海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~

志野まつこ

文字の大きさ
21 / 67
第二章 わだつみの娘と海の国の婚約者

9、女の子は好物と言っても過言じゃない

しおりを挟む
 ━━本当に素敵な方。今日も紺色のドレス。紺色がお好きなのかしら。

 老若男女問わず、誰もが振り返る美少女カリナ・クロフォードは今夜で3回目になる海の国オーシアン国王レオニーク・バルトンの婚約者シーアを見てぼんやりと思った。
 それ以上の感想はなかった。

 四年前まで北方の地で羊飼いの第三子として生きていたのだからそれ以上は思いつかない、というのが本音である。

 国王の濃紺の正装に合わせたのか、紺の細身のドレス。若い娘ならばボリュームのあるスカートのドレスを着用するが、彼女の年齢には落ち着いた雰囲気が良く似合う。
 詰襟風に胸元を覆うレースと、同じ素材の肘上までの手袋。
 片側に垂らした黒髪は緩く巻かれ、耳の上にあしらわれた白い小花は驚いた事に生花である。
 生花を髪に挿すという文化はこの国には無く、彼女が世界中の海を航海してきた人間である事を証明しているかのようだった。

 すらりとした体躯に、黒曜石のような瞳は柔らかいようで凛とした光を宿している。
 絶妙たる曲線を描く唇は誰と話しても社交的であり、それでいながら媚びない笑顔を作り出す。
 こんなにも堂々としていながら、それでいてこんなに綺麗な人がいるのか。カリナは国王がこれまでお妃探しに消極的だった理由も分かるような気がした。
 こんな女性を知っていれば、たいていの姫君・令嬢はかすんでしまうだろう。

 海の国の黒真珠。
 国王レオニーク・バルトンの美しき婚約者はそう呼ばれ始めていた。

 国王と婚約者はいつも始めに一曲だけ踊る。
 まるでおとぎ話の王子様とお姫様が現れたかのよう。いつもカリナはそう思ってしまう。
 おとぎ話の主人公と言うには少し年齢が上を行っていたが、国王が彼女を見詰める瞳のなんと穏やかで優しい事か。
 見目良い国王に身を委ねる彼女のダンスのなんと洗練されている事か。

 これまで社交界とは無縁の世界に生きてきたであろう海姫。そんな彼女が愛する国王のために練習を重ねたのかと思うと尊敬の一言では片付けられないし、恐れ多いと思いながらも自分と似なような境遇に思えてしまう。

 それなのに、こんなに幸せそうな二人を目の当たりにしながら、お妃選びが白熱しているというのだから少女はうんざりとする。

 婚約者として発表したのだから、もう二ヵ月に一度の夜会と言う名のお見合い会もなくなるか、頻度が落ちるだろうと喜んだのに、ふたを開けて見れば毎月開催になった。
「海のならず者に妃の座は渡せぬ」
 そう考えた者のなんと多い事だろう。
「陛下がお選びになったんだから決まりでいいじゃないか」と思ってしまうのはやはり田舎の庶民だからか。

 カリナは庶民出身の身である。
 よって生粋のご令嬢に言われるまで気付かなかった。

「シーア様は今夜もお気に入りのドレスをお召しになられて、本当に素敵ね」

 嫌味が多分に含まれた言葉。
 彼女たちの言葉にはいつも裏がある。
 素直に受け取ってはいけない、そうカリナはいつも警戒して受け答えしていた。
 いつものように彼女達の言葉に隠された真意を読み取って、初めて気付く。
 国王の婚約者ともあろう者がずっと同じドレスを着用しているという事実を。

 ドレス1着約20万。
 聞いて卒倒しかけた。
 そんな物のために庶民は納税しているのか。
 もちろん貴族が事業を行っている例も多々ある。
 だが生まれの違いでそこまでの格差が生じる物なのか。
 正直、少女はこんなに明確に知りたくはなかった。
 だから夜会の度にドレスを新調するという神経も理解できないし、腹も立つ。

 でも、結局自分も同じ事をしているのだ。
 養父オズワルド・クロフォードはこの国の宰相に最も近い人間だと言われている人物である。
 その名にふさわしい言動、装いをしなければ養父の顔に泥を塗る事になる。
 よってカリナは夜会ごとにドレスを作るという、とても不本意な作業を繰り返さざるを得ない立場にあった。

