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豚の国と二つの帝国

希望の光

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 そうは言ったものの、私はそんなにすぐに気持ちを切り替えられる人間ではありません。

 お腹の辺りに、どうにも気持ち悪い重さを感じながら、冒険者管理板を操作してハンニバル将軍達の様子を映します。

「このダンジョンのボスはあの木精トレントか。よし、撤退だ!」

「このまま倒せるんじゃねぇかぁ?」

 ボスを確認するなり即座に撤退の指示を出すハンニバル将軍に、ゲンザブロウさんが質問をしました。ですが、ハンニバル将軍はニヤリと笑って胸の前で両腕を交差させ、バツの形を作ります。

「いいや、それは我々の任務ではない。ここで手柄を独占してしまえば、他の者が得るはずだった報酬と名声を奪ってしまうことになり、我々にはわずかな報酬が上乗せされるだけ。結果的にギルド全体の利益を損ねてしまうのだよ」

 むむむ、ハンニバル将軍はギルドの関係者ではないのに、ギルドの利益にまで意識を向けています。ハゲ呼ばわりしてごめんなさい。

「でも、私達は宝箱をいくつも開けて来ましたよ。後から来た冒険者は攻略されていないダンジョンなのに空箱ばかりでがっかりするのでは?」

 アルスリアさんが人差し指を口に当て、思案するような仕草で質問します。

「それこそ心配はいらぬよ。ダンジョンの宝箱というものは、時間が経つと勝手に中身が補充される仕組みなのだ」

「そうなんだ! じゃあダンジョンを確保しておけばずっとお宝を取り続けられるんじゃ?」

 ステラさんが手を合わせて言うと、将軍が頷きました。

「その通りだ、魔法技師殿。だからダンジョンが開拓の重要目標となっているし、ゴブスラ洞窟も無帰還の迷宮も定期的に国の兵士が宝の回収を行っておるのだよ」

 秘密ではないけど大っぴらに言わないようにしていたダンジョンの活用法を教えてしまいましたね。ステラさんが一瞬悪い笑みを浮かべたように見えましたが、気のせいだと思うことにしましょう。

「それじゃあ、帰ろうか。こっちに入り口までの近道が隠されてるよ」

 さりげなくユウホウさんが近道を発見しています。精霊術は得意な場所だと本当に便利ですね。

「気をつけて帰るぬー」

 一行は最初のダンジョン調査を終え、フロンティアに帰還しました。

◇◆◇

「よろしいかな、エスカ殿」

 そこに、クレメンスさんがギルドを訪ねてきました。先ほど報告のメッセージを王宮に飛ばしましたから、それを受けて足を運んだのでしょう。

「宰相閣下」

 私が立ち上がろうとすると、彼は手でそれを制しました

「ああ、そのままで。私は貴女に謝罪をしに来たのだ。功を焦るあまりにギルドの貴重な人材を政治の道具として利用した挙げ句、敵を利する結果を招いたのだから。本当に申し訳ない」

 クレメンスさんが私に頭を下げました。一国の宰相が頭を下げるなんて、とんでもないことです。でも……。

「……コタロウさんはレジスタンスを焚き付けるために接触したせいで匂いを覚えられてしまいました。レジスタンスの蜂起も帝国に侵攻を開始する理由として利用されましたし、今回の任務では嘘の情報を流されてヨハンさんとシトリンさんやカーボ共和国の傭兵が闇エルフの国に釘付けされました」

 全てはクレメンスさんの指示によって引き起こされた事態です。私は反対したのに。

 直接責める言葉までは口に出さずに飲み込みましたが、私の気持ちは十分過ぎるほどに伝わったようです。クレメンスさんはただ「申し訳ない」と繰り返しました。

「エスカ、今回は敵が上手うわてだっただけだ。結果論で物事を判断するべきではない」

 サラディンさんが優しい口調で私をたしなめます。私の頭に上った血がスーッと落ちていきました。

「……そうですね。感情的になってしまいました、すみません」

「それにしても、ハイネシアンの将軍はちょっと化け物じみてるわ。どうにかつけ入る隙はないのかしら」

 ミラさんがため息をつきながら言うと、重い沈黙が場を支配します。

 数秒ほどでしょうか? そうして皆で沈んでいると、サラディンさんが口を開きました。

「希望はある。コタロウはきっとどんな尋問をうけても何も言わないだろう。ならば、カリオストロは一つ重大な謎を抱えることになる」

「と、いうと?」

 全員がサラディンさんに注目しますが、彼は無表情のままです。と思ったら、首を動かして私に顔を向けました。

「コタロウの様子を映してみてくれ」

「え? はい、これでいいですか?」

 私は言われるままにコタロウさんの様子を冒険者管理板に映しました。どこかの地下牢でしょうか、前に見た牢屋とは別の風景が映し出されました。

「やはりな」

 サラディンさんの口調に、どこか勝ち誇ったような響きが生まれました。私は意味が分からず、黙って次の言葉を待ちます。

「カリオストロはコタロウがどうやって情報を離れた場所に伝えているのかを知らない。知る必要がないと思っているのか、それともそこまで気が回らないのか。仕組みを知っている俺だったら、間違いなくコタロウを魔法無効化空間に閉じ込める」

「そうか、アイツはギルドが魔法で監視していることに気付いていないのね!」

 サラディンさんの解説にミラさんが納得の声を上げる横で、私はコタロウさんの頬が腫れていることに気付いて歯を噛み締めていました。見えない身体にはどれだけの傷がついているのでしょうか?

「なぜそれが分かったのです?」

「カリオストロはコタロウの言葉が自分に向けられたものだと認識していた。目の前の侵入者に気を取られていたからか、第三者が聞いている可能性に思い至っていなかったんだ。己の策略が成功したことで気を緩めたのかもな」

 そういえば、あの時カリオストロもイーリエルも、コタロウさんのことしか考えていなかったように見えました。それに……。

「カリオストロをた時、嘘の言葉は見つかりませんでした。カーボ共和国が戦力を割いた事実だけで十分って言っていた時です」

 私のギフトは『真実の目』。相手の情報を探るだけでなく、嘘も見抜くことができます。自分の能力なのに、全然活用していませんでした。ヨハンさんの鼻と違って、自分で意識しないとこのギフトは効果を発揮しないんです。コウメイさんの鑑定は、私よりもっと詳しい情報を得ることができるようです。ギフトはそれだけ強力な能力。ちゃんと活用すればもっと色々とできたはずなのに。

「ならば、これから奴等はコタロウ殿に嘘の情報を流すことはないということですな」

 これまで申し訳なさそうな表情をしていたクレメンスさんの顔に、また悪そうな笑みが浮かびました。今度は何を企んでいるんでしょう。

「これまで散々手玉に取られたお返しをして差し上げましょう」

 な、なんか怖い!?
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