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第8章 冥府魔道
第48転 桃太郎とかぐや姫
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全身を鬼の子供達に捕らえられていた。樹を巻く蔓のように四肢にしがみ付き、錆びた小刀を俺に突き立ててくる。何度も何度も、繰り返し繰り返し刃を刺す。激痛に俺は何もできない。
「ぐっ、ぬぅあっ、がっ、あぁぁあああああっ……!」
いや、そもそも痛みがなくても俺は動けなかっただろう。罪の重さに押し潰されそうだ。子供達を振り落とす意志すら湧かない。されるが儘に刺突を受け続ける。
間違った事をしたとは思わない。あの時、鬼の村を鏖殺したのは正しい選択だった。
俺は知っている、鬼共に壊されて燃やされた村々を。
俺は知っている、身内を殺されて悲嘆に俯く人々を。
俺は知っている、鬼ヶ島の村は略奪品によって養われていた事を。
あの場で子供達を見逃せば、彼らが後に人間への復讐に逸るのは明白だ。そうでなくとも、日々の生活に瀕する鬼ヶ島の出、いずれは親と同じように略奪に走る可能性は高い。後々の遺恨を絶つ為に一人も生き残りを許さなかったのは正しい。そもそもそういう使命の下、俺は生まれてきたのだから。
だが、正しいからといって清らかであるとはならない。正しさの為に汚濁にまみれる事もある。百を救う為に一を切り捨てる、社会の為に一人の生贄を捧げる、そういった類の罪だ。
つまりこれはただ俺の手が血まみれだという、それだけの話だ。
「ああ、真っ赤だなあ……」
幾度も刺されて血に染まる自身を見て、茫然と呟く。俺に相応しい色合いだ。
先程まで自分が何をしていたのか思い出せない。ただ痛みだけがここにある。小刀に刺される鋭い痛みと罪悪感に締め上げられる鈍い痛み。それ以外の事に意識が行かない。痛み以外の事を考えられない。
許しは要らない。誰が許そうとも俺が俺を許さないから。
救いも要らない。これは俺が背負うべき罪罰なのだから。
だからこのまま、痛みの空風に朽ちていくのが俺に相応しい末路なのだろう――そう意識が闇へと消えていく中で、
「だったら、私が許すわ」
光が差すようにその言葉が耳に届いた。
見れば、すぐそこに竹が立っていた。
「獣月宮、お前どうしてここに……? ここは俺の悪夢の中じゃないのか?」
「さあね、私が女神様だからじゃないかしら? それとも、【上級闇黒魔法】に包まれる寸前、あんたに触れたせいかもしれないわね。それで意識が混線したのかもしれないわ」
「何やってんだよ、お前は」
竹は結界を維持してなくちゃいけないっていうのに、勝手に動いちゃ駄目だろ。
結界……そうだ、思い出した。俺は根の国でエルジェーベトや温羅と戦っていたんだった。その最中で【上級闇黒魔法】を喰らった。竹が俺の前に姿を現した事で急速に記憶が蘇ってきた。
早くこの悪夢から現実世界に戻らなくてはいけない。いや、その前に聞かなくてはいけない事がある。
「許すってのは何の事だよ、獣月宮」
「この私があんたの罪を許すと言ったのよ、百地」
……やはり聞き間違いではなかったか。脈絡なく何を言い出すのかと思ったが、本当に何のつもりだ。赤の他人が俺の罪を許すなどとどういう心算なのか。
「生憎だが、結構だ。お前じゃなくても、誰の慈悲も必要ない」
「でしょうね。そう言うと思ったわ」
「だったら……」
「それでも、私はあんたを許すわ」
刹那、竹に後光が見えた気がした。
だが、そんなのは気のせいだろう。暗闇に満ちた鬼ヶ島の村で光が差す筈がない。それでも確かに今、竹の背後に光り輝くものを見たような気になったのだ。
「あんたがあんたを許さなくても、私があんたを勝手に許すわ。他の誰があんたを責めようとも、私はあんたの味方をしてやるわ」
「…………」
「だから、あんたは戦いなさい。一人救う度に一つ、あんたの罪を雪ぎなさい。私がそれをずっと隣で見守ってあげるから」
「…………」
いつの間にか、鬼の子供達は消えていた。元より彼らは俺のイメージから生み出した存在だ。俺が意識しなければ現れる事はないのだ。代わりにと言わんばかりに俺の右手には刀が握られていた。
