海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~

志野まつこ

文字の大きさ
22 / 67
第二章 わだつみの娘と海の国の婚約者

10、やっぱり女の子はみんな可愛い

しおりを挟む
「シーア、様っ」
 突如現れた国王の婚約者シーアに少女達に動揺が走り、カリナは我に返る。
 思わず右手を耳の上にすき入れるようにして髪をつかんだ。
 危うく、手が出るところだった━━
 己の浅はかさに手が微かに震えた。

「もうすぐ音楽が変わる頃です。会場に花を添えていただけるとわたくしも嬉しいわ」
 たおやかな様子ながら、会場に戻れと、とても分かりやすい指示だった。
 三人の令嬢たちは慌てて礼儀作法にのっとった礼をとり、その場を足早に去る。出遅れたカリナも同様に礼を取って下がろうとしたが、そこに声が掛けられた。

「髪、直していきましょう?」
 驚いて顔を上げれば、美女は少女の様子をうかがうように小首をかしげていた。
「喧嘩を仕掛けておいて親を出すのはルール違反というものです。よく我慢されましたね」
 美しい人はそう言ってくれるけれど。
 自分は我慢など出来なかったのだ。
 優しい声にかぶりを振りたい気分だったが、そっと細長い手が伸びて金色の頭に触れるのでそれは果たせなかった。

「どうしましょうね。直すには初めからになるかしら……」
 そう言いつつシーアはごく自然な流れでベンチにカリナを座らせるとレースの手袋を外して乱れた髪の状態を確かめ、チラリと脇を見やる。そこにはいつの間にか控えていた侍女が立っており、「失礼いたします」とカリナの髪の状態をのぞき込んだ。

「これで隠れないかしら」
 シーアは首を傾げながら自分の耳元の花に手をやる。
「ご自分で取らないでください、シーア様までぐちゃぐちゃになりますから」
 侍女はシーアの動きを制すると、カリナが留める間もなくシーアの髪から白い小花の束を取ってしまった。

 まさか、そんな。
 カリナは顔面が蒼白になる思いだった。

「もう一つお花があるから大丈夫ですよ。これはわたしには可愛らし過ぎるようですし。気になさらないで」
 少女を気遣うシーアの言葉に、侍女は小花を手に思い起こす。
 もう一つの候補だったあれは今日のお顔が派手だから、毒々しくなりそうだったのだけれど。
 少しばかり不安に思っている侍女にシーアは手の平をむけて小花の束を催促して受け取ると、女性にしては大きく、縦に長い印象のある手でカリナの髪に触れた。

「こんな可憐なお花は可愛らしいの方が合うでしょう。ああ、ほら。やっぱり可愛いらしい。乱れたところも見えくなりましたよ。あぁ、本当にお可愛らしい。まるで妖精さんのようですね」
 可愛い可愛いと繰り返し、出来映えにすこぶる満足そうにして立ち上がったシーアはカリナに手を差し伸べる。
 吟遊詩人たちが黒曜石のようだと紡ぐ瞳はとても生き生きとしていた。その瞳から目を放せず、自然とその手を取ってしまってからカリナは愕然とした。
 それほどまでに美女の仕草は自然だった。

「申し訳ありませんっ。ありがとうございました」
 事もあろうに国王の婚約者手ずから髪を直してもらった挙句、紳士の真似をさせるなんて━━血が引くのを感じた少女の心境は絶望に近かった。
「とてもお可愛らしいのだけど、その花はもうみんなに見られてしまっているから、また何か言われてしまうかもしれません。控えで変えた方がいいでしょう」
「いえ、お気遣いいただきありがとうございました。大変申し訳ございませんが今夜はもう退席させていただきたく思います。本当にありがとうございました」
 繰り返し礼を取っているところへ、夜会の警備のため見回りの最中であった短髪の護衛隊隊長グレイが現れた。

「……こんばんは、お嬢さん」
 グレイは初めて見るその組み合わせを見比べ、明らかに当惑しているカリナの様子にぴくりと眉間に皺を寄せてシーアを睨んだ。
「お嬢さん、こいつにからまれてんですか?」
 相変わらず失礼な物言いでカリナにそう問いかけ、その砕けた調子にシーアはちろりとグレイを見やった。

 カリナは養父オズワルド・クロフォードへ先に帰宅する旨の伝言をグレイに依頼して退席した。
 カリナにとってグレイは養父の直属の部下で知己の仲であり、同じ北方の出身であるため他の大人達より幾分話しやすい人間でもある。

