海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~

志野まつこ

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第三章 わだつみの娘と海の国の物語

6、隊長さんのおうちは居心地がいい

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 宰相まがいのオズワルド・クロフォードの養女カリナはいつものように馬車で登城した。

 シーアの紹介で手伝いとも見習いともいえぬ身分で週に三日、国庫管理室にてリザについて経理の仕事の補助をしながら学んでいた。
 田舎から出てきたのは自分で稼いで仕送りをするためだった。
 現在は養父がその分を補助している。これまではそれを不本意に感じつつも甘えることしか出来なかったカリナだったが、シーアの紹介により国庫管理室で見習いのような仕事に就けることが決まった時、心から喜んだのだった。

 クロフォード家の重厚な馬車が城門を通過する中いつものようにの窓から門番に会釈をした際、カリナは目を見張って体をこわばらせた。
 兵が小さな子供を拘束している。
 王城の護衛隊は無体はしない。
 気になって馬車を止めるよう御者に願い出れば北方訛の少年の声が聞こえた。

「王妃の金遣いが荒いからうちの領地の川の整備が止まったんだ! 町医者への寄付も減って医者が逃げた!」
 そんな言葉を断片的に拾ってカリナは「ああ、これは」と思う。
 国庫管理室で働いているとはいえまだ計算をするくらいの補助的な仕事しかしていない。
 しかし考えずとも分かる。
 少年の領主は不正を働いている。
 もう本当に、馬鹿じゃないのか。カリナはうんざりと嘆息したのだった。
 ここで少年を保護しておいてもらえないだろうか、それとも誰かに使いを頼んで国庫管理室の人間を呼ぶべきか。
 逡巡し━━
「おはよう、カリナ。今日は仕事?」
 口を開こうとしたそこへ城門の上から話題の人の声が降りてきた。
 どうしてこの方はいつもこんなに間がいいのだろう。

 王妃となってもシーアは毎日の海の状態確認を怠ることはなかった。
 ひどく荒れそうな日は注意するよう通達を出し、近海における海の事故は格段に減ったという。
 海の国オーシアンの人々は、海姫が娶られた事を心から歓迎した。
 海の確認には小間使いの姿で足を運ぶ彼女は今日も地味な麻の衣服であり、門の衛兵達などはみな王妃の小間使いだと思っているほどである。

 この服のどこに金がかかると言うのか。
 カリナは苛立った。
 
「坊主、ここの王妃は金遣いが荒いって? ドレスとか宝石とかって事?」
 シーアは下世話な噂に食い付く市井の人間のように子供に尋ねた。
 まだ十を幾年か過ぎた頃の薄汚れて痩せた少年は冬の寒さが残る中、薄い外套を纏っただけの薄着である。

「だから国への税金が上がって金が回らないって皆言ってる」
 いやいや、この人お金かからないわよ。リザならそう言うだろう。
 王妃に関しての出費を見たリザはソマリの商人の奥方の方がよっぽど金を使っているかもしれないと首を傾げたほどである。

「んー、そうか。困ったな。グレイを呼ぶか」
 シーアは頭を掻き、カリナは動揺する。
 なぜここで護衛隊の隊長を呼びだす事態になるのか理解できない。
 国家への直接の上申は確かに罪となる事もある。
 けれどこの少年が彼を呼び出すほどの罪を犯したとは思えなかった。

「あいつんち、町の方なんだろ? 預かってもらおう」
 眩しい笑顔にカリナは遠い目で天を仰いだ。
 この人はあの気のいい隊長さんを怒らせる天才だと思う。

 城門にて「火急の問題が発生した」と報告を受け、「隊長の判断を」と乞われて行ってみれば小間使い姿の王妃がいた。そのまま踵を返して戻りたいと思ったグレイだったがその傍で助けを求めるようなカリナの瞳と目が合い、思いとどまる。

 直訴に訪れた骨のある子供を預かっといてくれと、いつもの嫌な笑顔で言われた。
「口封じとかの可能性もあるからさ」
 大丈夫だとは思うけど。カリナには聞こえないよう声を潜めて囁く王妃。
 耳元で話すんじゃねぇ。そんな彼女をグレイは八つ当たり気味に睨み付けたのだった。

 夕方グレイがジェイドを引き連れて自宅に戻れば焼き菓子の甘い匂いの香りの中、リザとおさげに侍女のお仕着せ姿のカリナが北方地方で好んで使われる分厚い敷物の上に直に座ってくつろいでいた。
 笑顔で「おかえりなさい」と主を振り返った彼女達の横で、少年が猫のように小さく丸まって眠っている。
 そこに黒髪の女がいない事にグレイは心底安堵を覚えた。
 彼はどうあってもこの家だけは彼女に知られたくないと切に願っていたのである。

 テーブルにはグレイ達の郷里の焼き菓子が器に山のように積まれている。
 春を喜ぶ祭りの際に作られるもので、じっくりと長時間焼いたそれは歯が痛くなるほど硬い。けれどその硬さが癖になる一品だった。
 甘さは控えめで、保存もきく北方の山岳地帯独特のものである。
「すごい量だな」
「トキヨさんとフミさんに教えていただいたんです。作り方が分からなくなってしまっていたんで」
 グレイの館に住む二人の手伝いの老女を慕っているカリナは照れたように、嬉しそうにグレイを見上げた。
 各家庭で祖母や母親から作り方を教わるのが通例だったが、ほとんどその機会に恵まれなかったカリナはここでそれを学ぶ事が出来た事を心より喜んでいる様子だった。
 
