海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~

志野まつこ

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第二章 わだつみの娘と海の国の婚約者

15、ただいま。酒盛りしよう。

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「ただいまっと。ウィンナー持って帰ったんだけど茹でたら食う?」
 夜も更けた頃、国王の執務室のドアから上半身をのぞかせたシーアは軽い調子で言い、延々と続く書面の字を追う作業に疲れを感じ始めていたレオンは、そのタイミングに思わず顔をほころばせた。

「ああ、疲れてなかったら頼む」
「じゃあ酒選んどいて」
 シーアは先ほどと同様に軽く応じると上半身をひっこめた。
 いつも簡単に入室してくる彼女だが、扉の前には二人の守衛がいる。
「婚約者の入室を無条件に許可する」といった指示を出した記憶はない。
 守衛を無能だとは、思わないし、諫める気もないが━━ただ、いったい何と言いくるめているのだろう、そうレオンは首をひねるのだった。

 予めグレイには急ぎの要件がなければ報告は翌朝でいいと伝えてあった。
 グレイは「山賊に襲われた件」を急ぎの要件ではないと結論付け、オズワルドにカリナを無事送り届けた報告をして早々に帰宅した。
 彼はかつてないほどの精神的疲労に見舞われていた。
 山育ちで日頃心身ともに屈強タフな護衛隊隊長の疲労困ぱいぶりは気の毒なほどで、山賊云々の報告を受けたオズワルドが、労いだけで帰したほどであった。


 しばらくして厨房から戻ったシーアの手には小さな鍋があった。
 食の好みが似通っている二人は焼いた方が好みだが、今はまだ暖炉を使うには早い。しかしシーアが湯を捨てずに部屋に持ち込んできたのおかげで、噛めばぷちっと皮がはちきれる食感を楽しめた。
「おつかれさん」
 シーアがそう言ってグラスを目の高さにグラスを掲げるとささやかな酒宴が始まる。
 彼女が仕事をする人間をよく労うのは昔からの事だった。
 しかし国王と言う立場になり、そんな労いをかけられる事もなくなったレオンは彼女にそう言われる度に軽く動揺し、同時に驚くほど満たされた気分になる。

「母はどうだった?」
「鶏肉の料理食べさせてもらった。ほら、船でお前が作ったやつ」
 レオンが尋ねれば、婚約者は的外れな事を嬉しそうに答える。
 友達の家に行った子供の報告にしか聞こえない内容だったが、レオンもつられて表情を和らげた。
「よく覚えてたな」
「内陸の料理だったんだな、通りであれ以来お目にかかれなかったわけだよ」
「そんなに気に入ってたのか。言ってくれればいつでも作ってやったのに」
 驚いたように言ってレオンは目を細め、シーアも喉を鳴らして笑った。
 その様子は「王様がそんな事してる暇ないだろう」とでも言っているようだった。

「なぁ、お袋さんってさ」
 言ってからほんの一瞬言い淀む。
 彼女が言いかけてやめるのはごく珍しい事だった。

「どこにでもいるちっちゃい可愛いおばちゃんでびっくりしたよ」
 一瞬の逡巡の後、彼女が本題を避けたのをかつての相棒は悟ったがひとまず流した。
「よく気付いたな」
 国母役を任せている護衛は「可愛いおばちゃん」という風貌ではない。
 シーアが真相に気付いた事を知ったレオンは楽しそうに、そして嬉しそうに言って杯を傾ける。
 酒をたしなむ様まで絵になる男だった。

「まー、二人の態度は徹底してたよ。普段から二人で家事やってるってのがいいんだな、あれは」
 国母の給仕の姿は堂に入っていた。
 もともと王城で給仕をしていたのだから当然ではあったが。
 国母役が「国母として」の城主を演じていたら綻びが生じていただろう。

「まずバレないだろうな。ただなぁ、今回の場合、グレイがなぁ」
 そう言ってシーアは口元を緩める。
「怒らないでやれよ? あいつお袋さんに気を遣い過ぎだよ。よっぽど世話になってたのか? あれじゃホントに友達のお母さんに対する近所の子供だって」
 給仕として荷物を持とうとすれば遠慮し、食事を運ぼうとすればあまつさえ手伝おうとする有様だった。

「レオンの母親」に対する態度が見ていて微笑ましい反面、おかしくて仕方なかった。
 それを聞いたレオンも素直に嬉しそうな顔で笑う。
 そうした「息子の一番の友達」の態度が嬉しくて仕方ないのは国母も同様だった。その瞳が子供を持つ母親の目だった。
 そして、シーアにまで「息子の婚約者」に対する温かい目を向けるのだ。

 温厚で人畜無害に見えて、ああいうのが一番やっかいで苦手だとシーアは思う。
 ━━あんな人を騙すのはどうにも気が引ける。
 レオンとの関係を素直に白状できたのはシーアにとっても幸いだった。

「毒の話聞いて心配したけど、ぱっと見た感じじゃ元気そうだったぞ」
「まぁ毒なんて飲んでないからな」
 レオンはあっさりと白状し、シーアは「やはりか」と嘆息した。

「そういう国家の重要機密をあっさりバラすなよ」
 唇を尖らせて杯に口をつけながら、シーアは心底嫌そうに言った。
 知りたくもないのだから、聞いてもいない事まで勝手に明かさないで欲しい。

