腐女子のゼンリツセン

志野まつこ

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「今はどエロが売れるんだよ、こんな少女漫画みたいな朝チュンじゃ肩透かしもいいトコだわ」
「で、でも有害図書で発禁が怖くて……」
 ドエロが過ぎる場合、自治体から「エロ過ぎてダメ」認定されると書籍としての流通の道が閉ざされるという恐ろしい習わしがある。書籍としては販売されず、電子図書として生き残ることは可能だが大変なダメージだが、あったかほわほわ子育てBLを得意とする文乃ふみのには無縁の話だった。
 メガネを鋭く光らせるイメージがお似合いの辛辣なこの男性編集者が文乃の担当になって半年になる。その前は女性担当者で、産休中のため彼とは一時的な関係だった。

「マツタケのゆるキャラみてぇなチンコをぼかしまくりにしか書けねぇのに有害図書くらうか。もっとリアルに書け」
「ネットで探しても修正入ってて分かりません」
「だからテメェのチンコは修正が完璧なのかよ! リアルな大人のおもちゃでもデッサンすりゃいいじゃねぇか!」
 三十半ばに行くか行かないかに見える折塚おりづかはじめからこんなに口が悪いわけではなかった。文乃を作家として丁寧な口調で尊重しごくまっとうに扱ってくれていた。
 近年市場が急拡大し目が肥え熟練となった腐女子・貴腐人方からのエロへの要望は年々高まりつつある。そんな時代について行けず『どエロ』が書けないと四苦八苦する文乃を折塚は励まし、アドバイスし続けていたのだが━━
 最近ついに終焉を迎えた。
 文乃の相変わらずのマツタケゆるキャラの朝チュン構想を目にした瞬間、いつも穏やかな優しいメガネ担当がきつい目つきの冷酷メガネに豹変したのだ。半年が長いのか短いのか当人たちにも謎だ。

 地を這うような低い声での強い指摘に初めこそ驚き狼狽えたが、ちゃんとした返事をしないと怒られる事を短時間で学んだ文乃はおどおどとしながらも常に言い返している。
 謎の適応能力に折塚は「なぜそれを活かせない!?」と不満で仕方ない。

「この脇役、頭の色と髪型変えろ」
「え、いやそれは流行の髪型ってやつで。決してめんどくさいとかいうワケでは」
「うっせえ黙れ。『脇役と受けの区別がつかない。みんな同じに見える。長髪にするとかトーン頭にするとか担当者はアドバイスしないんですかね』とか言われる身にもなれよ!? 言ってるよ、言ってるけど書けねぇんだよコイツ、とか言いてぇわ。あとここ」
 今日も折塚の怒涛の修正が炸裂する。
 今日も絶好調だ……折塚さんホントBL読み込んでるよな。聞きながら文乃はそんな事を考えるが、怒られるので決して言わない。しっかり聞いている風を装った。

 続いて折塚は攻めがアナルをほぐすのに指サック代わりに使ったゴムを外すコマを示す。
「先っちょつまんで外すな。なんのためのゴムだよ。手が汚れるだろうが。考えろよ」
「こっちの方がカッコいいかなって。汚れるとか言わないでくださいよ! BLはファンタジーじゃないですか。リアルとは違うじゃないですか。よくネットでAV本気にすんなとか言うじゃないですかっ」
「うっせえ。ゴムを使う点は評価するが外すシーンは省略すればいいだけだろうが。どうせ『手袋外すのに萌える』みたいなノリで書いたんだろうが手袋とゴム一緒にしてんじゃねぇよ」
 言ってから、折塚は長く細く息を吐いて嘆息する。

「BLはファンタジーだ。それでいい。でもある程度のリアリティがないと『リアリティに欠けるって』って読者には切られるんだよ」
「あんまり経験がないもんで」
「笑ってんじゃねぇ。だから彼氏作れってはじめっから言ってんじゃねぇか」
 なるべく軽い調子で答えたらあっさりバッサリ切り捨てられた。しかしそのあとやけに真摯に続けられなんとも居心地が悪くなる。そう、早々からそうやんわりと遠回しに言われているのだ。
「はは……」
 文乃はごまかすように笑って最近布団を片付けたカジュアルこたつの天板に目を落とした。
「こんなことばっかり言うのも流石にセクハラすぎて自分でも嫌なんだが」
 前置きして折塚は真剣な表情で文乃を見る。
「リアルとフィクションは確かに違う。フィクションだけでも書けねぇ事はないが、読者に『なんだこれ』って突っ込まれて終わる可能性もある。バランスが大事なんだ。性交、苦手か?」
 力強い口調は最後には気遣わし気なものになった。
「……痛い思い出しかなくて」
 数回のセックスの経験は文乃に苦手意識しか残さなかった。
 よって文乃は空想しか出来ないBLに行き着いた。男女の営みはだめだ。こんなの嘘じゃん、痛いだけじゃんと否定から入ってしまう。そしてTLはクセの強い女性キャラが多く、大人しい文乃は尻込みしてしまう。漫画でまでストレスを感じたくない。その点、男性がメインのBLはいい。妄想でやりたい放題できる。

