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第2章 その後のふたり

12、たろさんの「窘められているのかフォローされているのか分からない」話

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 あ━━
 堀ちゃんの纏う空気が変わった。
 すっ、と冷えた。
 表情が一切消え去った顔で、堀ちゃんは黙ってご飯を口に運ぶ。
 その時、この間新調したお気に入りの茶わんに気付いた瞳に複雑そうな色がにじんだ。
 
 その日はいつものように玄関まで見送りに出てくれたが、いつも別れ際にするキスはなかった。
 ドアを出て離れれば背後から無機質な鍵のかかる音がする。
 それはいつもはしない音だった。
 これまでは音がしないように気をつけてくれていたのかもしれない。
 その音は、不愉快に感じるほど耳に残った。


 翌日、休憩所でいつも通り紙コップのコーヒー片手に午前中の休憩を取っていたら高田に不思議そうな顔をされる。
「どしたの」
 言われて何が、と視線で問う。
「月曜なのになんか景気悪そうな顔してる。最近いつも月曜は機嫌よさそうだったのに」
 なんだそれ。
「月曜なんて誰でもだるいだろ」
 至極真っ当な意見で返したと思ったのだが。

「昨日、堀ちゃんと何かあったんだ?」
 高田はにやにやと笑った。
「いいねぇ。ピュアだねぇ」
「たろちゃん、ピュアなの?」
 高田と同じ部署の明子さんも背後から加勢するように顔を出した。
 分が悪いことこの上ない。

「で? 堀ちゃんとケンカしたって?」
 ニヤニヤ顔の明子姉さんだけど、目はあまり笑っていなかった。
 彼女とはこれまで仕事上でしか会話をする事はなかったはずだが、堀ちゃんを可愛がっているうちの一人なワケで。
 言わないと……いけないのか。

 困惑したが、聞いてもらいたい気もして要点だけ話してしまった。
 堀ちゃんと明子姉さんは今も繋がっているから、フェアじゃない気がしたけど。
「女の子のいる店に行ってケンカになるなら分かるけど、どうして『行っていい』って言われてケンカになるんだろうねぇ」
 高田に呆れたように笑われる。
 耳が痛い気もするが、妙に慈愛のこもった様子が少し癪だ。
 そもそも、ケンカをしたわけでは、たぶんない。
 そういう風に見られていたのかと思って、少しショックだっただけだ。

 堀ちゃんは俺が手慣れていると思っている節がある。
 それは分かっていたけど、ここ数か月一緒にいてその辺の誤解は解けている物と勝手に思っていた。
 だから、配慮に欠けた返しをしてしまって泥沼化した。

「まぁ、分からないでもないけど」
 高田からそう同情混じりに言われ、少しだけ安心してしまった。

「そろそろ新入社員歓迎会だから堀ちゃんも気、遣ったのかもね」
 高田の言葉にあぁ、確かにそんな時期かと気付いた。
 うちの新入社員歓迎会は全社員300名越えでホテルで行う。
 それが終われば各自2次会に繰り出し、気のいい上司にスナックに連れて行かれる事もある。
 俺なんかはたいてい高田や後輩と飲みに行くけど、堀ちゃんはあの頃どうしいたのだろう。
 頻繁に飲み会が開催される2課に連行されるか、新人担当のシゲさんと新入社員を連れて二次会か━━そう言えば一度も一緒になった事はない。
 彼女も新入社員歓迎会の後、こっちがどう過ごすかなんて知らないのか。

「そんな店に行くと思われて面白くなかったんでしょ。たろちゃんはそういう店ホントに行かないから、そんな事言われたのは気の毒だとは思うけどね」
 さすが愛妻家。
 同性としても絶妙なフォローだ。
 だが、この場所でこのメンバー。
 ここでそんなフォローをしてもらってもあまり意味がない気もする。

「別にたろちゃんがそういうお店に行ってるとかあんまり気にしてないと思うよ。堀ちゃんは昔からシビアで大人だから上司の誘いとかならそりゃ行って当然、くらいには割り切れちゃうんでしょうよ。男の人にしてみたらつまんないかもしれないけど」
 笑って言う明子姉さんのそれは、恐ろしく核心をついた言葉だった。
 さすが、人生の先輩は違う。
 しかも既婚者で女性の意見。
 本当にありがたい。
 ついでに高田が畳みかけてくる。
「たろちゃんの方が年上だけど、女の人の方がよっぽど大人だからね。しかも相手は一番年下だったのに同期をまとめちゃうような堀ちゃんだよ? 新入社員研修とかすごかったし。シゲさんにも年齢、誤魔化して入社しただろってからかわれてたくらいだったし」
 うちの新入社員研修は主に社会人としての心得・マナー・チームプレーに重きを置いている。
 確かにそういうのには堀ちゃん頼りになりそうだもんな。

「今日は会いに行かないの? 堀ちゃんち近いんでしょ?」
 高田にニヤニヤ顔で尋ねられる。
 人のこういうネタってお前大好きだもんな。

「今日はたぶんジム」
 なんとなく、そんな気がする。
 ストレスの発散をしに行くんじゃないかと。

「堀ちゃんジム行ってるんだ」
 高田はのんきに言ったが、明子姉さんは気の毒そうな、困ったような、なんとも形容しがたい表情をしていた。
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