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すあまというお菓子
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すあまとは、めでたい事を祝う和菓子である。紅白に色付けされ、祝い事の席で配られる事もあるという。作り方は簡単だ。上新粉をこね、蒸す。熱いうちにつきあげて、餅のようにする。味付けは砂糖だが、特にめでたい事を祝う時には和三盆のような高級砂糖を使う事もある。
食感はモチモチとしており、食べ応えがある。中に餡を入れたものも存在するそうだ。
「私、すあまが大好きなの!」
彼女はそう言い、手にすあまを持って笑う。何がそんなに好きなのか、僕には分からない。大して甘くないし、やたらと腹がふくれるし。
「僕はシュークリームの方が良いなあ」
素直な気持ちを伝えると、彼女はすあまというお菓子の事を教えてくれた。
「すあまってこんなピンク色してるでしょ? お祝い事の時に食べるお菓子なのよ。そういうお菓子はね、悲しい時や不幸な時には食べたらいけないの。
前に、大震災の時に自衛隊の人が赤飯を食べていたら『こんな時に赤飯を食べるなんてけしからん』って苦情が来て食べられなくなったんだって。祝うために食べてたわけじゃないのにね。
……だから、すあまを食べられるっていうのは幸せな事なのよ」
お祝いの時に食べるものは不幸な時には食べられない。そういうものかと思いつつも彼女の言いたい事がよく分からなかった。それが好きな理由になるのが理解できない。
「それなら赤飯も好きなの?」
「好きよ。でもすあまの方がお祝いっぽいでしょ」
僕は、そう言って笑う彼女の顔を不思議に思いながらも眩しく感じていた。
あれから十年が過ぎた。僕も彼女もそれぞれの人生を歩み、もう会う事もないと思っていた。僕は東京の大学に通い、彼女は……夜逃げした。
親が事業に失敗して多額の借金を背負ったのだ。彼女が中学生の時に一家でどこか遠くへ行ったという。聞くところによると九州の辺りで生活しているらしいが、単なる噂なので本当かどうかは分からない。それからもう五年経っているから、今はまた別の場所で隠れるように暮らしているのかもしれない。
時々、彼女の笑顔を思い出す。大好きだったすあまは、不幸な時には食べられないと言っていた。今はすあまを食べられるようになっているだろうか?
「新宿に行こうぜ!」
大学で出来た男友達と一緒に繁華街に繰り出しては徹夜で遊ぶ日々。僕はすっかり『東京の大学生』になっていた。
この日は半端な時間に解散したので、僕は早朝の始発電車もない時間に家を目指して一人歩く。
「こんな事やってたら身体に悪いよなあ」
薄暗い、静かな町を一人歩きながら誰にともなく呟いた。早朝はやけに冷え込む。冷たい身体を温めたい、HOTドリンクを買おうと道の脇に設置されている自販機の前に立った。
缶コーヒーを買おうとして、思い直す。数秒の逡巡。そして僕は野菜スープを買った。こんなもので健康が維持されるわけもないが、気分の問題だ。
「ふー、朝は冷えるな」
アツアツの缶を両手で包み込むように持ち、暖を取る。時折頬に当てたり耳に当てたりする事で次第に熱が奪われ、程よい温度へと変わった缶を開け、中のスープを一気に喉へ流し込んだ。食道から胃へと温かいものが落ちていく感覚。幾らか身体が温まった。
そうして休憩していると、道の反対側にあった店のシャッターがガラガラと開いた。こんな時間に開店? と不思議に思いスマホを取り出す。時間は朝の四時。やはり早い。
中から『だんご』の暖簾を持って出てきた店員は若い女性で、思わずまじまじと見つめていると彼女と目が合った。
「あれ? もしかして……」
なんという偶然だろうか、それは『彼女』だった。
それから開店作業を終えた彼女と積もる話をした。こんな時間だ、客もやってこない。
彼女は親と絶縁して一人東京へやって来ていた。親戚の伝手でこの団子屋の手伝いをしながら、僕とは別の大学に通っているという。連絡先の交換もした。
よかった。
僕は彼女と再会出来た事よりも、彼女が思ったより不幸な状況では無かった事に心の底から喜びを感じた。人間、意外とたくましいものだとちょっと失礼な事を考えてしまう。
これから僕と彼女は新しい思い出を作っていくのだろう。恋愛に発展する事を期待してしまうのは短絡的だろうか?
