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冒険者ギルドの創始者

テレポーター

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 先輩達が階段を下ります。こんな奥まで入る予定ではなかったのですが、思ったより罠もモンスターも大したことがないのでどんどん奥へと進んでしまいました。偏屈な貴族を納得させるためにはこの程度の映像では足りないですからね。

 階段を下りきって新しいエリアに到達しました。ここは地下二階ですが、この迷宮の最下層でもあります。これまで技能者が帰ってきたことがないので、ここまで到達した技能者がどれだけいるのか分かりません。

「この階は迷路にはなっていないね。一本道の左右にズラッと小さい部屋が並んでいるだけだ」

「拠点化するのには便利そうな構造ね」

「一番奥にはボスがいるのか?」

 ダンジョンにはモンスターをまとめるボスがいるものです。そうでないとモンスター同士が争って自滅しますからね。

「それが、どの部屋にもモンスターはいないんだ。意味ありげな構造物がいろんな場所にあるだけで」

 それは不思議ですね。上の階には大量にインプがいたから、統率者が存在しないということは無さそうですが。

「その構造物がモンスターとか? なんかそういうのいたでしょ」

 悪魔の雨どいガーゴイルですね。あれは元々貴族が悪魔をかたどった彫刻を家の雨どいに設置していたら、そこに悪霊がとり付いて動き出したものなのですが、ダンジョンで獲物を不意打ちするために彫像の振りをするモンスターのことをガーゴイルと呼ぶようになったんですよね。

「それは実際に目の前にいかないと分からないんだよね。遠視魔法はただ遠くが見えるだけだから」

 万能の魔法なんて存在しませんからね。どんなに強力な魔法も必ず弱点があるのが世界の法則だとサリエリ先生が言っていました。

「試しに近くの部屋を調べてみよう」

 サラディンさんが積極的な提案をしました。ここまでの罠もかなり危険ではありましたが彼等にとっては命に関わるほどではなかったですからね。

「そうだね。罠があるだろうけど、それを体験するために来たんだし」

 名前にこだわる貴族を説得するために、本当に余計な手間を取らされるものです。自分から罠にかかりに行くなんて、自殺志願者か被虐性愛者マゾヒストでもなきゃやらないですよ普通は。

 そんなわけで、先輩が一番近くにある扉を開きました。

「……何も起こらないわね」

「あはは、そこまで何もかも罠まみれってことはないでしょ」

 軽口を叩きながら二人が部屋に入っていきます。サラディンさんは無言で剣の柄に手を添えたまま後に続きました。

 全員が扉をくぐり抜けて部屋に入った時、異変が起こります。

――ヴィーーーン、ヴィーーーン!

 警報音でしょうか? 怪しい音が大音量で迷宮中に鳴り響きました。先輩達はとっさに武器を構えて辺りを見回しますが、特に何も起こりません。

「別の場所で変化が起こったのかな」

 魔法で他の場所を調べる先輩ですが、やはり変化は見られないようで、首をひねります。

「何だったんだろうね」

 そう言って、部屋にある不思議な像に近づいていきました。その像は蝙蝠のような翼を背中から生やし、手に巨大な鎌を持った人間の姿をしています。

「不思議な像ね。神話に語られる天使でもなければ悪魔でもない。天使と悪魔のみたい」

 そうですね。神話では人間の背中に翼が生えているのは天使ですがそれは猛禽の翼で、蝙蝠の翼を持つのは悪魔ですが人間のような外見はしていません。

「伝説の魔族をモチーフにしてるんじゃないかな」

 魔族ですか。ずっと東にもう一つ大陸があってそこに住んでいる種族が魔族だという、探検家マルズライトの報告がありますが、誰も確認できていないんですよね。

 先輩がその像に触れた瞬間、先程と同じ音が響いて三人の姿が消えました。

「しまった! 空間転移テレポーターの罠!」

 これではいくら遠隔魔術が使えても意味がありません。すぐに石板を操作して先輩の位置に視点を移そうとしたのですが、何も映りません。

「えっ、なんで映らないの? せんぱいはどこ!?」

 もしや一発で死んでしまう場所に飛ばされたのでは、と青ざめた私は半ばパニックになりながら何度も先輩の名前を選択しましたが、石板は沈黙したまま。

「落ち着きなさい、エスカ。まず他の二人を順番に選択して、それから自由視点でダンジョン内をくまなく探すんだ」

 そこに、いつの間にかやってきていたサリエリ先生が私をたしなめました。

「あ、先生……わかりました」

 頼もしい人がそばに立っているだけでいくらか落ち着いた私は、ミラさんの名前を選択しました。するとどこかの部屋をサラディンさんと一緒に出てくる彼女の姿が映ります。

「魔法書庫の追跡はたとえ対象者が死亡したとしても有効のままだ。見えなくなるということは魔法を解除されたか、魔法の干渉を受け付けない場所にいるということになる。解除されればリストから名前が消えるから、今は魔法無効空間にいるということになる」

 サリエリ先生の言葉で、私は一気に冷静さを取り戻しました。そうです、この状況は対象者の死を意味するものではないのでした。とりあえず二人は大丈夫そうなので自由視点でダンジョンを探していきます。

――ありました。最奥の部屋に入ろうとした途端映像が途絶えます。これはこの中が魔法無効空間になっているということです。

「魔法無効空間には遠隔魔術も届かない。二人に真っ直ぐ奥の部屋に行くように伝えて、元凶を取り除くように指示しなさい。さっきフィストルは全ての部屋を見れていた。つまり常に魔法が効かないわけではない。何者かが一時的に作り出しているのだ」

 先生に言われた通りにしました。さすが宮廷魔術師長、洞察力も段違いです。

「真っ直ぐ奥ね!」

「魔法が使えないなら私が先に行く」

 二人が奥に向かいます。迷路になっていないのですぐに到着しました。扉を開けて中に入る二人の後を追うとまた画面が消えるので、外から中を覗くように見ます。

 部屋の中には何もいませんでした。ただ部屋の真ん中ぐらいで空中に浮かぶ黒い穴が見えます。恐らくどこかへ移動する空間転移用の入り口。

「まて!」

 サラディンさんが駆け寄りますが、穴は急速にすぼまり、彼の目の前で消えてしまいました。

「フィストルはどこかへ連れて行かれたな。何者かが連れていったのか、それともそういう罠か。いずれにしても現状で行き先を突き止めるのは不可能だろう」

 先生の言葉に、私はただ黙ってうつむくことしか出来ませんでした。

◇◆◇

「こうして、先輩は行方不明になりました。その後、この出来事を理由に貴族を説得して、一旦私がギルドマスターとしてギルドを立ち上げることにしたのです」

 私の話が終わると、ソフィアさんは真剣な目をして言いました。

「つまり、無帰還の迷宮を開拓してフィストルさんの手がかりを探すのが当面の目標というわけですね」

「それは私個人の目標です。ギルドとしては規模を拡大して全ての国の開拓事業を一手に引き受けるようになるのが第一の目標でしょうか」

 私を気遣ってくれるのは嬉しいですが、私の我儘わがままに組織をつき合わせるわけにはいきません。と言っても無帰還の迷宮は重要な開拓目標ですから、どうせ開拓するんですけどね。

「それに、昔話をしていたら気付いたことがあるんです」

 そうです。自分で話していて、つい最近手掛かりに直面したことを思い出しました。

「それは何ですか?」

 不思議そうに聞いてくるソフィアさんに、私は不敵な笑みを返しながら言います。

「魔族が実在して、人間を東の大陸に連れて行こうとしていました。あの大きな鎌を持った魔族――メヌエットが何か知っているかも知れません」
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