 少女の背を見送ったグレイは、隣に立つシーアを上から下まで一瞥する。
 世界各国を航海してきた彼女は、地域によって異なる化粧方法を組み合わせる事で別人のように姿を変える技術を独自に確立していた。
「お前やりすぎだろ。詐欺じゃねぇか」
 カリナが充分遠ざかった事を確認してから、普段の姿とはまるで違う化けっぷりに実に嫌そうに言った。

 オーシアンの黒真珠とか、本当に勘弁して欲しい。

 シーアはグレイの言葉に気を害した様子もなく、勝ち誇ったような笑みを浮かべただけだった。
 そうしていると腹に一物はらんだ、癖のありそうな美女にしか見えないのがまたグレイを腹立たせる。

「あの子知ってるの? あんな可愛い子と知り合いなんて意外だったよ」
 にやにやと楽しそうにシーアが尋ねれば、グレイは仏頂面で口を開いた。
「元帥のお嬢さんだ」
「オズワルドの? へぇ……」
 意外そうな顔をした。親がオズワルド・クロフォードであればあんな嫌味を言われるいわれはない気がするが━━
 左の口角の上をレースのグローブをはめた指でなぞる。
「おい。あの子はだめだ」
 シーアの思惑に気付いたグレイが厳しい声で言うので、彼女は驚いたようにグレイを見上げた。
「え、狙ってんの?」
「違ぇよ。あの子は元帥の知り合いの酪農家の生まれだ。出稼ぎ希望で元帥の家に下宿してたけど、いろいろあって養女になっただけだ」
 だから、レオンの嫁にするには可哀想だと言いたいらしい。
 グレイは少女とは同郷なのだと言った。

 なるほど、それでか。
 シーアは令嬢たちの当てつけの意味と、グレイを見た時に少女の緊張が少しだけ和らいだ理由を知る。
 それから口元に手をやったままシーアは唇を尖らせた。
「そっか、残念。まぁ宰相まがいの人間の娘さんはさすがにまずいかぁ」
 権力が偏り過ぎてしまう。
 そういう配慮は出来るのに、どうしてレオンにだけは残虐非道なのか。グレイは苛立った。

 現在この国でレオニーク・バルトンのお妃選出に最も力を入れているのは、実はこの婚約者なのである。
『婚約ごっこをしてる間にいい子がみんな売れちゃったらわたしの二の舞だぞ。今のうちにめぼしい子を確保キープしとかないと』
 そう言ってお妃選びに余念がない。
 夜会で外に出たカリナ達をわざわざ追いかけたのもそのためである。

 海姫を王妃に、など馬鹿げている。
 非常識にも程がある。
 この婚約に乗り気である上司オズワルドに反してグレイは否定的であるが、幸いにもシーア本人からもその気は微塵も感じられなかった。

 この女は仕事が終われば確実に出て行く。
 こいつはそんな人間タイプだ。

 その点ではグレイは少しばかり安心できた。彼女を認めるようで癪な気がするのも否めないが、彼女はその点においてだけは信頼に足る人間だと思っている。

 グレイは北方の山岳地帯の出身である。
 海岸線に近い人間と違い彼等はドレファン一家に対する知識が少なく、彼等に対する認識も違う。
 海に生きる人間は親しみと尊敬、そして畏怖を込めて「海王率いるドレファン一家」と呼ぶが、内陸の人間になるほど「海賊まがい」という印象を持っていた。
 よって彼女が国王に対して一線引いた態度を取るのは、彼としては歓迎すべきであるはずであった。
 しかし、つい思ってしまうのだ。

 こいつひでぇ。鬼だ。

 懸想する相手にこんな仕打ちを受けている親友。
 同じ男として考えた時、どうしても同情を禁じ得ないのである。

 帰る間際、カリナ・クロフォードが振り返った先にはピンクから中央に向かって赤紫になるグラデーションが美しい、大きな八重咲きのダリアを髪に飾った先ほどの佳人の姿。
 それは確かに白い清楚な小花よりもよほど濃紺を纏う婚約者に似合っていた。


 その夜遅く、化粧を落とし普段の麻のズボン姿になったシーアはいつものように国王の執務室を訪れる。
「おつかれさん。参考までに聞くけどさ、十歳以上年下ってどう?」
 部屋に入るや否やそう尋ねられたレオンは、それは嫌そうな表情を浮かべると実に冷ややかな視線を婚約者に向けたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【短編】記憶を失っていても

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
 7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。  そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。  これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。 ※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。

朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

処理中です...