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第2章 先鋒戦

第10転 先鋒戦選手入場

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 黒ドレスの少女が闘技場全体に響き渡るように声を張り上げる。

『皆様、長らくお待たせしました! 只今より異世界転生軍と輪廻転生軍の正面対決――「二ヶ界にかかい決戦武祭」を始めます!』

 少女は興奮した声で告げると観客席から大歓声が上がった。

『審判はこのオレ! 転生して吸血鬼になったと思ったら女体化TSもしていた! 昼間は力が出ない役立たず! エルジェーベト・ブラッディタンが務めさせて頂きます! 皆様、どうぞお気軽にエルとお呼び下さい! 名前にマジャル語と英語が混ざっているのは気にすんな、異世界語だ!』

 少女――エルがそう言うと観客席からエルコールが沸いた。異世界転生軍側の観客席だ。席には此度の大戦の為に連れてきた兵士や臣民が隙間なく座っている。彼らのあまりのテンションの高さに竹が白けた目をしていた。

『それではルールを説明しましょう。両軍は互いに七人の選手を決め、一人ずつ戦わせます。つまり試合数は最大七回。先に四勝した方の勝利となります』

 大歓声に負けずエルは声を張り上げる。

『試合は一対一タイマン! 武器は自由! 魔法も自由! 時間は無制限! 一対一を守っている限り、如何なる行為も反則にはなりません!』

 剣を使っても良いし、銃を使っても良い。毒を用いても良いし、一人で運べるなら大砲を持ち出してきても良い。急所狙いも全面可。一対一さえ貫けば何でもありバーリトゥードだ。
 なお、その唯一のルールを守る為に、選手と審判以外の者が試合場に入る事は禁じられている。ただし、これは介入した場合にペナルティがあるという話ではなく、そもそも審判以外の第三者が試合場アリーナには入れないように魔法が施されている。観客席からの援護射撃や目潰しなどの妨害行為も防げる仕様だ。

『そして勝敗の判定はただ一つ、どちらかの死のみ! もしも両者が死んだ場合には先に死んだ方を敗者とします!』

 死。その単語一つに吉備之介がぶるりと震える。
 負ければ死ぬ。勝つには殺さなくてはならない。その両方を想像して、恐怖心が胸の内で荒れ狂ったのだ。

『それでは第一回戦、異世界転生軍の先鋒は――こいつだ!』

 エルが指した先には入場口があった。上部には「東」と書かれている。
 その奥からゆっくりと一人の男が歩いて出てきた。顎髭あごひげを生やした、中東系の雰囲気を醸す青年だ。無論、異世界に中東は存在しないので似たような気候の下で育ったというだけなのだが。

『――その男は不幸だった』

 エルが男の紹介を始める。

『道を歩けば上から物が降ってくるのは当たり前。急いでいる日に限って道が工事中なのは日常茶飯事。傘を忘れれば必ずゲリラ豪雨に見舞われる。コンビニに行けば高確率で不良に絡まれる。交通事故は年に十回以上。男は常に

 男は幾つもの装飾品を身に着けていた。両手の指には全て宝石付きの指輪、手首には金の腕輪、首には三重の首飾り。服装自体は動き易さを重視した簡素な物でありながら、装飾品によって彼の全身はギラついていた。

『あの日もそうだった。あの日、雨が降っていなければ。電池を買い忘れて店に戻ろうとしなければ。トラックの運転手が徹夜明けで疲れていなければ。自分は死ぬ事はなかった』

 男の双眸は鋭く、しかし澱んでいた。視界にあるもの全てを妬まずにはいられないと言わんばかりの鬱屈した眼光だ。

『男は死に際に願った。「次の人生ではもっと幸運しあわせに生きたい」と』

 その願いは叶えられた。異世界という舞台で新しい人生と共に。しかし、

『因果は男を戦いの日々へと駆り立てた! 幸運である事と幸福である事は別であると言わんばかりに! 幸運では運命には逆らえないと嘲笑わんばかりに! そして今、彼はこうしてこの戦場に駆り出された! 魔法世界カールフターランド最強の一角として!』

 男が試合場の真ん中で立ち止まる。満を持してエルは彼の名を宣した。

『異世界転生軍七将が一人――「盗賊」イゴロウ!』

 一層の歓声が沸き上がる。当然の盛り上がりだ。異世界転生軍にとって彼は自分達の代表者。応援するにも気合が入ろうというものだ。

『我らが英雄に立ち向かう輪廻転生軍の一番槍は、こいつだ!』

 続いてエルが「西」の入場口を指す。そこから姿を現したのは黒髪金眼の東洋人だ。年齢は若く、容姿は美少年と言っていい程に整っている。
 少年は異世界転生軍の男――イゴロウと違って

『男が生まれたのは今より三〇〇〇年以上も前――紀元前十一世紀だった』

 少年の両足には車輪があった。火の粉を散らし、踝から付かず離れずの位置で浮いていた。

『ある将軍の子として生まれた彼は、その生まれた経緯からして普通ではなかった。仙人に与えられた霊珠を核として、将軍の妻の胎内で三年六ヶ月も留まった後に産声を上げたのだ』

 少年の腰には赤色の布が巻かれ、剣が二本も下げられていた。両の手首には金の腕輪が嵌められている。右手にあるのは朱色の槍だ。

『暴虐極まりない彼は七歳の時に龍王の子を惨殺し、その後に父母に累が及ばぬように自害した』

 しかし、彼は普通ならざる身。肉体が死んだ程度では霊魂は消失しない。紆余曲折を経て彼は蓮の花を新たな肉体として与えられ、現世に復活した。いわばしたのだ。
 その後、彼は中華を二分する大戦に身を投じ、自国の勝利に貢献した。

『あれから三〇〇〇年、彼は人間に転生していた。転生し、戦場に舞い降りた! 今度は中華のみならず世界の命運を懸けた戦いに立ち合う為に!』

 少年が立ち止まり、改めて対戦相手イゴロウを見据える。その目は冷ややかだが、瞳の奥には今にも噛み付きかねない剣呑さを宿していた。

『全身宝貝パオペエの人間兵器――「道士」哪吒太子なたたいし!』

 歓声が轟く。今度は輪廻転生軍の観客席からだ。観客席には輪廻転生者達の家族や知人が座っている。竹がジェット機で共に連れてきた人々だ。無論、この少年――哪吒の関係者もいた。
 そんな熱い声援を一身に浴びながらも少年は涼しい顔だった。

「…………」
「…………」

 哪吒とイゴロウが睨み合う。片や薄ら笑い、片や鉄面皮と表情は違うが、殺気を隠すつもりがない所は共通だった。大歓声も二人にとっては遠く聞こえる。凍て付く空気は凍傷になるのではと不安になる程の凄まじさだ。
 そんな極寒の只中にいながらエルは臆さず、開戦を宣言する。

『レディィィ・ファイッッッ!』

 堂々と響く鬨の声。ここに決闘儀式第一試合、『盗賊』と『宝』との戦いが始まった。
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