「お嬢さんはもう帰りな」
「言った通りでしたでしょう?」
 少しして発せられたグレイの言葉にリザは優しく微笑んだ。
 いくら養父の部下とはいえクロフォード家の令嬢が単身で男の館に立ち入るのはあってはならない。
 これまで養父の用事で養父と共に訪れた事もある。
 こじんまりとした館の中は北方の山岳地帯の文化の色が濃く、カリナにとってとても落ち着くこの空間は愛おしいものであった。
 暖炉の前に敷かれた分厚い敷物も、テーブルに乗せられた鍋敷き代わりにもなるマットも北方の伝統工芸である。
 北方訛の二人の老女との会話もとても楽しく、彼女はこの家を気に入っていた。

 だから。
 こういう時、カリナは少しだけ、ほんの少しだけ自分の肩書を恨めしく思ってしまうのだ。

 カリナが帰宅すると聞いて手伝いのフミが大量に作った焼き菓子を紙袋に詰めてくれた。
 養父であるオズワルドも北のこの焼き菓子を気に入っていからきっと喜ぶだろう。

「明日のおやつにしましょう」
 明日もカリナが登城の予定と把握しているリザが取り繕うように笑えば、グレイは少し考えるそぶりを見せた。
「あいつにも声かけとこうか?」
 不本意ではあったが、少しだけ気落ちした様子のカリナを気遣ってそんな事を口にした。少女は軽く目を見張り、それから━━それは嬉しそうに、春の花のように顔をほころばせる。

「まあ、あいつに会う事があったらになるが」
 この焼き菓子は北方で隠居暮らしをしていた頃にレオンも気に入っていた。それを知るグレイだが、自分が持って行くよりもシーアが持って行った方が喜ぶだろう事も想像するに難くない。
 グレイはやや憮然とした顔で言っているが、「きっとこの隊長さんは朝一番でシーアを探してくれるんだろうな」とリザは内心そう小さく笑ったのだった。


◆◇◆
「あの子が浪費家なんて」
 カリナが帰宅した後、リザは鼻で笑うようにそう吐いた。
 相変わらずドレスも装飾品もほとんど新調しようとしないというのに。
「少しくらい使わないと、陛下がケチだと思われるわよ」と言えば、「じゃあネックレスとかは石を外して台座を作り直すか」などと言うのだ。
 陛下も本当に気の毒だと思わずにはいられない。

「不正の方はそっちで何とかするんだろ?」
「もちろんよ。割と最近からでしょうけど過去の資料から調べて、後悔させてやるわ。ついでに似たような馬鹿な事を考える連中がしばらく出ないように今回は国庫管理室の総力をあげて徹底的に叩くわよ」
 グレイからの確認に楽しそうに笑ったリザの瞳は笑っていなかった。

 シーアに嫌疑をかけた。それはリザにとって到底許されるものではないのだ。
 見せしめになってもらう良い機会だ。
 それらが私情からなるものだと自覚しているが、リザは容赦する気はなかった。
 もとより国のためにもなるのだ、躊躇などする必要はない。

 強い意志をその横顔に見て取ったグレイは内心嘆息する。
 どいつもこいつもどうしてこんなに仕事馬鹿で、そしてどうして皆してあの女に甘いのだろう。

 グレイがジェイドを連れて自宅に戻ったのはリザを送るためだった。
 二人とも王城内の兵舎と宿舎に暮らしている。
 出荷の馬車に乗りこんで単身直訴に訪れた少年はグレイの同郷の護衛隊員が自宅まで送り届けると言う。
 
 隊長さんは本当に気の回るいい男ねぇ。
 帰りの馬車に揺られながら、いかに今回の背徳者を追い詰めるか算段しつつリザは苦笑する。 

 先日の新米国庫管理管の暗殺騒動は過去の不正が明るみになる事を恐れた元議員の差し金であった。
 今回の領主による資金流用は、国王が王妃を娶ったこの機会に思いついたのだろうが利用したのが実に庶民的で風変わりな王妃で、そんな彼女に大恩を感じているリザがそれを調べる立場にいた。
 相手が悪い事に北方の領主は気付けなかったのだろう。

「この国もまだまだ落ち着かないわね」
 御者台にて手綱を握るジェイドに聞こえようが、返事が返って来ない事は分かっている。
 リザは堂々と不敬にも捉えられかねないそれを呟いた。

 翌日「なんかいいものあるんだって?」と午前中のお茶の時間にひょっこりと国庫管理室に現れた王妃を見たリザは「やっぱりね」と心の中で呟き、グレイの人の良さにひっそりと微笑んだ。
 ジェイドが夜に訪れるかもしれないので彼の分も別に残してある。
 彼も昨夜グレイ宅の手伝いから土産に受け取っていたが出せば喜んで食べるだろう。
 表情の変化に乏しい美形の青年が実は甘いものが好きで、なおかつ大食漢である事を知るリザには彼が黙々と食べる姿が容易に思い浮かび、やはりそれは現実のものとなるのだった。

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 グレイ宅のお手伝いのお婆ちゃんたちは東洋系の名前にさせていただきました。
 東洋系=めったに出ない侍女さんやお手伝いさんと覚えていただけるといいかと思います。
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