ソード・アンチノミー

Penドラゴン

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【1-4b】クロエとママのサバイバルキャンプ

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 クロエとママは手を繋ぎながら、暗い森を離れるように移動する。木々に苔が生して空気が湿っぽい森の中を歩いていく。


 すると、クロエが頭の獣耳をピクッと動かして、繋いでいたママの手を話して少し前へ駆けていき、


「あ、クロエ! 離れちゃ……」


「ママ! ,#|%%?[{["!」


 何やら嬉しそうな顔で先を指差して、走っていく。


「クロエ、待って! もうっ!」


 ママはクロエの後を追うと、やがて地面は小石の道になっていき、木々のトンネルを抜けると渓流が見えた。


 クロエに追いつくと、クロエは川を指差して、


「,#|%%?[{["! ,#|%%?[{["!」


「川ってことかしら?」


 頷くクロエの頭に手をポンと置き、岸で辺りを見渡す。川の流れは穏やかで、深さは一番深いところでもママの膝辺りのようだった。


「そうね、ここなら安全そうだし、魚が取れるといいんだけど」


 ママは再度辺りを見渡して、来た道にあった木の根本に寄って土を掘り返す。後ろをついて行ったクロエは傍でその様子をぽけーっと見るが、ママが掘り起こしたミミズのような緑色のウネウネした生き物を見ると顔を青くした。


「]|>!-*>:<{……」


「ん、クロエ? ミミズ苦手かしら? じゃあ、クロエは……」


 ママは少し考えると、地面に落ちていた小さい枝を拾ってクロエに握らせたが、


「ええっとね……、つまりだから……」


 どう伝えればいいかわからず手をフラフラさせていると、クロエは晴れた顔で頷き、近くのに落ちていた枝を拾ってママに見せる。ママはニコリと笑いかけて、


「そうそう! それを集めて……」


 通じない言葉の無力を感じて語調が弱くなるが、クロエは落ちている枝を次々と拾い始めて、ママは安堵のため息をつく。


 10匹分のウネウネしたものを手のひらに収め、気色悪さに顔を歪める。大きな葉っぱを見つけてそれに包むと、川岸へ歩いていく。


 ママは枝集めで木と木の間をテトテトと歩き回るクロエを呼ぶと、クロエは枝拾いを終わらせて、短い腕いっぱいの枝を抱えてママについていく。


 ママが両手の指で地面を指すと、クロエは少し頭を傾けながらも、抱えた枝を地面に置く。ママが汚れた手を川の水で洗ってからクロエの頭をよしよしと撫でると、クロエは顔を緩ませた。


「よしよーし。ありがとねー。それじゃあ、次は池を作ってと……」


 ママが川に近づくとクロエもついてくるが、手のひらを顔に突きつけると止まってくれたので、頭をナデナデする。


 魚は陰に集まりやすいことを思い出して、岩陰に近い水辺に石を積み重ねて円状の水たまりを作り(ここだけクロエに手伝ってもらった)、その中にミミズのようななにかをエサとして入れた。


 川からの入り口から魚が入ってくるのを待つこと15分。10センチほどの魚が入ってきたので、入り口を塞ごうとするが、


「ばうっ!」


 クロエが勢いよく手を水たまりを払うと岸に魚が飛んでいった。


「……、クロエ、すごいわね……」


 と、ママは呆気にとられ、思い出して目をぱちくりさせて待っているクロエの頭をナデナデした。













 そうして食べ物を求めて探し続けていると、空が真っ暗になっていた。


 石の摩擦で起こした焚火にあたっていると、クロエがあくびする。


「ふふっ、今日はいっぱい歩き回ったものね。もう寝ましょうか」


 ママはクロエを背中から抱きしめてゆっくり川原に倒れ込む。


 夜の冷たい風が背中を撫でて震える。


「……。毛布がないの、辛いね……」


「マーマ」


 クロエが小さい声でそう呼ぶと、ママの腕に収まった小さな体をモジモジさせる。おしっこかと腕を緩めると、体をママに向けて抱きしめた。


「クロエ……」


「ママ。マァマ」


 短い腕を背中に回してポンポンと手で優しく叩く。そんなクロエを抱きしめ返した。


「ありがとう、クロエ……」


「ママ、マァマ、マァマ……」


 優しくそう呼び続ける。眠気で少しづつ声が沈んでいっても、クロエは「ママ」と、ママは「クロエ」と呼び続けた。


 やがて、クロエの声はすぴー、という寝息に変わっていった。


「……。私に、『ママ』なんて呼ばれる資格ないのにね……」


 静かにふぅと息を吐くと、目を閉じて意識を眠りに落とす。













 きっかけは大学の入学式だった。


 サークルの勧誘でなんとなくアウトドアに興味を持って、アウトドアサークルに入った。


 今までは、いい会社に入るためになんとなく勉強していただけだったが、生きるために身につけるアウトドアには興味がわいてきた。本屋で目に入った専門書に手を伸ばしてしまうほど夢中になった。