 そして名だたる令嬢たちは親に言われてカリナの周囲に集まるのだ。
 田舎出身の小娘風情と心中ではこきおろしながら。

 なぜ毎回同じドレスなのか。
 夜会の会場の南側は庭園に面した石造りの歩廊があった。
 あえて植込みに隠れるようにして作られた石造りのベンチに座って、令嬢たちは小鳥がさえずるがごとく協議していた。
 もうすぐ十七歳になるカリナは半年前に夜会に出席するようになったばかりであり、この国にしては遅めの社交界入りを果たした。そんな彼女を囲む三人の少女も皆年上だったが十代である。
 家柄的にお妃候補から外れた彼女たちはもう少し身分の釣り合う、あわよくば同じ年代の相手を探すために夜会に出席しているのが実情である。

「どうして陛下は平気でいらっしゃるのかしら」
「海姫様のお考えがあるのかもしれないわ」
「それとも本当に仮初かりそめの婚約者様だからかもしれなくてよ」
 声をぐっと潜めて囁きあう少女達は楽しそうだ。

 こんな所でこんな話をして、何をしに来たのかと思う。
 そんな話は私的なお茶会ででもすればいいのに。
 くだらない皮肉の言いあいも、夜会も、つまらない見栄も大嫌いだ。
 徒弟になるために王都に来たはずだったのに、自分はこんな所で何をしているのだろう。
 楽しくてしょうがない、と言わんばかりの彼女たちに内心嘆息する。
 慇懃無礼。
 海姫様、その呼び方がすでに侮辱に聞こえた。

 国王の婚約者シーア・ドレファン。
 彼女は国庫を慮ってドレスを新調しないのではないだろうか。
 勝手な希望的観測だという自覚はあったが、そうだといいなとカリナは思う。

 荒廃した時代、議会によって国庫も蹂躙されたと聞き及んでいる。
 養父がほとんど家に帰れないのも、まだ問題が山積みだからだと知っていた。
 「海の国の黒真珠」と呼ばれる美しい人は毎回同じドレスではあるが、髪形や飾りなどが全て違うというのは少女達からの情報である。
 しかも今回は生花。
 それも珍しい品種ではなく、城の庭園で見かけるようなものだった。

「あれだけお美しいんですもの、髪形や装飾品でいくらでも補えますわよね」
 たとえドレスが同じでも。
 言葉の前後からすると「卑しい出自の人間にはお金を掛けるだけ無駄」という内容だった。
 無駄金ばかり、浪費する事しか考えないのか。

 黙って聞いていたカリナはキュッとこぶしを握った。
 我慢、我慢。
 聞こえないふり。
 そうするつもりだったが、少女もまた「ドレスなんて着回せばいいじゃない」という主義であった。
 聡明な方のなさる事は分からない、そう話に乗っかって言えばよかったのだろうが。

「もしかしたら物事の本質を見極められた方の聡明さは、わたくし達のような凡庸な人間には考えも及ばないものなのかもしれませんね」
 反論の意を回りくどく、ささやかながら混ぜてしまった。
 回りくどければ聞き流してもらえるかとも思ったが、それなりに感じ取るものがあったのだろう。

「カリナ様も同じようなご出身であらせられますものね。海姫様のご配慮はわたくし共には理解できずとも、カリナ様ほどの方でしたらご理解できるのかもしれませんわね」
 下賤な田舎者同士なら、という意味だろう侮辱を吐いて隣に座っていた令嬢が急に立ち上がる。
 日頃、田舎の平民出身のカリナ・クロフォードが才媛と評価されているのも令嬢達には面白くなかった。

「さすが立派なご両親をお持ちの方は違いますわ」
 令嬢の吐いた言葉。
 それを耳にした刹那、瞳に剣呑な色を浮かばせたカリナも続いて立ち上がった。

「どういう、意味ですか」
 令嬢の言う通り、両親への侮辱を聞き流す事が出来るほど、少女の生まれはよろしくなかった。

 険悪な空気が場に満たされたその時、鈴を転がすような軽やかな声が落とされる。

「あら、こんな所に可愛らしいお嬢様方はお集まりになっていたのね。これでは殿方の皆さまが男性同士で踊る羽目になってしまいますわ」
 背後の垣根の向こう側から、黒真珠と呼ばれる美女がにっこりと愛想よくほほ笑んでいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【短編】記憶を失っていても

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
 7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。  そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。  これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。 ※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

処理中です...