーヒーを飲んでいると、彼が不意に私のスケッチブックを開いた。
「あっ、恥ずかしいから見ないでください!」
「……約束でしょう? 僕にだけ見せて」
鷹揚に笑いながらそう言われて、(この人、声がいいのを自覚してるのかな。囁かれると逆らえないんですけど!)と思った。
「小さな花びらを丁寧に描いているのがあなたらしい」
「細い筆でちまちま描くの、好きです」
「額に入れて飾りましょう。これ全部、僕にください」
「はい? 全部?」
小学生の頃、夏休みの絵画コンクールで賞を獲ったら、祖父母が喜んで額に入れて飾ってくれたのを思い出した。あの絵は、家屋の取り壊しのときに捨てられただろうな……。
絵が欲しいなんて言われたのは初めてで面映ゆい。せめて一枚にしてくれとお願いしたら、八木沢さんが選んだのは、黄色いスプレーマムの絵だった。私も気に入っている絵だったから嬉しかった。
「差し上げる前に、もうちょっと描き込んでもいいですか?」
「勿論、いいですよ。このままでも十分綺麗ですが。絵を描くのは楽しい?」
「楽しいです。時間を忘れます!」
「そう、良かった。それが一番ですね」
静かに笑ってそう言われて、すべてを肯定してもらったような気持ちになった。
恥ずかしいから、出来上がるまで黙っておこうかと密かに計画していたことがあるが、八木沢さんには言ってもいいかなと思って伝えることにした。
「今度、絵付け体験に行ってみようかと思ってるんです」
「絵付けって何ですか? 何かに絵を描く?」
「食器です。造形も楽しいけれど絵を描くのが好きだから、器に絵を付けるのをやってみようかと。あの……お揃いのマグカップが欲しいなと思っていて……八木沢さんの分も、作っていいですか?」
「ああ、それはとても嬉しいです」
彼が喜色をたたえてにっこり笑ってくれた。そんなに喜んでもらえると思ってなかったから、私も嬉しくなって笑い返した。なんだか触れたくなって体を寄せると、彼が私の髪を優しく撫でてくれる。
どうしよう、ぎゅって抱きつきたい気持ち……と思っていたら、私の顔を見ていた彼が囁くように言った。
「コーヒー飲み終わったら、そろそろ帰りますか? 夜まで待てないって顔してますよ」
「し、してません!」
「してますよ。僕がわからないとでも?」
見透かされて恥ずかしいから黙って睨んでいたら、「和咲さんは怒ってる顔も可愛いですね」と笑いながら言うのでますます恥ずかしくなる。可愛い禁止にしたい。
アイスコーヒーを二つ持って戻り、古美術商の方から連絡があったことを八木沢さんに伝えた。
「以前、お話した再鑑定の件です。再来週、来て頂けるよう調整中です」
「ああ、ありがとうございます。代替わりした方?」
「そうです。改めてご挨拶したいとのことなのですが、大丈夫ですか?」
「いいですよ。土日なら何時でもいいので、日時が決まったら教えてください」
おじい様が懇意にしていた古美術商があったが、おじい様の死後しばらくして、その店主さんも亡くなり、後継がなかなか決まらなかったそうだ。数年前にようやく落ち着き、その際に先方から「買い取りさせて欲しい」と挨拶に来たが、八木沢さんが忙しく、長らく保留状態だった。
私に財力があればいいのに。食器類は私が全部買い取りたい。特に茶器、あと小皿も。あれもこれも、売ってしまうのは寂しいな……と考えながら八木沢さんの隣に座ってコーヒーを飲んでいると、彼が不意に私のスケッチブックを開いた。
「あっ、恥ずかしいから見ないでください!」
「……約束でしょう? 僕にだけ見せて」
鷹揚に笑いながらそう言われて、(この人、声がいいのを自覚してるのかな。囁かれると逆らえないんですけど!)と思った。
「小さな花びらを丁寧に描いているのがあなたらしい」
「細い筆でちまちま描くの、好きです」
「額に入れて飾りましょう。これ全部、僕にください」
「はい? 全部?」
小学生の頃、夏休みの絵画コンクールで賞を獲ったら、祖父母が喜んで額に入れて飾ってくれたのを思い出した。あの絵は、家屋の取り壊しのときに捨てられただろうな……。
絵が欲しいなんて言われたのは初めてで面映ゆい。せめて一枚にしてくれとお願いしたら、八木沢さんが選んだのは、黄色いスプレーマムの絵だった。私も気に入っている絵だったから嬉しかった。
「差し上げる前に、もうちょっと描き込んでもいいですか?」
「勿論、いいですよ。このままでも十分綺麗ですが。絵を描くのは楽しい?」
「楽しいです。時間を忘れます!」
「そう、良かった。それが一番ですね」
静かに笑ってそう言われて、すべてを肯定してもらったような気持ちになった。
恥ずかしいから、出来上がるまで黙っておこうかと密かに計画していたことがあるが、八木沢さんには言ってもいいかなと思って伝えることにした。
「今度、絵付け体験に行ってみようかと思ってるんです」
「絵付けって何ですか? 何かに絵を描く?」
「食器です。造形も楽しいけれど絵を描くのが好きだから、器に絵を付けるのをやってみようかと。あの……お揃いのマグカップが欲しいなと思っていて……八木沢さんの分も、作っていいですか?」
「ああ、それはとても嬉しいです」
彼が喜色をたたえてにっこり笑ってくれた。そんなに喜んでもらえると思ってなかったから、私も嬉しくなって笑い返した。なんだか触れたくなって体を寄せると、彼が私の髪を優しく撫でてくれる。
どうしよう、ぎゅって抱きつきたい気持ち……と思っていたら、私の顔を見ていた彼が囁くように言った。
「コーヒー飲み終わったら、そろそろ帰りますか? 夜まで待てないって顔してますよ」
「し、してません!」
「してますよ。僕がわからないとでも?」
見透かされて恥ずかしいから黙って睨んでいたら、「和咲さんは怒ってる顔も可愛いですね」と笑いながら言うのでますます恥ずかしくなる。可愛い禁止にしたい。
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