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魔族と天人、そしてブタ

決意

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「フィストル殿を迎えに行く準備をしましょう。彼は王国にとっても大切な人材ですからね」

 フィリップ殿下が優しい声で言いますが、さすがに今すぐというわけにはいきません。今のギルドはいくつもの問題を並行して処理していますからね。少し取り乱してしまいましたが、自分のやりたいことをやるにしても目の前の仕事を放り出すのは違うと思います。

 とはいえ、前にミミックから情報を仕入れた時とはギルドの状況も情報の精度も違います。諸々片付いたら先輩を迎えにいきましょう。

「ありがとうございます。ソフィーナ帝国の問題が解決したら迎えにいきますね」

「違いますよ。フィストル殿を迎えに行く前にあなたがやるべきことは他にあります」

 感謝の言葉を伝えたら、なぜか否定されました。やることは沢山ありますけど、何をしろと仰るのでしょうか? ちょっと困惑。

「あなたの周りには、優れた人物が沢山います。カーボ共和国に向かった宰相ユダのことは勇者ヨハンに任せればいい。ギルドの運営はサラディン殿やミランダ殿がいれば問題ないでしょう。ブラッドレーについてはクレメンスがなんとかしてくれます。ハイネシアン帝国の侵攻も、ギルドが気にすることではありません」

 殿下は、ゆっくりと教え諭すようにお話されます。確かにその通りですが……。

「あなたには、あなたにしかできないことがあるでしょう。この大陸のどこにでも一瞬で移動できるような魔術師は、他に存在しません。あのハイネシアン帝国の将軍でもエルフの森を飛び越えることはできないのですよ」

 どこにでも移動できるわけではないのですが、殿下の仰りたいことが理解できました。間違いなく、私のやりたいことで、政治に対する遠慮から我慢していたことでもあります。

「……コタロウさんを助け出せば、フォンデール王国がハイネシアン帝国に間諜を送っていたことがすぐに気付かれてしまいます」

 バルバロッサというか、カリオストロはコタロウさんのことをカーボ共和国から送られてきた間諜だと思っています。それが牢屋から抜け出した後でうちのギルドにいるところを目撃されたら、フォンデール王国の関与が明らかになってしまうでしょう。

「事実なのだから、何も気にすることはありません。あれはクレメンスの策であって、ギルドは依頼を受けただけなのですから」

「ですが、戦争になってしまったら」

「遅かれ早かれ、ハイネシアン帝国は全ての国家を滅ぼすつもりです。それにお忘れかもしれませんが、フォンデール王国はこの世界で最大の単一国家なのですよ。ハンニバルのように優秀な軍人も多い。簡単に言えば、あなたに心配されるほど弱くはないということです」

 フィリップ殿下の言葉に、まるで後頭部を殴られたかのような衝撃を受けました。心配されるほど弱くはない……そうですよね。なんで私は一人で国を守ろうとしていたのでしょうか。

 フォンデール王国だけではありません。いつの間にか私は、ソフィーナ帝国も、カーボ共和国も、ジュエリアも、フローラリアも、みんな守ろうとしていました。ギルドと縁があったとはいえ、どこも独立した主権国家です。「余計なお世話だ」と、フィリップ殿下は仰っているのです。

 ここにきてやっと、私は自分の大きな間違いに気付くことができました。

 冒険者ギルドは、世界の支配者にでもなるつもりなのかと言われてもおかしくないほど、世界の情勢に関与してきました。口では幾度となく「政治に関わりたくない」と言っていたのに。もちろんほとんどが依頼によるものですが、それでも過度に感情移入し過ぎていたのは事実です。

 やはり、私は組織のトップには向いていません。本来なるべきだった人を、早く連れ帰らないといけませんね。でも、その前に。

「わかりました。コタロウさんを助けに行こうと思います!」

「ええ、それがいいでしょう」

 フィリップ殿下はニッコリと笑うと、ダンスパーティーをお開きにするのでした。

 結局、他の貴族の方とは話すこともなく終わりました。縦ロールさんが何者だったのかは気になりますが、また会うような気がするので今回は分からないままにしておきましょう。いつの間にかいなくなっていましたし。

 それにしても、クレメンスさんには困ったものです。フィリップ殿下にその気が無かったからよかったものの、いきなり私を王太子とお見合いさせようとするなんて。貴族と話すだけでも肩がこるのに、王太子妃なんて考えられませんよ!

 でも、フィリップ殿下とお話できたのはよかったです。本当に聡明な方なのですね。フォンデール王国の未来は明るい……のかな?

「今日はありがとうございました、殿下」

「エスカ様、あなたは一人で何もかもを背負い込みすぎです。また困ったことがあれば、いつでもご相談ください。衛兵に言えば私に連絡できるようにしておきますので」

 えっ、そんなことしていいんですか警備的に。まあ、偉い人と繋がりがあることはいいことです。クレメンスさんの誤解は深まりそうですけど。

「お気遣いありがとうございます。何かのときはご相談させていただきますね」

 本当に相談するかはともかく、お礼を言って宮廷を後にするのでした。

……ところで私、コタロウさんのことを殿下に話しましたっけ?
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