カウンターの向こうには作業場がある。彼女は店に出すお菓子も作っているようだ。蒸しあがった何かに、砂糖を入れてつきあげていく。その手慣れた様子を見るに、もう何年もここで団子屋さんをやっているのだろう。食紅でピンク色に染められた『それ』を巻きすで巻いてかまぼこのような形にしていった。
そう、彼女はすあまを作っている。幸せな時しか食べられないと語った、あのすあまを。
「団子屋さんには時々早起きのおばあさんとかがやって来るからこんな時間から店を開けてるの。せっかくだから何か買って行ってよ」
商品の陳列を終え、そう笑顔で語る彼女に、僕が注文するメニューは一つしかなかった。
「すあまをください」
食感はモチモチとしており、食べ応えがある。中に餡を入れたものも存在するそうだ。
「私、すあまが大好きなの!」
彼女はそう言い、手にすあまを持って笑う。何がそんなに好きなのか、僕には分からない。大して甘くないし、やたらと腹がふくれるし。
「僕はシュークリームの方が良いなあ」
素直な気持ちを伝えると、彼女はすあまというお菓子の事を教えてくれた。
「すあまってこんなピンク色してるでしょ? お祝い事の時に食べるお菓子なのよ。そういうお菓子はね、悲しい時や不幸な時には食べたらいけないの。
前に、大震災の時に自衛隊の人が赤飯を食べていたら『こんな時に赤飯を食べるなんてけしからん』って苦情が来て食べられなくなったんだって。祝うために食べてたわけじゃないのにね。
……だから、すあまを食べられるっていうのは幸せな事なのよ」
お祝いの時に食べるものは不幸な時には食べられない。そういうものかと思いつつも彼女の言いたい事がよく分からなかった。それが好きな理由になるのが理解できない。
「それなら赤飯も好きなの?」
「好きよ。でもすあまの方がお祝いっぽいでしょ」
僕は、そう言って笑う彼女の顔を不思議に思いながらも眩しく感じていた。
あれから十年が過ぎた。僕も彼女もそれぞれの人生を歩み、もう会う事もないと思っていた。僕は東京の大学に通い、彼女は……夜逃げした。
親が事業に失敗して多額の借金を背負ったのだ。彼女が中学生の時に一家でどこか遠くへ行ったという。聞くところによると九州の辺りで生活しているらしいが、単なる噂なので本当かどうかは分からない。それからもう五年経っているから、今はまた別の場所で隠れるように暮らしているのかもしれない。
時々、彼女の笑顔を思い出す。大好きだったすあまは、不幸な時には食べられないと言っていた。今はすあまを食べられるようになっているだろうか?
「新宿に行こうぜ!」
大学で出来た男友達と一緒に繁華街に繰り出しては徹夜で遊ぶ日々。僕はすっかり『東京の大学生』になっていた。
この日は半端な時間に解散したので、僕は早朝の始発電車もない時間に家を目指して一人歩く。
「こんな事やってたら身体に悪いよなあ」
薄暗い、静かな町を一人歩きながら誰にともなく呟いた。早朝はやけに冷え込む。冷たい身体を温めたい、HOTドリンクを買おうと道の脇に設置されている自販機の前に立った。
缶コーヒーを買おうとして、思い直す。数秒の逡巡。そして僕は野菜スープを買った。こんなもので健康が維持されるわけもないが、気分の問題だ。
「ふー、朝は冷えるな」
アツアツの缶を両手で包み込むように持ち、暖を取る。時折頬に当てたり耳に当てたりする事で次第に熱が奪われ、程よい温度へと変わった缶を開け、中のスープを一気に喉へ流し込んだ。食道から胃へと温かいものが落ちていく感覚。幾らか身体が温まった。
そうして休憩していると、道の反対側にあった店のシャッターがガラガラと開いた。こんな時間に開店? と不思議に思いスマホを取り出す。時間は朝の四時。やはり早い。
中から『だんご』の暖簾を持って出てきた店員は若い女性で、思わずまじまじと見つめていると彼女と目が合った。
「あれ? もしかして……」
なんという偶然だろうか、それは『彼女』だった。
それから開店作業を終えた彼女と積もる話をした。こんな時間だ、客もやってこない。
彼女は親と絶縁して一人東京へやって来ていた。親戚の伝手でこの団子屋の手伝いをしながら、僕とは別の大学に通っているという。連絡先の交換もした。
よかった。
僕は彼女と再会出来た事よりも、彼女が思ったより不幸な状況では無かった事に心の底から喜びを感じた。人間、意外とたくましいものだとちょっと失礼な事を考えてしまう。
これから僕と彼女は新しい思い出を作っていくのだろう。恋愛に発展する事を期待してしまうのは短絡的だろうか?
カウンターの向こうには作業場がある。彼女は店に出すお菓子も作っているようだ。蒸しあがった何かに、砂糖を入れてつきあげていく。その手慣れた様子を見るに、もう何年もここで団子屋さんをやっているのだろう。食紅でピンク色に染められた『それ』を巻きすで巻いてかまぼこのような形にしていった。
そう、彼女はすあまを作っている。幸せな時しか食べられないと語った、あのすあまを。
「団子屋さんには時々早起きのおばあさんとかがやって来るからこんな時間から店を開けてるの。せっかくだから何か買って行ってよ」
商品の陳列を終え、そう笑顔で語る彼女に、僕が注文するメニューは一つしかなかった。
「すあまをください」
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