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魔族と天人、そしてブタ

あの人の行方

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「あなたと二人で話がしたかった。今ここには父もクレメンスもいません」

 殿下は私の目を見つめ、真剣な表情で話しかけてきます。いやちょっと待ってください、私は五歳も年上の宮廷魔術師です。次期国王となる第一王子がそんな熱のこもった目で見つめるような相手では……。

「ハイネシアン帝国の侵攻はどこまで進んでいますか?」

「え?」

「父を始め、ここの人達は私に何も教えてくれないんです。フォンデール王国の王太子(※第一王位継承者のこと)として世界の動向を知ることは大事だと思うのですが、父やクレメンスは私がまだ若いからといつも政治から遠ざけようとするんですよ」

 それは良くないですね。あまり大っぴらに言うべきではないけど、もし陛下に何かがあったらフィリップ殿下がすぐに後を継ぐんです。何も知らないままでいきなり国王になっても、統治はできないでしょう。

……ああ、びっくりした。まさか私が王子様の相手に? とかちょっと考えてしまったではないですか。そんなわけないですよね、まったく。

「なるほど、それで私と二人で話がしたいと。宰相閣下にはなんとお伝えしているのですか?」

 殿下の話だとクレメンスさんは協力してくれないと思うのですが、物凄い圧で私をパーティーに誘ってきましたよね?

「もちろん彼は私が結婚相手を探していると思っています。父もクレメンスもよくエスカ様の話をしていましたから、こういう場を設けて欲しいと頼んだら国中の貴族に呼びかけて開催してくれましたよ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら語る殿下ですが、王太子ともなるとワガママのスケールも大きいですね。というかそれって、国王陛下と宰相閣下は私を王太子妃候補として見ているってことですよね? 意味が分からないんですけど。私は宮廷で育っていますけど平民ですよ。もしかして忘れてらっしゃいます?

「そうなんですね。道理で熱心にパーティーへ参加させようとしていたわけです」

 まあ、殿下にその気がないのだから心配はいらないでしょう。さっきの縦ロールさんとかいいんじゃないでしょうか。縦ロールだし。

「話を戻しましょう。ハイネシアン帝国のことを教えてくださいませんか?」

「わかりました。ハイネシアン帝国は天人の将軍イーリエルがネーティア最大の国家トレフェロを制圧し、更に南下を進めています。帝国は男のエルフを捕らえて牢屋に入れていますね。何らかの取引に利用するつもりでしょう」

「男のエルフがいるんですか!? そんな話はまったく知りませんでした。クレメンスは知っているんですよね?」

 もちろんクレメンスさんは知っています。恵みの森に獣人と黒エルフのギルド支部を作る手続きをする時に報告していますからね。

 私は続けて、ブタ族とソフィーナ帝国の件について概要と現在の状況を話しました。

「……というわけで、カーボ共和国の材木商ブラッドレーがハイネシアン帝国と通じて暗躍しているようです」

「なんと、カーボ共和国の人間がこの戦乱を引き起こしているのですか。許しがたい話ですね」

 ブラッドレーが持ちかけたのか、カリオストロが唆したのかは分かりませんけどね。私の予想では後者のような気がします。

「クレメンスさん……宰相閣下はそれに対抗して我が国から木材をソフィーナ帝国に輸出するつもりです。ハンニバル将軍が調査した三つのダンジョンを利用して」

 おっと、ついいつもの癖でクレメンスさんと呼んでしまいました。殿下は気にした様子もないですが。そして今度はダンジョンコアの話をします。デビリッシュなる種族のことも。

「メヌエットという魔族デビリッシュの女がダンジョンコアのことを教えてくれたのですが、彼女はソフィーナ帝国の宰相ユダにミミックを貸してムートンの件の手助けをしています。前にソフィーナ皇帝陛下の偽者を使って冒険者を集めていたのも彼女です」

「何がしたいのでしょう? 行動の目的が見えてこなくて不気味ですね」

 本当に、メヌエットは謎めいた動きをしています。何がしたいのかはよく分かりませんが、ユダの件が片付いたらまた話ができるようなのでそれまで待ちましょう。

「彼女の口ぶりからすると、東の大陸で何か異変が起こっているみたいですね」

 伝説の魔族が住むという大陸ですが、どんな状況になっているのでしょう。あそこに先輩がいるらしいのですが。すると、殿下は大きく頷いて言いました。

「東の大陸ですか……なるほど、エスカ様は本当にこの世界のことをよく知っておられますね。クレメンスが入れ込むのも当然と言えましょう」

 うむむ、クレメンスさんが評価してくれるのは嬉しいですが、その結果が王子への紹介、しかも結婚相手としてというのはちょっと困ります。

「貴重なお話を聞かせて頂いたお礼に、私からもエスカ様に一つ情報を差し上げましょう」

 殿下が私に? 何の情報でしょうか。

「サリエリに調べてもらったのですが、彼は貴女に伝えようとしないので……フィストル殿の居場所についてです」

 先輩の居場所!?

 サリエリ先生はそんな感じの人ですが、なぜ殿下が先輩の居場所なんて知ろうとしたのでしょうか。

「……帰ってきてもらわないと、永遠に勝てませんからね」

 ん? よく分からないことを殿下が呟きました。なんでしょう、何か競っていたんですかね、倍ぐらい年齢の違う殿下相手に。大人げないですよ先輩。

 殿下は私の顔を見て微笑むと、その情報を口にしました。

「フィストル殿は、東の大陸の西海岸沿いで死霊術師のジョーシ・アルジェントと共に海を渡る方法を模索しているそうですが、船を作る技術がないために難航しているようです。後ほど細かい場所を示した地図をギルドへ届けます。それがあれば船で迎えにいけるでしょう」

 ジョージってあの不死王リッチですか! 彼と和解しておいたのが功を奏したんですね。

 どうしてでしょう。自分で見つけ出すって息巻いていたのに……先輩の話を聞いたとたん、自然とあふれ出た涙が頬を伝って落ちるのを感じました。

「あまりにも大きな責任を負っているから、世の中があまりにも目まぐるしく動いているから……自分の気持ちを心の奥にしまって隠してきたんですね。世界を揺るがす問題の数々を、自分が解決しないといけないと思いつめて」

 殿下が優しく私の涙を拭いてくれました。どうしてでしょう、五歳も年下の男の子なのに。まるで……。
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