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しゅり

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LV.10 自分の物は名前を書きましょう

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常識とはなんだろう。
普通とはなんだろう。



おかしい、そう思っているのは自分だけで、周りは何とも思わずむしろそれが普通だと思っている、なんて事は多々あると思う。逆もしかり。
それぞれ価値観なんてものは違うし、みんな違ってみんな良いという素敵な詩だってあるくらいだ。


でもこの状況は、どう見ても考えても、誰が見てもおかしいのではないだろうか。



結局、私1人どんなに頑張ってみたところで席替えが覆されることはなかった。


祥子ちゃんも席替えに関しては、ヤツからお金という賄賂を受け取ったため我関せず。
もはやこの学校内で私を助けてくれるのは、女子トイレだけかもしれない。


クラスメイトなんかはただ楽しんで傍観しているだけだし、誰かに助けを求めてみようにも麻生君によって床に沈められてしまうことだろう。


その例が楓君だ。

楓君だけが(と、何故かそんな楓君を応援する一部の女子)席替えに対しいろいろ反発してくれた。

けれど。
その度に麻生君によって殴る蹴るの暴行を受け床に沈むのだから、申し訳なくなって誰にも助けを求められなくなったし、求めようとは思わなくなった。


ちなみに楓君、席替えが行われたHR直前、突如として現れた黒ずくめの男に口を塞がれ、抵抗してみたもののロープでぐるぐるに体を巻かれ、放課後まで屋上に放置されたらしい。

なにそれ怖い、と言いたいところだが、それも全てヤツ、麻生奏の仕業なのだろう。


なんて用意周到なのだろう、ご利用は計画的にという某キャッチフレーズが頭をよぎった。




しかし何度思い出しても溜息しか出ない。
けれど怒りが頂点に達したせいなのか、ヤツとのキ、キキキスは犬に舐められたようなものだと暗示をかけることに成功し、封印することが出来た。



とりあえず今は考えるのをいったん止めて、今時間苦手な数学の授業に集中しなくては。

そう何度も繰り返し気を引き締めているのに集中出来ないのは、言わずと知れた隣の席のバカのせい。


チラリ、と。
横目でヤツを見れば、授業を聞くことなく、いろいろ数式の書かれた黒板を見るわけでもなく。
頬ずえをついてこちらをガン見しているのだから、居心地の悪いこと極まりない。




「えー、今日はみなさんにノートを提出してもらいます。おや焦っている人が何人かいるみたいですが普段授業をしっかり聞いて黒板をしっかり写していれば何も問題はないですよー。ですが最近提出されたノートや課題のプリントなどに名前を書いていない人が目立ちます。せっかく出来ているのですからもったいないですよ。自分の持ち物にはしっかりと名前を書くという事を今さらですが思い出してくださいね。」


先生がチョークを黒板に滑らせながらそう言った。


そう言えば私が今使っているノート、最近買ったばかりのもので名前を書いていない。
忘れないうちに名前を書いておかなくては。

ペンケースから油性ペンを取り出し、一度ノートを閉じてそこに名前を書く。


(松本、音、葉……、と。うん!綺麗に書けたかも。)




「……なに?」

肩に軽い衝撃を感じ、そちらを振り向く。
私の肩を叩くのはヤツ、麻生君で、その長い指は私の持っているペンを差していた。

どうやら麻生君はこのペンを貸して欲しいようだ。


(貸して欲しいなら口で言え、口で。)


けれどここで麻生君に貸しを作っておくのも、今後のために良い手かもしれない。
こんな事でこの男に恩が売れるとは本気で思っていないが、小さなことからコツコツと、だ。

はい、と油性ペンを何の気なしに麻生くんに渡す。
渡したまでは良かった。
そして麻生君はその流れでペンを渡した私の手を掴む。

……何故。


「今すぐに私の手を開放してもらえるかな?ん?……えっ?え!?な、な、なにして………っ!」
「松本さん静かにしてくださいねー。」
「えっ、先生!ちがうんです!あ、でも……いや、すみません……。」



てっきりノートに名前を書くと思っていたのに。
いやこの流れじゃ、誰だってそう思うはずだ。

なのに麻生君は私の右手を掴むと、裏表と、私の手を何度かひっくり返す。
どうやら何かを検討しているらしい。

予想外の行動に反応が遅れてしまう。

そして検討が終わったらしい麻生君はひとつ頷くと、私の手首にあろうことか私の貸した油性マジックで何かを書き始めた。


《麻生 奏》

「うわー、麻生君のサインかな?高く売れそうだねー!……ってあほか!」

自分の名前を。



またしても先生に注意され納得がいかないが直ぐに謝れば、先生はクルリとこちらに背を向けて、また黒板に文字を連ね始めた。


(どうして私だけ注意されるんだ……。)


うつむいた状態で自分の右手首を見れば、やはりそこには“麻生 奏”と書かれた文字。

これはなんのつもりなのか。
隣を無言で睨めば、麻生君は指先で私の右手首をトントンと叩いて「俺の。」と唇だけ動かした。



(……ああ、そーゆーことね。)

自分の持ち物に名前を書いたというわけか。
なるほど!先生が注意してたしね。


………いやいやいや、分かったけど、解りたくない!むしろわかっちゃ駄目なやつだ、コレは。
私は決して麻生君の持ち物ではない。


これまでの麻生君の行動プラスアルファで解ったけれど、やはり麻生君は決断と行動が同じなのだ。
戸惑いのなさがいっそ清々しくも思える。


(は!ダメよ音葉……!)

清々しく思えるなんてこいつに毒されてきている証拠じゃないか。




「……麻生君、ちょっと左手かして。」


こうなればヤケクソだ。

お金持ちの麻生君は、子供の頃からチヤホヤされてロクに注意されてこなかったに違いない。(偏見)
ならばここはクラスメイトである私が、“自分が人にされて嫌な事は、他人にしてはいけない”ということを教えてあげなくては。


それを麻生君に知らしめるためには何をしなければいけないか。
そんなの簡単だ。
目には目を歯には葉を、名前には名前を。
いつまりは私も麻生君に同じことをしてあげる、それしかない。


私の言葉に麻生君は戸惑うことなく、素直にその手を差し出してきた。
これから私がしようとしていることも知らないで呑気なものだ。

(麻生君め!思い知るがいい……!)

逆に私が少しだけ戸惑ったけれど、同じように彼の手首に私の名前を書く。




(どう?これで少しは懲りたんじゃない?)

麻生君め悔しがる顔を想像してフフンと鼻を鳴らした。


「……大丈夫。心配するな。」
「何が!?」
「松本さん、静かにしなさい。」

暫くの沈黙の後、麻生君は反省するどころか、私の予想の斜め上を行く返事をした。


どうやら私の行動は、麻生君に不愉快(私が)な誤解を植え付けたらしい。

麻生君は嬉しそうに、私が書いた私の名前をその指先で愛おしげになぞると、そこに口づけを一つ落とした。
そのせいでいとも簡単に封印されし記憶が解けてしまい、屋上でのキスを思い出した私は、急激に自分の体温を上昇させ「やめてよ!!」とこれでもかというくらい大声で叫んでしまった。



おかげで、原因である麻生君は怒られることなく、私だけがまた先生に叱られるはめになってしまった。


この授業の間何回注意されいるのだろう。

そんな私を見て、鼻で笑った麻生君がくたばれば良いと本気で思った。



そんな本日の数学の授業。


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