 内情を知り過ぎるのは危険だ。国を出る時に面倒な事になりかねない。
 それがこの男の計略の布石である事に、気付かない彼女ではないだけに本当にうんざりとするのだった。
 こいつはこんな男だったのだろうか。
 少しだけ、暗澹たる思いがした。

 明敏な頭脳の持ち主であるレオンは毒を盛られたのをいい事に、被害をでっちあげて糾弾の材料にした。
 そうして母の安全をも確保したのだった。
「腹黒いこった」
 シーアはそう言ったが、そういう手法は嫌いじゃない。その証拠にその顔には楽しそうな笑みがあった。
 言われた方も薄く笑う。

 本来、レオニーク・バルトンという男は正攻法を好む人間だった。
 聖人君子とまでは言わないが、まっとうな手段を執りたいと思っていた。
 しかし彼のまわりの状況が変わり、それでは自分の身に危険が及ぶどころか、何も守れない事を悟らざるを得なかった。
 必要に応じて柔軟な態度を取るようになり、その後海王ウォルター・ドレファンに出会えたのは彼にとってまさしく僥倖だった。
 口八丁、手八丁たる海王の姿は、レオンにとって一つの光明となった。
 そんなレオンにシーアは杯を掲げ、もう一度乾杯を要求する仕草を見せる。
 彼の謀略の成功。
 そして彼の母の安寧の生活に、二人は乾杯したのだった。


「眠れたか?」
 2本目の酒が空になる頃、ふと頬に手が伸ばされた。
 触れられる前にシーアは、顔の回りを飛ぶ虫にでもするかのようにしっしと手を振って追い払う。

「いつまでも子供扱いすんなって。あれからちょっとは成長したんだ。前は仕事中の出先じゃ徹夜してたけど、浅い眠りを保てるようになって何かあったら起きられるようになった。数日なら余裕だ」
 そう言うとシーアは杯に残っていた酒を一気に空けて立ち上がった。
 酒宴は仕舞いらしい。
 彼女はレオンの空いたグラスに手を伸ばして催促し、右手に二人分のグラスと小皿、左手に小鍋を持つ。
 彼女はもともと器用な人間だ。給仕や侍女に扮する経験も少なからず持つ彼女のその様子は実に手慣れていた。

「もうここにも慣れたし、これからは部屋で寝るよ。今まで悪かったな」
 今回の仕事は長期戦だった。
 自分の領域外であるこの場所では常に気を張っている状態が続いた。
 浅い眠りで心身の疲労を回復させる事は到底出来ず、レオンの元で短時間の深い眠りを取る事でこなしてきたが、この城の空気にも慣れてきた。
 安心して夜を過ごせるようレオンが手を回しているのも知っていたし、グレイの敷く警備体制も確かなものだと信用できるところまで来た。
 ようやく寝室でしっかりとした睡眠が取れるだろう。自分も、この多忙な国王も。
 状況上仕方のない事であり、レオンも必要項目だと理解していると分かっていたが、それでもシーアは少なからず申し訳なく思っていたのだ。
 
 ソファに背を預け、床に座ったままのレオンは「そうか」とだけ言った。
 それまで二人は床に置いたグラスや鍋を挟んで座っていたので、腕を伸ばせば簡単に触れられる距離だった。
 酒に力を借りた体で試しに手を伸ばしてみたが、案の定つれない態度で返された。
 手を伸ばせば簡単に触れられるその距離が、彼女との間では途方もなく遠い。

 この気負わない距離感も悪くはないとは思っていたが、近すぎるだけに、つい欲が出てしまいそうになるのだ。

 下手に手を出そうものなら確実に彼女は離れて行く。
 今はこの距離感に満足せざるを得ない。
 ましてや彼女が「最後の大仕事」としている国家存続に関わる一件が片付くまでは、この距離を保つしかない。
 重々承知はしているが、そこに「部屋で寝る」などと追い打ちを掛けられた国王は、保護した小鳥を放すような僅かなさみしさとともに、内心深いため息をついた。

 今後はこれまで通り寝室に戻る事を考えて、ふと業務連絡を思い出す。
 もっと早く言っておくべきだったのだが、彼女の生活習慣からしてその可能性がなさそうだったので今更になった。

「そんな事にはならないだろうが一応言っておくぞ。俺の寝室に入る際は窓からは絶対に入らないように。警備が混乱する。用がある時は扉の守衛を通して扉から入ってくれ」
 奔放で信用ならないので扉を2回言った。

「そんな事にはならないし、どんなに急用でも客人に気は遣うからから安心しろ」
 シーアはそう呆れと侮蔑の混じった顔でレオンを見る。

「客人はいないから安心してくれ」
 レオンはひどく疲弊した様子で嘆息混じりに呻いた。
 そんな彼にシーアは「はいはい」と軽く応じる。
「分かってる分かってる」と言わんばかりの態度だった。

 国王は思わず生じた大いなる誤解に、先ほどとは違う濃い苦悩のため息を漏らしたのだった。
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