海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~

志野まつこ

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第一章 わだつみの娘と拾われた男

1、めんどうな出会い

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 うわ、なんか妙なのがいる。

 頭からすっぽりフードを被った男の姿にシーアはそう眉を寄せた。小型から中型船がひしめく船着き場でやっと空きを見付けたというのに、シーアが目をつけたその場所で大変胡散臭い風体の男がこちらを見ている。
 近付きたくない事この上ない。
だが他にめぼしい空きはなく、周囲には大勢海の男達がいる。こんなにぎわった人目のある場所で相手も大事にはしないだろうとそこに船を進み入れた。
「ここ、使ってもいい?」
 男が仲間の為に場所取りをしているのかと一応確認のため声をかけると男は頷いてシーアに手を差し出した。一瞬の逡巡し手にしていた船をつなぐ為のロープを軽く投げると男は素早く固定してくれる。
「どうも」
 固定が確実か確認した後でシーアは警戒を解かぬまま男に声をかけた。
 単に十代半ばの小娘一人で船着き場を使っているのが珍しく、手を貸してくれただけという可能性もあるかと思ったが。

「海王にお目通り願いた」
「よく間違えられるんですけど、人違いです」
 下心がある方だった。
 ひそめられた男の硬い声は耳に残るような美声だったがそれをシーアは途中で力強く切り捨てた。

 まったく子供に手を貸そうって親切な人間はいないのかね。
 純粋な親切であれば「子供扱いしやがって」と面白くない癖に、目的を持って接触してきた男にシーアは内心嘆息した。
 
 船と桟橋の高低差から自然と見上げる体勢になると、フードに隠そうとしている顔が容易に見て取れた。あまり手入れされず伸びたままの暗い色の髪、口元には無精ひげ。
 しかしそんな風貌をしていようとも、その顔立ちは思わず眉を顰めるほど整っている。 
 強い意志を宿した青い瞳が静かに少女を見つめていた。
 声からしてそうだとは思ったが、やはりまだまだ若い。
 
 色男はひげ面でも男前ってか。
 咄嗟に舌打ちしたい衝動に駆られたシーアには、自分の顔が地味だという自覚がある。
 きつい印象のある切れ長の目だけが特徴的ではあるが、薄い唇に低めの鼻と黒髪。これといって特徴のない自分に男は確信をもって声を掛けてきた。
 地味で覚えられにくい顔はこの職業ではとても都合がよく、実は本人は割と気に入っているほどである。
 港には少数とは言えシーアのような若い娘も働いているというのに、「海王」の関係者だと看破して接触してきた男。それなりの情報源があっての事だと思われた。

 厄介な、相手か。
「じゃ」
 さっさと離れるのが賢明だと判断したシーアは慣れた様子で身軽に桟橋に上がり、そのまま港町へ足を向け雑踏に身を潜ませるつもりだった。
 少女の視線が反れる直前、男は己の腰元に右手を伸ばす。シーアは危険を察して咄嗟に身構えたが、男は年季の入った短刀の柄ではなく重厚な細工の鞘を握ってシーアに示しただけだった。
 緊迫した空気を発するのはシーアの方だけで、男は敵意のない事を示すように鞘をつかんだままのそれを再度見せつけるように少女に寄せた。
 一瞬の隙も与えない気構えで相手の瞳を食い付くように見つめていたシーアだったが、男の真摯な瞳に根負けすると警戒を解かないまま一瞬視線をそちら向ける。
 
「━━」
 息を飲みそうになるのをシーアは根性で耐えた。その柄頭には、今は存在しない王家の紋章があった。
 
 5年前、王の崩御とともに議会制になった中規模国家「オーシアン」。
 大きな国ではないが航路の要所に位置するその国は世界でも屈指の港を持ち、貿易の盛んなそこは「海の国」とも称される。
 海王と呼ばれる少女の養父ウォルター・ドレファン率いる半商半賊ドレファン一家も一目置く国の一つだったが、変革後の現在は方針を見定めるためにも距離を置いた。そしてこれまで年単位でオーシアンの動向を精査した結果、養父ウォルターはそのまま距離を置く事を判断したのだ。

 シーアは今度こそ思い切り眉を潜めた。
 くっそ、なんだってわたし一人の時にこんな面倒に……
 まだ自己判断できない未熟さに苛立ちが増す。
 大仰に息をつき、少し逡巡してから黒い髪の頭をガシガシと掻くと右肩に集めて垂らした三つ編みが跳ねる。
「めんどくさいなぁ」
 それまで真剣な顔つきだった男は、少しだけ申し訳なさそうな顔になった。そんな表情にシーアは諦めたように息をつく。
「明日、同じ時間にもう一回ここに来な」
  言い捨てるように乱暴に告げたシーアは市場の方へと爪先を向け、その華奢な背に男は少し慌てたように声をかけた。
「いいのか? これ」
 証として持って行かなくてもいいのかと言わんばかりの相手に、少女は内心呆れながら嫌そうに振り返った。
「それの真贋くらい見抜ける」
 まるで「馬鹿にするな」とでも言うように顔をしかめると、今度こそシーアは小さな港町の人の流れに消えて行った。

 嵐の海に漂う樽の中で赤ん坊が泣き叫んでいるのが発見されたのは15年前。
 拾い上げたのは、何代も続く半商半賊ドレファン一家の若き頭領ウォルター・ドレファンだった。波が荒く、航海の困難な海域の奥に位置する小さな孤島の首領でもある彼はその赤ん坊を島の習わし通り引き取った。
 島の食物は自給自足で事足りたが、物品確保とその為の外貨獲得のため彼らが大海に出るようになったのははるか昔の事。
 荒れた時代もあった。生きるために海賊・運輸業・傭兵業・商人と国や地域によって異なった認識をされるようになり、ドレファン一家の頭領はやがて代々「海王」と呼ばれるようになった。

 海王ウォルター・ドレファンに拾われた赤ん坊は、よほど海の神に同情されたか愛されたのだろう。
 海に生きる者はそう噂した。
 乳飲み子のうちから船に揺られていたせいか、海の変化の察知に尋常ならざる能力を発揮した。
 潮を読み、風をとらえ天候を予知する。
 小舟であれば簡単に波に乗り、そうなれば誰もかなわなかった。
 ドレファン一家が嵐で苦労する事はなくなった。
「海王のところの拾われ子」と揶揄されていた少女が、やがてその能力を正当に讃えられ、畏怖も尊敬もはらんで「海神わだつみの娘、海姫」と呼ばれるようになるのは、まだ少し先の話。

 そしてウォルター・ドレファンは仏頂面で髭面の男の報告をしてきた娘にこう言った。
「そいつ男前だったか? だったら連れて来とけ」
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