「ぐっ、ぬぅあっ、がっ、あぁぁあああああっ……!」
いや、そもそも痛みがなくても俺は動けなかっただろう。罪の重さに押し潰されそうだ。子供達を振り落とす意志すら湧かない。されるが儘に刺突を受け続ける。
間違った事をしたとは思わない。あの時、鬼の村を鏖殺したのは正しい選択だった。
俺は知っている、鬼共に壊されて燃やされた村々を。
俺は知っている、身内を殺されて悲嘆に俯く人々を。
俺は知っている、鬼ヶ島の村は略奪品によって養われていた事を。
あの場で子供達を見逃せば、彼らが後に人間への復讐に逸るのは明白だ。そうでなくとも、日々の生活に瀕する鬼ヶ島の出、いずれは親と同じように略奪に走る可能性は高い。後々の遺恨を絶つ為に一人も生き残りを許さなかったのは正しい。そもそもそういう使命の下、俺は生まれてきたのだから。
だが、正しいからといって清らかであるとはならない。正しさの為に汚濁にまみれる事もある。百を救う為に一を切り捨てる、社会の為に一人の生贄を捧げる、そういった類の罪だ。
つまりこれはただ俺の手が血まみれだという、それだけの話だ。
「ああ、真っ赤だなあ……」
幾度も刺されて血に染まる自身を見て、茫然と呟く。俺に相応しい色合いだ。
先程まで自分が何をしていたのか思い出せない。ただ痛みだけがここにある。小刀に刺される鋭い痛みと罪悪感に締め上げられる鈍い痛み。それ以外の事に意識が行かない。痛み以外の事を考えられない。
許しは要らない。誰が許そうとも俺が俺を許さないから。
救いも要らない。これは俺が背負うべき罪罰なのだから。
だからこのまま、痛みの空風に朽ちていくのが俺に相応しい末路なのだろう――そう意識が闇へと消えていく中で、
「だったら、私が許すわ」
光が差すようにその言葉が耳に届いた。
見れば、すぐそこに竹が立っていた。
「獣月宮、お前どうしてここに……? ここは俺の悪夢の中じゃないのか?」
「さあね、私が女神様だからじゃないかしら? それとも、【上級闇黒魔法】に包まれる寸前、あんたに触れたせいかもしれないわね。それで意識が混線したのかもしれないわ」
「何やってんだよ、お前は」
竹は結界を維持してなくちゃいけないっていうのに、勝手に動いちゃ駄目だろ。
結界……そうだ、思い出した。俺は根の国でエルジェーベトや温羅と戦っていたんだった。その最中で【上級闇黒魔法】を喰らった。竹が俺の前に姿を現した事で急速に記憶が蘇ってきた。
早くこの悪夢から現実世界に戻らなくてはいけない。いや、その前に聞かなくてはいけない事がある。
「許すってのは何の事だよ、獣月宮」
「この私があんたの罪を許すと言ったのよ、百地」
……やはり聞き間違いではなかったか。脈絡なく何を言い出すのかと思ったが、本当に何のつもりだ。赤の他人が俺の罪を許すなどとどういう心算なのか。
「生憎だが、結構だ。お前じゃなくても、誰の慈悲も必要ない」
「でしょうね。そう言うと思ったわ」
「だったら……」
「それでも、私はあんたを許すわ」
刹那、竹に後光が見えた気がした。
だが、そんなのは気のせいだろう。暗闇に満ちた鬼ヶ島の村で光が差す筈がない。それでも確かに今、竹の背後に光り輝くものを見たような気になったのだ。
「あんたがあんたを許さなくても、私があんたを勝手に許すわ。他の誰があんたを責めようとも、私はあんたの味方をしてやるわ」
「…………」
「だから、あんたは戦いなさい。一人救う度に一つ、あんたの罪を雪ぎなさい。私がそれをずっと隣で見守ってあげるから」
「…………」
いつの間にか、鬼の子供達は消えていた。元より彼らは俺のイメージから生み出した存在だ。俺が意識しなければ現れる事はないのだ。代わりにと言わんばかりに俺の右手には刀が握られていた。
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#ヒラ俺
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1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
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