リバーシ

志野まつこ

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10、通りすがりの男

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「アイツ面白いな。『これで10分三千なら悪くない』だと。映画のダークヒーローかよってんだ」

 日中、福祉局職員である「ふっくらジム」担当案件から応援の要請があり、生活安全課の捜査官リーは急きょ駆け付けた先で見た津田を思い返して笑った。その隣で如月は口に運ぼうとしていたグラスを止め、小さくため息をつく。

 現場でそんな事を言った津田であるが、最後に振り返って厳しい事情聴取を受ける家主に告げたのは「あ、俺、通りがすりだから」という実に不可解なもので、応援要請により到着した警察車両と、子供達の為に駆け付けた緊急車両、それに近隣住人でごった返す中そのまま姿をくらまし報酬について話すことさえなかった。

 法律が改正され児童虐待の疑いがあるケースではこれまでよりも一層、強硬な手段を取れるようになった。しかしだからといって担当者が強く出られるかと言えば、そういった荒事を可能とするタイプは少なく実際問題それは難しいものがあった。
 偶然通り掛かったと主張する男の器物破損と敷地内への不法侵入は「機転の利く一般市民の協力」であり、「子供を救うための咄嗟の緊急措置」とみなされ追及は不要とされた。

「問題を起こしても自分の独断にすればそれで済むと思ってるから無茶が出来るんだろうな。こんなご時世になってもいまだに日本人ってのはハラキリ思想か」
 バーのカウンターでグラスを弄びながら言うリーは本当に楽しそうだ。
「リー、そんな物は何百年も前から無い」
 元同僚である友人の典型的な誤解に如月は頭を振って呆れる。

 職員の働き口を提案し、紹介してみたものの同居人の今日のやり方を考えるとすぐにトカゲのしっぽになりかねない。それも自ら好んで。
 どうしたもんだか。
 そうは思うが、どうこうしようという気も起らなかった。
 おそらくあの男は自分で選択しなければ長続きしないタイプだ。
 そもそも、いつ出て行くか分からない。
 あれだけの容姿であればいくらでも女の所へ転がりこめるだろう。

 情報屋を名乗る如月の方は津田の身上について把握していた。
 よってどうせすぐに出て行くだろうと、その間ちょっとセックスが楽しめれば上々と軽い気持ちで誘いをかけたのであるが━━予想外にいまだに津田は如月の家で生活していた。
 とは言えマフィアまがいの連中に目をつけられた直後である。防犯設備が充実している如月の家にいるのが安全だと判断したのだろうと思っている。

「これ渡しといてくれってよ」
 カウンターに置かれたのは福祉局の文字が印刷された封筒。中には現金ではなく振込先口座等を確認するための書類が入っているのだろう。如月はそれに手を伸ばすことはなく、横目でしばらく見詰める。
 あいつこんなの書かないだろうなぁ。
 一瞬考えて嫌そうに眉間を曇らせた。
 面倒くさい。

「ボランティアって事でいいだろ」
 如月は封筒から興味を無くしてグラスを傾ける。
 元同僚で付き合いも長いリーは如月の言わんとする事を正確に察すると、喉を鳴らして封筒を握りつぶすようにブルゾンのポケットにしまった。
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