「いや、そこまで答えなくていいけど」
 素直に答えられた折塚は一瞬戸惑った。俯いて小さくなる文乃は言葉を待っているようで微妙な沈黙が落ちる。折塚が小さく嘆息すれば文乃も一層小さくなる。
 折塚はフォローが必要だと思った。編集としても、年上の人間としても。
「濡らすためだけの雑な愛撫に自分勝手な挿入、勝手にイってはい終わりでアフターフォローもないセックス、だろ」
「まぁ……そんなトコです。よく分かりますね」
「作品読んだらな。それと真逆だろうが、アンタが書くのは」
 たくさんのキスと丁寧な愛撫、受けをトロトロ&ぽわわーんにしてからの挿入。気を遣われ、いざ動くという所で終了。次のページでは朝チュンからスイートタイムの描写、が文乃の書くパターンだ。挿入後の描写はほぼ皆無。
 ロクなセックスしてねぇんだろうなぁ、というのが折塚の印象である。

 折塚さんは読んだだけで分かるのか……
 文乃は驚いていた。理解してもらえたことがうれしい反面、だからこそ情けなく、申し訳なくてたまらない。
「まぁまだ26だもんな。相手の男も若けりゃそんなもんだろうし、これからだよな」
 折塚は一方的に責めるでなく理解も見せる。
 そんな人に、電話で済むことを外では憚るような内容だからと自宅まで来させて盛大なため息をつかせている状況だ。
 文乃は正座した足の上で両手をぎゅっと握って決意した。
「分かりました。そういうプロの人にお願いして勉強してみます」

 何が分かったんだ。
 こっちはなんにも分かんねぇわ。
 また突拍子もないことを言い出したなと折塚は遠い目になった。
 そういう才能はあるのだ。斬新な設定を思いつくのに活かしきれなかったり、普通のぽわぽわ少女漫画BLで終わらせようとするのだ。勿体ないことこの上ない。
「その辺ので取材するっつーなら俺にしとけ。それならタダだ」
「え、いや」
 戸惑い焦る文乃の前で折塚はメガネを外し、ネクタイを抜きながら片膝を立て腰を上げる。
「あぁ! 今のネクタイ抜くとこもう一回!」
「うっせぇ! 次にしろっ」
 ムードもへったくれもない担当作家に折塚は吠えた。

 しょっぱなからお互い全裸である。脱ぎたがらない文乃に折塚は言った。
「シャツ着たままっての動きにくいからな? あんな動きにくいもん着たままヤれるか。しょっぱなだけはともかく最後は全裸だろ」
 それは折塚の超個人的意見だ。折塚は元は成年向けを担当していたが手腕を見込まれBL部に異動になった異色の経歴の持ち主だった。
「裸の方が気持ちがいいんだよ。着衣でのセックスは片手間のセックスだからな?」
 断言された文乃は軽くショックを受けた。これまで片手間のセックスだった。
「それにズボン履いたままヤる男なんていねぇからな。履いたままなんざ出来るか。まともに動けねぇし奥まで入れられたもんじゃねぇのに履いたままの攻め多すぎるだろ。お前も筋肉質ないいケツ書けるようになれ」
 仕事なのか私情なのか分かりづらいBLの攻めに対する不満をつらつらと漏らしつつ折塚は男らしくあっさり全裸になった。
 服を脱がないのは脱ぐ間もないくらいさかってるってヤツですよという反論も飲み込んで文乃はその体に見惚れた。おだやかメガネからは想像もつかない、言うだけはある見事な体だった。
「折塚さん、意外とかっこいい筋肉してますねっ。あとでちょっと写真撮らせてくださいっ」
 などと文乃が余裕でいられたのはそこまでだった。

 折塚は額、首筋、鎖骨と順に小さなキスを落とし、小ぶりの乳房を優しく撫でる。その鋭い眼差しに文乃は緊張と同時に体が熱を持つ。
 親指で乳首を押し上げるように擦り、散々焦らすことから始まった前戯は丁寧を通り越し、実にしつこく粘着質でクリトリスでイかされた文乃は全裸でくったりと倒れた。

「ゴムも。ギザギザがついてない方から開ける攻めヤツいるけどあれなんなの? なんでそっちから開けられんだよ。お前も一回やってただろ。二度と間違えるな」
 折塚は資料として持ち歩いている避妊具の開封の様子を文乃に見せつけながら、一瞬何をしているんだと冷静になりかけたが冷静になったら負けだと気力で抑えた。対して文乃は目を開くのもやっとの状態だ。
 男は通常避妊具を装着する姿を見られるのを嫌がるものだ。折塚も不本意で仕方がないところではあるが作品のためならば背に腹は代えられないと担当魂を見せた。
 幸い萎えることはなかったが一瞬でも気を抜けば何をしているのかと嘆きたくなる状況だ。だからこそ気付く。
 ホント何やってんだ。唐突に折塚は冷静さを取り戻すとともに正気に戻った。
 あっぶねぇ、担当作家とやっちまうトコだった。
 年上の常識ある大人として線引きはしてやらねばなるまいと思った。
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