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邪悪なマレビト
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結局夜が明けるまで邪悪な気配は現れなかった。私は警戒を続けながら、人間の姿になって学園に向かう。
「アリスと玉藻も来てくれ。授業の邪魔はするなよ」
「はーい!」
「アリスの面倒は見ておくから安心して」
あの夢で名前を挙げられた者達にはなるべく近くにいてもらった方がいいだろう。相手が何者かわからない以上、最大限に警戒しておくべきだ。
通学中も周囲の警戒を行っているが、怪しい気配は感じない。私の考えすぎだろうか?
「いや、杞憂で済むならそれに越したことはない」
「ん? 何のこと?」
つい口に出してしまった。勘のいいアリスはすぐに私の懸念を察したようで、言い逃れは許さないとばかりにこちらの顔をじっとのぞき込んでくる。玉藻も注目しているし、ここではぐらかしても仕方がないだろう。
「ああ、実は不気味な夢を見てな」
私は夢で見た光景と、奴の言葉を伝えた。すぐにアリスが口を開く。
「そんなのやっつけちゃおう!」
「そうだな。だが相手が何者かどうしても思い出せないのだ」
「ただの夢ではないわね。河伯の感じた不快感やそいつの発言内容を考えると、とても河伯の記憶から生まれた虚像とは考えられない」
「ああ、だから奴に名を挙げられた四名から目を離すわけにはいかない」
そんな話をしながら、ローレンス学園に到着する。アリスと玉藻には学園内で待機してもらい、私は明連と五輪がいる自分のクラスへと向かった。
「おはよう!」
相変わらず元気よく挨拶をしてくるオリンピックに挨拶を返し、明蓮の元気な姿も確認して自分の席に座る。これなら誰が狙われても、迎え撃つことができるだろう。
――油断したな?
「っ!」
突如聞こえた奴の声。私はその場で立ち上がり、周りを見回す。どこにも異質な気配はない。
「どこだ……?」
――ここだよ。
声は、身体の中から聞こえてきた。そういうことか、と気づいた時にはもう遅く。
ギシギシと不快な音を立てつつ私の腹から生えるように顔を出した黒い龍の頭が、一直線にオリンピックめがけて伸びていった。
「危ないっ!!」
その場にいた誰もが凍りついたように動けず、黒龍の狼藉をただ見ていることしかできない状況で。
私の視界を横切るように一筋の光が差し込んできた。
「控えよ、大蛇! ここはお前の在るべき場所ではない!」
私の腹から生えてきた黒龍――大蛇とオリンピックの間に、眩いばかりの光を放つ神々しい一頭の狼が立ちはだかっていた。
大蛇と言えば、神話でも語られるあの怪物だ。だが、おかしい。『八岐大蛇』という名はすんなりと頭に思い浮かんだのに、それが今私の腹から伸びている黒い龍と結びつかない。
こいつは、確かに天照の言う通り大蛇なのだろう。だが、それはこいつの本当の名前ではない。考えてみれば当然だ。八岐大蛇とは、単にこいつの姿を説明しているだけの名称にすぎない。では、本当の名前は一体……?
『天照か……大人しく部屋に引きこもっていればいいものを』
黒龍が、光をまとう天照と相対しても余裕の態度を崩さずに語り掛ける。そうだ、八岐大蛇ならば、頭はまだ七つあるはず。天照も自分から攻撃を仕掛けないということは、簡単に退けられる相手ではないと見切っているわけか。
「な、な、何なの? 河伯君から化け物が出てきて、狼が喋って……」
稲崎先生が、動揺の声を上げる。この状況、不味いな……クラスの誰もがはっきり天照をマレビトと認識している。大蛇に憑依された私も同様に見られるかもしれないし、天照にまたがって何度も乱入してきたアリスも疑われるだろう。大掛かりな記憶の消去を行わなければ、我々の正体が知られてしまうのは避けられない。
いや、待てよ?
「ふむ、ならばあえて隠し立てすることもないか」
『む、何をするつもりだ河伯?』
大蛇が私を振り返った。なるほど、一本か。
私は口角を上げ、大蛇の顔を見つめ返す。
「無論、こうする」
私は、自分の腹から出ている大蛇の首を、手刀で切り落とした。
『痛っ!』
少々間抜けな声を上げ、大蛇の首はあっけなく私の身体から離れて床に落ちる。
「ちょっ、河伯君!? こんな強そうなマレビトをギャグっぽく倒していいの?」
オリンピックがよくわからない抗議の声を上げるが、これはギャグなどではない。
「いかにも恐ろしい演出をして惑わせ、揺らいだ心を利用して首を出しただけの代物だ。ここにいる頭は見掛け倒しのハリボテにすぎない」
「ナイス、河伯! 身体から離れたらこっちのものよ」
そう言って天照がすかさず大蛇の首に噛みつくと、大蛇の首が溶けるように消えていく。
『ククク……天照の邪魔がなければお前の大切なものを一つ奪えたのだがな。まあいい、今回は挨拶ということにしておこう』
笑い声をあげながら消えていく大蛇の首を見ながら、こいつは私と何か因縁があるのかと考えていたが、どうしても思い出せなかった。
今はそれよりも、私達を驚きの表情で見ている人々への対処が先だろう。明蓮も「どういうこと?」と呟きながら私に問いかけるような視線を向けている。
天照を見ると、先ほどの神々しい光は消えて後ろ足で耳の後ろをかいている。完全に私に事態の収拾を丸投げしているようだ。
さて、こうなったら――
「アリスと玉藻も来てくれ。授業の邪魔はするなよ」
「はーい!」
「アリスの面倒は見ておくから安心して」
あの夢で名前を挙げられた者達にはなるべく近くにいてもらった方がいいだろう。相手が何者かわからない以上、最大限に警戒しておくべきだ。
通学中も周囲の警戒を行っているが、怪しい気配は感じない。私の考えすぎだろうか?
