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第二部第四章 クーデターイベント(当日)
セッション52 死神
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「栄!」
僕が栄の名を呼ぶと、皆の視線が彼女に集まった。
「栄、雇い主はお前だ。指示を下せ」
「え、あ……は、はい!」
注目された栄は僅かにたじろいたが、そう言われた事で己を取り戻した。
「……では、連邦兵士の内、貴方から貴方まではここに残って私達を護衛。貴方から先の全員はロキを追って下さい。傭兵と冒険者の人達には合流後、依頼内容に『ロキの首を取る事を追加した』と伝えて下さい」
「はっ!」
「了解しました!」
栄の指示に兵士達が頷く。僕も部屋から出ていこうとして、
「……藍兎さん」
栄に呼び止められた。
振り向くと、栄が険しい顔でこちらを見ていた。
「私はこの国が好きです」
「お、おう?」
「この国を支える為に議員になりました。この国を守る為にクーデターを起こしました。……でも、この国は私がそんな事を思う前から蝕まれていました」
「…………」
悔しげに歯軋りする栄に僕は何も言えない。
そうか、そういう事になるのか。栄がいつから議員になったのかは知らないが、蛇宮より早いという事はないだろう。そして、その蛇宮は議員になる前からロキだった。山岳連邦を救う為にクーデターまでした栄とは反対に、連邦を滅ぼす為に議員になった男。それがロキだ。
連邦と二荒王国との対立はロキの――ダーグアオン帝国に介入されたものだった。この国は長い間、彼らにいいように操られていたのだ。
ああ、成程それは……酷く悔しいだろうな。
「お願いします。獅子身中の虫、ロキを私の代わりに斬ってきて下さい」
「…………!」
栄の目尻には涙が滲んでいた。
血に熱が灯る。冒険者となって血生臭さには慣れた僕だが、人の悲しみに何とも思わない程人間をやめてはいない。人の涙に無関心でいられる程僕は冷血ではないのだ。
「――委細承知!」
頷き、僕は意気軒昂と廊下へと出た。
◇
「Aaaaa――……! Vaaaa――……!」
「クソ、クソ、お前! どうして……!」
「うわぁあああああ! あああああっ!」
廊下は阿鼻叫喚と化していた。
衛兵や傭兵、冒険者が殺し合っている。否、片方は既に死んでいる。死体でありながら動き続け、生者に襲い掛かっているのだ。殺された者もまたゾンビとなって復活し、まだ命ある者へと牙を向ける。血や臓物を垂れ流しながら呻き、動き回る死体の群れ。死体の中に仲間の姿を見て、嘆きながらも武器を振るう兵士達。まさに地獄の光景だ。
「こんな……! なんて事を……!」
「こいつぁ確かにゾンビ映画さながらだな……!」
噛まれただけでゾンビになる、というパンデミック設定でないだけまだマシだが。しかし、それでも死んだら戦力を奪われるというのは厄介だ。将棋じゃあるまいし。
「どうするよ、老賢者?」
「うむ。不死者には自然発生するものと、そうでないものがいる。この議事堂『雲海』には不死者が発生する条件はない。となると」
「どこかに不死者を作り続けている者がいる筈と?」
ステファの問いに三護が頷く。
「そいつを叩けばこいつらもただの死体に戻るかもしれん。戻らんかもしれんが、不死者の増殖は止められるじゃろう」
「では、そいつを叩くのが先ですか?」
「うむ。そいつを捜しつつロキを追うのが賢明じゃろう。だが、あくまでロキが本命じゃ。奴こそが此度の首謀者よ。不死者を操る者とロキの両方を見付けた場合、ロキを先に叩くべきじゃ」
