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争いは更なる争いを呼ぶ

宰相の要求

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「ハイネシアン帝国がカーボ共和国と戦争するっすか?」

 ちょうど報せを聞いたところにいたヨハンさんが不思議そうに言います。不思議そうに言うってことは二国の位置関係を覚えているということでしょうか。失礼ながらちょっと意外です。ところでシトリンが隣で頷いてますけど、ジュエリアに帰らなくていいんですか?

「そうですね、この二国は大陸の端と端、ちょうど反対側にある国なので陸路で攻め込むのは無理なんですよね。だからカーボ共和国も海を大きく回ってレジスタンスを支援していたわけで」

 地図を開いて指差しながら言うと、ジュエリアから帰ってきていたソフィアさんがちょっと悪そうな笑みを浮かべて口を挟んできました。

「何を言っているんですか。ハイネシアン帝国は自分の国をカーボ共和国に攻撃されたという大義名分を使って、その間にある全ての土地を軍で制圧していくんですよ。そのための口実が欲しかったバルバロッサさんにまんまと利用されたのが、他国の支援を喜んで受け入れていたレジスタンスというわけです」

 えっ、それってカーボ共和国がレジスタンスを支援していたところから全て、バルバロッサの手のひらの上だったってことですか? レジスタンスを蜂起させた私達もその片棒を担いじゃったことになりますよね?

「海を通って攻め込むのは無理があるしね。空でも飛べるなら別だけ……ど……」

 肩をすくめて語るミラさんが、言葉の途中で青ざめました。空を……あっ、あの将軍!

「天人って、知ってますか?」

 ソフィアさんに聞いてみます。ソフィーナ帝国の皇帝であるソフィアさんなら、あの種族のことを知っているかもしれません。

「セレスティアル……? アルベルは聞いたことある?」

「いいえ、そのような名前は耳にしたことがありませんね」

 ソフィアさんとアルベルさんも知らないようです。私はケストブルグの顛末てんまつについて語って聞かせました。

「そんなのが一個部隊も編制できるほどいたら、大陸の反対側にある国もあっという間に攻め落とせそうですねえ」

 なぜか楽しそうに言うソフィアさんです。動じないなあ。

「おそらくハイネシアン帝国に天人はその将軍しかいないと思いますよ。些細な動きも監視する貴族達の噂にすら上ったことがないですからね」

 アルベルさんが私達をなだめるように言いました。なるほど、確かにフォンデール王国でもそんなのを見たという噂も聞いたことはありません。一度でも姿が観測されたら絶対に話題になりますもんね。どう見ても天使ですし。

「でも一人は確実に存在するからね。アイツはどうやってハイネシアン帝国の将軍になったのかしら?」

 直接対峙したミラさんは、あの絶対的な存在感が忘れられないようです。自慢の魔法を剣で消されましたからねー。

「それについて耳寄りな情報があるんですよぉ」

 そこに、いつものように胡散臭い口調でモミアーゲさんが参加しました。何人かの冒険者は顔をしかめます。ソフィアさんはむしろ目を輝かせていますが。また召喚札を買うつもりじゃないですよね?

「どんな情報ですか?」

「レジスタンスのアジトが襲撃されて商人ギルドも天人という種族を強く意識するようになりました。ご存じの通り、商人ギルドは世界中に根を張る組織でして……」

 なるほど、やっぱりレジスタンスを壊滅させたのはあのイーリエルでしたか。それにしても、もったいつけるモミアーゲさんは胡散臭さ倍増ですね。

「なんだよ、さっさと言えよぉ!」

 おっと、モミアーゲさんがもったいぶる様子にしびれを切らした自称怪盗の盗賊ゲンザブロウさんが急かします。なんか久しぶりに見た気がしますけど、そういえば私が留守の間に恋茄子から(?)依頼を受けてましたね。どうやったのでしょう?

「はい、天人の住む里を発見しました。そして、最近数人の若者が里を出て外の世界へ旅立ったことも判明しております」

「その里の場所は?」

「極寒の地クリスタですねぇ」

 あそこに!? 地図を見て、またミラさん達と目を見合わせます。ハイネシアン帝国の領内に存在する、人間の住めない土地。かつて死霊術師ジョージ・アルジェントが潜伏していた場所でもあります。彼はまだ奇跡を求めてどこかを旅しているのでしょうか?

「それじゃ……」

「彼等はその強大な魔力でドーム状の結界を作り、その中で暮らしています。こちらから接触するのは難しいでしょう」

 天人の里に直接働きかけるのは無理だと、モミアーゲさんが先手を打って宣言しました。きっと商人ギルドが近づこうとして失敗したんでしょうね、世界最大の組織である商人ギルドが。

「それじゃぁ、どうにもならねぇじゃねえかぁ」

「まあ、いいじゃないですか。商人ギルドのおかげでハイネシアン帝国には最大でも数人しか天人はいないということが分かったんですから」

 抗議の声を上げるゲンザブロウさんを、ソフィアさんが優しく制止します。結局のところ、ソフィアさんの言った通りのことが起こるというわけですね。はあ……。

 話も一段落し、冒険者達がまたそれぞれに依頼を受けて準備を始めた頃、ギルドにまたもや宰相クレメンスさんが現れました。この人に言われて実行したレジスタンスの介入が、バルバロッサを喜ばせただけだったわけです。ちょっと恨みがましい目を向けるぐらいは許されますよね?

「そう睨まないでください、エスカ殿。バルバロッサ陛下は我々よりも上手だったというだけのことです。勝負というものは勝者がいれば敗者もいるもの。今回は我々が敗者になってしまっただけです。そして、今度は我々が勝者になる番ですよ」

 今度は何を考えているのでしょうか。あまりいい予感がしないのですが、クレメンスさんは自信ありげな笑みを浮かべて私に新たな指示をしてきました。政治的な駆け引きにギルドを使わないで貰いたいのですが、スポンサー様には逆らえません。

「ギルドには優秀な忍者がいるでしょう? 彼に忍者本来の仕事を任せたいと思うのですよ。もちろんギルドへの依頼という形でね」

 なんと! コタロウさんに何かさせようとしています。忍者本来の仕事というと、どんな内容でしょうか?

「エスカ殿。貴女の遠視魔法はギルドの依頼を請け負っている冒険者のいる場所とその周辺を見ることが出来、音も聞きとれるというものですな。それを利用したい」

 クレメンスさんの依頼は、簡単に言うとコタロウさんを遠視の中継基地にするというものでした。具体的にはケストブルグの城に単独で潜入し、皇帝バルバロッサを近くで監視し続けるという方法です。それを利用して私が管理板を通じバルバロッサの作戦を全て把握するというわけです。

「そんな危険なこと!」

 私が抗議の声を上げようとすると、どこからともなくコタロウさんが現れて私を手で制しました。

「お引き受けします」

「よくぞ言ってくれた! この戦いが終わったら君には相応の待遇を用意しよう」

 いったい何の戦いですか。フォンデール王国はハイネシアン帝国とカーボ共和国の争いには巻き込まれない位置にいるんですけど。

 そんな私の不満をよそに、クレメンスさんとコタロウさんは依頼の受注手続きを済ませるのでした。

 ほんとに、なんなんですか、もーーっ!!
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