 しかし、そこで人生の転機に巡り合ってしまったのだ。


 2つ上の先輩と夜の関係になった挙げ句、子供を孕んでしまった。


 先輩のことは好きで、結婚して子供も、と考えていた。子供ができてお父さんになって、喜ぶだろうと考えていた。


 先輩と私は大学を中退し、結婚。私は、男の子を一人出産した。


 しかし、それから私の夫となった先輩は変わってしまった。


 家事や育児を全て私に投げ、嫌になったと会社は辞め、私にパートで働けと迫った。


 通勤のストレスにやられたのか、酒に溺れ、夜の相手ができないと言う私に隠れて、風俗に通う始末。


 そして私や子供に理由のない暴力を振るい始めた。アザの数なんてもう忘れた。


 精神科に通うほど私の心は荒んで、飲み食いするだけの夫を見て、「なんでこの人を好きになったんだろう」と思い始めた。


 一度は夜逃げした。しかし、夫は居場所を探し当て、友人たちを使って私を追い詰めて、「この人からは逃げられない」と剃りこまれた私は、夫に毒を盛って殺害した。


 そして、あっさり逮捕。有罪の判決を受け、子供と離され、刑務所にて懲役生活を送りましたとさ。めでたしめでたし。


 とはならなかった。


 刑務所内で突如現れたマーブル模様の何かに吸い込まれると、見たことのない場所にいた。


 人は見当たらない。見渡す限り木、木、草、苔、根、草、木……。


 雨が降ってきたので、雨宿りに洞窟へ入ると、銅の剣が倒れかかっていた。なんとなくそれを拾い上げると、洞窟に目玉が一つしかない人型の巨体が眼中に迫り、脚に剣を突き立てて、死にものぐるいで逃走した。


 その後は、サバイバルテクニックを思い出しながら、なんとか生きながらえようと食べ物を探し歩いて、人にも出会えず、なんとなく生きながらえていた。


 その矢先に……。


 その矢先に……。













 …………。……ま……。


 まどろみの中、幼い声が聞こえてくる。


 …………。……まま。


 私は『ママ』じゃない。そんな風に呼ばれる資格なんてないのに……。


 ……マーマ。ママ!


 私のことを『ママ』って呼んでくれるの?


 あなたは……。













「ママァ」


 自分をそう呼ぶ声でママの意識は現実に戻ってきた。


 腕の中でもごもごと蠢く感覚で目を覚ます。視界に光が差して色づいていく。腕の中にいたのは、


「マァマ」


「クロエ……。おはよう……」


「? お……ぁ、ゆぉ?」


 クロエは目を丸くして真似をしてみるが言えていない。ママはクスッと笑い、頭を優しく撫でる。


「早起きで偉いね。朝ごはんにしよっか……」


 そう言った次の瞬間。


 ドシン……、ドシン……。


 遠くから地響きが聞こえて、それはだんだん大きくなって、地面に揺れが伝わってくる。


「!? 何!?」


「……!!」


 クロエは不安げな顔でママの体にしがみつく。ママはクロエを抱えて立ち上がった。


 地鳴りで雑木林は揺れ、小鳥が逃げるように羽ばたいていく。


 『それ』は目の前の木々を粉砕して、目の前に現れた。


 木よりも少し高い、一つ目の巨体。石と木で作った槌のような道具を持ち、右脚に小さな傷痕がある。


「!! あの時の……! クロエ、逃げるよ!!」


 クロエをお姫様のように抱えて、川沿いの森めがけて走る。


「グヲォォォオオ!!」


 巨体は雄叫びをあげて、ママの後を追ってくる。


 精一杯の力を脚に込めて疾走するが、巨体は足の動きこそ遅いが、歩幅が広く、ママに追いつきそうだった。


 ママは意を決して、道から外れて獣道に踏み入る。


 脚に蔦が絡もうが、枝が刺さろうが構わず脚を動かした。


 後ろを振り返ると、巨体は木々を蹴散らしてこちらへ進んでいく。


 脚の動きが鈍くなり、遅かれ早かれ追いつかれる。ママは伏せて、木の影に隠れると、クロエを下ろして、背中の銅剣を抜いた。


 ママはクロエの向こう側を指差した。クロエがそちらに振り向くが、ママへ向き直ると涙を浮かべて首を横に振る。


 ママはクロエの頭に手を置いて、自分も首を横に振る。


「私は最後まで、『ママ」』として、あなたを守るから……」


 ママは影から巨体に姿を見せて、剣を右手に巨体へ走り出す。


「ママァ!! ママァァアア!!」


 叫びを背中に浴びながら、剣を構えて巨体へ突進するママの身体は、


 巨体の槌の横なぎであっさり吹き飛ばされた。


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