「分かった。でも、じゃあここはどう突破するよ?」
お偉いさんの施設は広いと相場が決まっているとはいえ、廊下はそれなりに狭い。そんな狭い場所で味方とゾンビが入り乱れて戦っている。味方がいなければ一気にゾンビ共を吹き飛ばしてしまえるのだが、そうはいかない。如何にして被害を抑えつつ、ここを突破するか。
「我に任せよ」
と三護が前へと出た。
「どうするつもりだ? 魔術じゃピンポイントに攻撃するのは難しいだろう。無差別にぶっ放すつもりか?」
「フッ、攻撃するだけが魔法使いではない。それを見せてやろう」
言って三護は両掌を合わせた。神仏に祈るかのようなポーズだ。
「納骨堂の神。無音の安寧を守るもの。死せる者共は摂理に従え。灰は灰に、塵は塵に。彷徨う者共は土へと還れ――『不死否定魔術』!」
三護の体から黒い液体が立ち昇り、芋虫の様な巨大な円柱状となった。液体は凄まじい速度で渦を巻き、刻一刻と姿を変えた。そうして形成されたのは目のない顔と手足のない胴体を持つ巨人だった。
「■■■■――!」
巨人は液状から霧状へと変わり、廊下全体に広がった。直後、ゾンビと化していた兵達がバタバタと倒れた。電池の切れた玩具の様に唐突に動かなくなったのだ。
「何だ、今の……!?」
「何だとは失礼じゃな。今のは食屍鬼の神じゃぞ」
「食屍鬼の?」
「うむ。土地神ならぬ種族神よな」
三護曰く、モルディギアンは死を司る神であり、墓地の守護者なのだという。それ故に彼の神は死からの逸脱――蘇生を最大の禁忌とし、不死者は存在すら許さない。今、現れたのはモルディギアンの影であって本体ではないが、その影に呑み込まれただけで不死者は死者に戻されてしまうのだ。
具体的には屍を動かす魔術を解除・破壊する。今回の戦いでこれ程頼りになる術式はないだろう。さすが老賢者・三護様だ。しかし、
「蘇生って駄目なのか? 僕ヤバくねーか?」
今まで何度も蘇っているのですが、それは。
「汝の場合は――蘇生に見せかけて実は死んでいないか、あるいはシュブ=ニグラスがモルディギアンから守っているからかもしれんのう。後者だとしたら、存分にシュブ=ニグラスに感謝するんじゃぞ」
「……ああ、分かった……」
怖ぇなあ。本当に後者なら、シュブ=ニグラスには足を向けて寝られないな。朱無市国には彼女の神殿があるらしいし、今度何かお供え物しに行こう。
前者だとしたらどういう理屈だろう。ヨグ=ソトースの玉ころ攻撃では確かに僕は死んでいたらしいのだが、それでも生きていたとなると……ミイラだろうか。普段の肉体は外装で、ミイラが本体だったとか。本体が別にあったから死ななかったというのはファンタジー世界では割と定番かもしれない。
「……まあ今、考える事じゃねーか。とにかく今はロキに追い付かなきゃならねーからな。それじゃあ、三護! 頼んだぜ!」
「おう! ゾンビ共は我に任せておけ!」
「よし、皆! 征くぞ!」
「おおおおおっ!」
生き残った冒険者や傭兵、衛兵達が雄叫びを上げる。
かくして僕達の反撃――否、進撃は始まった。
僕が栄の名を呼ぶと、皆の視線が彼女に集まった。
「栄、雇い主はお前だ。指示を下せ」
「え、あ……は、はい!」
注目された栄は僅かにたじろいたが、そう言われた事で己を取り戻した。
「……では、連邦兵士の内、貴方から貴方まではここに残って私達を護衛。貴方から先の全員はロキを追って下さい。傭兵と冒険者の人達には合流後、依頼内容に『ロキの首を取る事を追加した』と伝えて下さい」
「はっ!」
「了解しました!」
栄の指示に兵士達が頷く。僕も部屋から出ていこうとして、
「……藍兎さん」
栄に呼び止められた。
振り向くと、栄が険しい顔でこちらを見ていた。
