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豚の国と二つの帝国

ブタの能力

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「どういうことですか? ハイネシアン帝国は東の闇エルフを攻めるんじゃなかったんですか?」

 私は動揺して、思わずベルウッドさんに食ってかかりました。ベルウッドさんはそんな私の態度にも気を悪くした様子はなく、肩をすくめて首を振り「分からないわ」と答えます。

「黒エルフ達はどうなったかわかるか?」

 サラディンさんの質問にハッとしました。予想外の事態に驚くばかりで、私は滅ぼされた黒エルフの国のことを考えていませんでした。脳裏に死にたくないと泣いていた幼い黒エルフの女王様の姿が思い浮かびます。

「ニュースでは黒エルフ達はハイネシアン軍がヴァレリッツに攻め込んだ時にはもう逃げ出していたそうよ」

「賢明な判断ね。あの鳥女と戦ったら確実にられてるわ」

 ミラさんがまた顔をしかめながら言います。よほど自分の魔法を消し去られたのがショックだったんですね。魔法の威力に関しては絶対の自信を持っていましたものね。ところでベルウッドさんが情報を得ているニュースとはどんなものでしょう? 商人ギルドが出している新聞とは違うような気がします。

「黒エルフの皆さんが逃げられたのは不幸中の幸いといったところでしょうか。でも、あのブタは確かに闇エルフを攻めると言っていたのに。ちょっとコタロウさんの様子を見てみましょう」

 嘘情報を教えられたとカーボ共和国が怒ったりしないか不安になりつつ、コタロウさんの様子を追跡します。

◇◆◇

「いやー、さすがはカリオストロ将軍。今回も見事な作戦でしたね!」

 コタロウさんが天井から覗いている広間で、またあの貧相なおじさんがブタを持ち上げています。イーリエルもいますね。なんなんでしょう、この三人でセットなのでしょうか?

「攻め落としたのはイーリエル将軍だブゥー。それにこの手は一度しか使えないブゥー」

「攻め落としたって言っても、もぬけの殻でしたよー。三分どころか、私の出番は一秒もありませんでした」

 おじさんの称賛にも素っ気ない態度の二人です。それにしても、一度しか使えないってどういうことでしょう?

「一度しか使えないとは、一体どういう?」

 おじさんが代弁してくれました。それに対してブタはニヤリと笑います。

「ブフフ、それはこういうことだブゥー!」

 ブタが言うと同時に身をかがめ、次の瞬間その身体からは想像もできないほどの速さで跳躍しました。真っ直ぐ、天井に向かって! 凄い勢いで天井を突き破ると、カリオストロはそこに潜んでいたコタロウさんの目の前に立ちます。これは、不味い!

「レジスタンスで会っていたのが運の尽きだブゥー。ブタはイヌ並みに鼻がいいんだブゥー。イヌみたいに匂いで危険を察知はできないけど、一度嗅いだ匂いは忘れないブゥー」

 カリオストロは最初からコタロウさんがいることを知っていて、嘘の情報を流したんですね。コイツも見た目より強そうだし、あのイーリエルもいます。このままでは……。

「来るな!!」

 えっ?

 突然コタロウさんが上げた大きな声。

「ブフフ、ダメだブゥー。捕まえてお仕置きだブゥー」

 ええ、状況的にカリオストロに向かって言ったように見えます。でも、私には彼の真意が解ってしまいました。

 だって、今まさに助けに行こうとしたところだったのだから。

 彼の言葉が私に向けて放たれたということが、感覚的に伝わってきたのです。これまでに何度もお話してきたんですから。ずっと彼の仕事ぶりを見てきたんですから。

「心配しなくてもブーは紳士だブゥー。それにお前から引き出したい情報はないブゥー。カーボ共和国がちゃんと闇エルフの国に戦力を割いたという事実だけで十分だブゥー」

「……」

 カリオストロはそう言ってコタロウさんに近づいていきます。その動きから、一切の油断がないことが分かります。ると、とんでもないブタでした。こいつ……頭脳派のような態度をしていたのに、その能力はむしろ完全な肉体派。それもパワーは見た目通り圧倒的ですが、スピードが見た目に反してとんでもなく速い!

 これは、コタロウさんでも逃げられません。

「私も拷問とかは好みではないので、カリオストロさんがそう言ってくれると助かりますねー」

 そして、いつの間にかイーリエルがコタロウさんの背後にいました。完全におしまいです。確かに、この場に私が助けに行っても上手く逃げ出せたかは分かりません。そういう状況判断もした上で、相手に気付かれないように私を制止したのです。

「……」

「いい目だブゥー。観念しているのに、そのくらい目からは確かな意志を感じるブゥー。仲間に欲しいブゥー」

「うちにはこういう人材が足りてませんからねー。でもこの人は絶対に主君を裏切らないタイプですよー。だから欲しいんでしょうけど」

「とりあえず牢屋に入れておくブゥー。陛下もたぶん同じことを言うブゥー」

……こうして、コタロウさんはハイネシアン帝国に捕まってしまったのでした。

「コタロウはいい判断をした。あれなら助け出す機会はある」

 サラディンさんが私の肩に手を置いて言いました。これは事実でもありますし、私を慰めてくれている言葉でもあります。

「そうよ、死んでいなければいくらでも助けるチャンスはあるわ!」

 死んでいなければ……そうですね、コタロウさんは生きて次の機会を待つことを選択したのです。先輩も、コタロウさんも、まだ生きている。それなら迎えに行けばいいんです。

「……このことを宰相閣下に報告したら、ハンニバル将軍が調査しているダンジョン群の攻略に戻りましょう」
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