「いや、杞憂で済むならそれに越したことはない」
「ん? 何のこと?」
つい口に出してしまった。勘のいいアリスはすぐに私の懸念を察したようで、言い逃れは許さないとばかりにこちらの顔をじっとのぞき込んでくる。玉藻も注目しているし、ここではぐらかしても仕方がないだろう。
「ああ、実は不気味な夢を見てな」
私は夢で見た光景と、奴の言葉を伝えた。すぐにアリスが口を開く。
「そんなのやっつけちゃおう!」
「そうだな。だが相手が何者かどうしても思い出せないのだ」
「ただの夢ではないわね。河伯の感じた不快感やそいつの発言内容を考えると、とても河伯の記憶から生まれた虚像とは考えられない」
「ああ、だから奴に名を挙げられた四名から目を離すわけにはいかない」
そんな話をしながら、ローレンス学園に到着する。アリスと玉藻には学園内で待機してもらい、私は明連と五輪がいる自分のクラスへと向かった。
「おはよう!」
相変わらず元気よく挨拶をしてくるオリンピックに挨拶を返し、明蓮の元気な姿も確認して自分の席に座る。これなら誰が狙われても、迎え撃つことができるだろう。
――油断したな?
「っ!」
突如聞こえた奴の声。私はその場で立ち上がり、周りを見回す。どこにも異質な気配はない。
「どこだ……?」
――ここだよ。
声は、身体の中から聞こえてきた。そういうことか、と気づいた時にはもう遅く。
ギシギシと不快な音を立てつつ私の腹から生えるように顔を出した黒い龍の頭が、一直線にオリンピックめがけて伸びていった。
「危ないっ!!」
その場にいた誰もが凍りついたように動けず、黒龍の狼藉をただ見ていることしかできない状況で。
私の視界を横切るように一筋の光が差し込んできた。
「控えよ、大蛇! ここはお前の在るべき場所ではない!」
私の腹から生えてきた黒龍――大蛇とオリンピックの間に、眩いばかりの光を放つ神々しい一頭の狼が立ちはだかっていた。
大蛇と言えば、神話でも語られるあの怪物だ。だが、おかしい。『八岐大蛇』という名はすんなりと頭に思い浮かんだのに、それが今私の腹から伸びている黒い龍と結びつかない。
こいつは、確かに天照の言う通り大蛇なのだろう。だが、それはこいつの本当の名前ではない。考えてみれば当然だ。八岐大蛇とは、単にこいつの姿を説明しているだけの名称にすぎない。では、本当の名前は一体……?
『天照か……大人しく部屋に引きこもっていればいいものを』
黒龍が、光をまとう天照と相対しても余裕の態度を崩さずに語り掛ける。そうだ、八岐大蛇ならば、頭はまだ七つあるはず。天照も自分から攻撃を仕掛けないということは、簡単に退けられる相手ではないと見切っているわけか。
「な、な、何なの? 河伯君から化け物が出てきて、狼が喋って……」
稲崎先生が、動揺の声を上げる。この状況、不味いな……クラスの誰もがはっきり天照をマレビトと認識している。大蛇に憑依された私も同様に見られるかもしれないし、天照にまたがって何度も乱入してきたアリスも疑われるだろう。大掛かりな記憶の消去を行わなければ、我々の正体が知られてしまうのは避けられない。
いや、待てよ?
「ふむ、ならばあえて隠し立てすることもないか」
『む、何をするつもりだ河伯?』
大蛇が私を振り返った。なるほど、一本か。
私は口角を上げ、大蛇の顔を見つめ返す。
「無論、こうする」
私は、自分の腹から出ている大蛇の首を、手刀で切り落とした。
『痛っ!』
少々間抜けな声を上げ、大蛇の首はあっけなく私の身体から離れて床に落ちる。
「ちょっ、河伯君!? こんな強そうなマレビトをギャグっぽく倒していいの?」
オリンピックがよくわからない抗議の声を上げるが、これはギャグなどではない。
「いかにも恐ろしい演出をして惑わせ、揺らいだ心を利用して首を出しただけの代物だ。ここにいる頭は見掛け倒しのハリボテにすぎない」
「ナイス、河伯! 身体から離れたらこっちのものよ」
そう言って天照がすかさず大蛇の首に噛みつくと、大蛇の首が溶けるように消えていく。
『ククク……天照の邪魔がなければお前の大切なものを一つ奪えたのだがな。まあいい、今回は挨拶ということにしておこう』
笑い声をあげながら消えていく大蛇の首を見ながら、こいつは私と何か因縁があるのかと考えていたが、どうしても思い出せなかった。
今はそれよりも、私達を驚きの表情で見ている人々への対処が先だろう。明蓮も「どういうこと?」と呟きながら私に問いかけるような視線を向けている。
天照を見ると、先ほどの神々しい光は消えて後ろ足で耳の後ろをかいている。完全に私に事態の収拾を丸投げしているようだ。
さて、こうなったら――
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