海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~

志野まつこ

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第一章 わだつみの娘と拾われた男

2、このヒゲイケメンが

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「そいつ、男前だったか?」
 沖に停泊していたドレイク号に戻ったシーアが事の詳細を養父ウォルターに報告すると、船長でもある養父はそんな事を尋ねてきた。

「あぁ? まぁ、髭とか髪とかむさくるしかったけど、腹が立つくらいの美形だと思う。それに……」
 シーアは不本意そうに答え、それから少し考えるように言葉を区切ってから続けた。
「なんというか、面白い男だと思う」
 身の証を立てるだろうその宝剣を、あの男は証拠に持って行かなくていいのかと尋ねたのだ。
 いや、単に頭が足りないと言うだけかもしれない。豪気なのか短慮なのか判断がつかず眉間に皺を寄せる養女とは逆に、海王と呼ばれる男は面白そうに目を眇めるとうっすらと笑んだ。
「じゃあ連れて来とけ」
 船長の次の地位にある航海士あたりを使いにやるでなく自分に連れて来いと言う養父の言葉に「ああ、やっぱり面倒な事になった」とシーアは暗澹たる心境になったのだった。

◆◇◆

 翌日、ドレファン一家の中型帆船ドレイク号にフードを被った胡散臭い風体の髭面の男を連れ帰ると、ウォルターは皆が戸惑うのをよそに男と二人きりで船長室にこもってしまった。
 そしてその夕方には「お前もそろそろ下っ端を卒業したいだろ? 新入りだ。面倒見てやれ」とウォルターはいつものように飄々とシーアに言い放った。

 ドレファン一家の船に乗るのは、これまで例外なく島の関係者しかいなかった。
 それなのに旅装束の青年を見習い扱いで乗せるという。
 冗談だろうと本気だろうと、ウォルターは基本的に軽い口調である。
 しかし船長であり島の高責任者である彼の指示が冗談などではない事は船員はみな理解していた。
 反論したい気持ちは多々あったが、首領の判断は絶対だ。
 仕方なくシーアは内心で悪態をつく。

 まんまと船に乗ったつもりだろうが、残念だったな。
 小娘のおもりだとよ。

 面倒を見るのは不本意だったが、青年の思惑通りにはいかないだろう事で満足する事にした。
 しかしそんな養女シーアが一瞬意地の悪い顔をしたのを海王と呼ばれるウォルターが見逃すはずもなく、続けてもう一つ命じる。

「お前ら、二人一組でいい。二年で使えるようになれ。シーア、そいつから学べることはすべて奪え」
 船長たる男の言い回しは実に巧妙だった。そう言っておけば負けず嫌いな彼女が躍起になって一人立ちしようと本気になる事は目に見えていた。
 一瞬目を見張ってむさくるしい男と養父を見比べたシーアだったが、次の瞬間ウォルターの思惑通りその瞳が挑むようにきらめく。
 それを見た周囲の船員は「またあっさり言いくるめられて」と呆れたように苦笑いしたのだった。

 彼女は十五になってやっと一人で陸に上がることを許された。
 使いっ走りのようなものだとは分かっているが、それでも養父でもある頭領や船の仲間達に少しは認められたのだと嬉しかった。

 四歳年下の「妹」サシャがオロオロとこちらの様子を見ている。
「あの人、シーアの部下になるの? 良かったね。これで下っ端じゃなくなるね」
 血のつながりこそ皆無だが、シーアはこの幼い妹をとても大切にしていた。
 シーアが四歳になる前、養父のウォルターは二十八歳で島生まれのマリアと結婚した。
 それまでウォルターは未婚のコブ付きという肩書だったが、これは島の人間にとっては珍しい事ではなかった。閉鎖的な島では血縁関係が濃くなる事を防ぐため、目にしたみなしごが女児の場合は島に連れ帰る風習があった。
 非道にも聞こえるが、その代わりそれが男児であれば然るべき施設に連れて行くし、女児は島の子供として大事に育てられる。そして女児が長じて島を出る事を望めばその希望はかなえてきた。
 二十歳だったマリアもまた拾われ子のシーアを結婚以前よりとても可愛がっていたが、結婚した翌年サシャを出産する際に亡くなった。彼女が大好きだったシーアにとって、彼女の代わりにサシャの面倒を見るのは当然の事であった。

 サシャは母親に似て愛らしい顔をしている。
「ヒゲ生えてるけど、あの人かっこいいよね」
 目を輝かせて言ったサシャの金の砂糖菓子のようなふわりとした頭に手を乗せ、シーアは何回目かのため息をついた。
 養父はどうしてあんな素性も知れない男を船に乗せようと言い出したのか。
 五年前に前王が崩御し、議会制になった海の国オーシアン
 その改革に世界が注目したが、案の定瞬く間に国は荒んだ。

 海王と呼ばれる養父ちちの事だ、わたし達が知らない情報も多くつかんでいるだろう。
 頭領の判断は絶対。頭では承服しようと努めたが、それでも、やすやすと納得できるものではなかった。
 なぜ突然乗り込んできた男に、下積みも免除して時に機密をもはらむ仕事をさせるのか。
 海の国オーシアンの、今は無き王家の紋章を持った男なんて危険しか感じないのに。
 そして何より、やっと船上の雑用だけではなくウォルターの仕事を手伝えるようになったのに、あの男が何の下積みもなく肩を並べるなど、十五の少女にはまだ受け入れる事は難しかったのである。
 
「レオンといいます。よろしくお願いします、シーア殿」
 フードを外し、整った容姿を惜しげもなく晒す男。それを見上げたシーアは憮然とした表情で口を開く。
「シーアでいい。そんな言葉遣いもやめろ。上下関係がバレるとわたしの方が危険だろうが」
 彼は一瞬戸惑った様子を見せてからうなずく。
 彼女は二年以内という期限がつけられた事で、時間を無駄にするつもりはなかったし、むしろ言われた期限よりも短く成果を出して独立を企んだ。
 仕事を覚えるのであれば実戦が手っ取り早い。
 切り替えの早さは彼女の長所の一つでもあった。

 小さな仕事を先輩達に回してもらい二人でこなした結果、皮肉にもレオンは瞬く間に船員に信頼される人間になった。
 広範囲に渡る知識・戦闘術から話術、馬術。
 戦略提案、果てはテーブルマナーに至るまで抜きんでた技量と知識は嫌味なほど多岐にわたった。

 それでいて人柄も申し分ないとか、あいつは神か。

 シーアは船員と朗らかに笑いあっているレオンを見てふて腐れていた。
 彼は持っている文武の知識や技術をシーアに提供し、シーアは船や海に関する知識と技術、港での立ち振る舞いや交渉術、知り合いの商人といった人脈を返した。
 人脈に関しては相手もいる繊細な情報だ。いわくつきとしか思えない男への開示は躊躇したが、あっさりとウォルターが許してしまった。
「何かあったら全部ウォルターの責任にしてやる」
 シーアは半ば投げやりにそう腹をくくったのだった。
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