「私はこの国が好きです」
「お、おう?」
「この国を支える為に議員になりました。この国を守る為にクーデターを起こしました。……でも、この国は私がそんな事を思う前から蝕まれていました」
「…………」
悔しげに歯軋りする栄に僕は何も言えない。
そうか、そういう事になるのか。栄がいつから議員になったのかは知らないが、蛇宮より早いという事はないだろう。そして、その蛇宮は議員になる前からロキだった。山岳連邦を救う為にクーデターまでした栄とは反対に、連邦を滅ぼす為に議員になった男。それがロキだ。
連邦と二荒王国との対立はロキの――ダーグアオン帝国に介入されたものだった。この国は長い間、彼らにいいように操られていたのだ。
ああ、成程それは……酷く悔しいだろうな。
「お願いします。獅子身中の虫、ロキを私の代わりに斬ってきて下さい」
「…………!」
栄の目尻には涙が滲んでいた。
血に熱が灯る。冒険者となって血生臭さには慣れた僕だが、人の悲しみに何とも思わない程人間をやめてはいない。人の涙に無関心でいられる程僕は冷血ではないのだ。
「――委細承知!」
頷き、僕は意気軒昂と廊下へと出た。
◇
「Aaaaa――……! Vaaaa――……!」
「クソ、クソ、お前! どうして……!」
「うわぁあああああ! あああああっ!」
廊下は阿鼻叫喚と化していた。
衛兵や傭兵、冒険者が殺し合っている。否、片方は既に死んでいる。死体でありながら動き続け、生者に襲い掛かっているのだ。殺された者もまたゾンビとなって復活し、まだ命ある者へと牙を向ける。血や臓物を垂れ流しながら呻き、動き回る死体の群れ。死体の中に仲間の姿を見て、嘆きながらも武器を振るう兵士達。まさに地獄の光景だ。
「こんな……! なんて事を……!」
「こいつぁ確かにゾンビ映画さながらだな……!」
噛まれただけでゾンビになる、というパンデミック設定でないだけまだマシだが。しかし、それでも死んだら戦力を奪われるというのは厄介だ。将棋じゃあるまいし。
「どうするよ、老賢者?」
「うむ。不死者には自然発生するものと、そうでないものがいる。この議事堂『雲海』には不死者が発生する条件はない。となると」
「どこかに不死者を作り続けている者がいる筈と?」
ステファの問いに三護が頷く。
「そいつを叩けばこいつらもただの死体に戻るかもしれん。戻らんかもしれんが、不死者の増殖は止められるじゃろう」
「では、そいつを叩くのが先ですか?」
「うむ。そいつを捜しつつロキを追うのが賢明じゃろう。だが、あくまでロキが本命じゃ。奴こそが此度の首謀者よ。不死者を操る者とロキの両方を見付けた場合、ロキを先に叩くべきじゃ」
「分かった。でも、じゃあここはどう突破するよ?」
お偉いさんの施設は広いと相場が決まっているとはいえ、廊下はそれなりに狭い。そんな狭い場所で味方とゾンビが入り乱れて戦っている。味方がいなければ一気にゾンビ共を吹き飛ばしてしまえるのだが、そうはいかない。如何にして被害を抑えつつ、ここを突破するか。
「我に任せよ」
と三護が前へと出た。
「どうするつもりだ? 魔術じゃピンポイントに攻撃するのは難しいだろう。無差別にぶっ放すつもりか?」
「フッ、攻撃するだけが魔法使いではない。それを見せてやろう」
言って三護は両掌を合わせた。神仏に祈るかのようなポーズだ。
「納骨堂の神。無音の安寧を守るもの。死せる者共は摂理に従え。灰は灰に、塵は塵に。彷徨う者共は土へと還れ――『不死否定魔術』!」
三護の体から黒い液体が立ち昇り、芋虫の様な巨大な円柱状となった。液体は凄まじい速度で渦を巻き、刻一刻と姿を変えた。そうして形成されたのは目のない顔と手足のない胴体を持つ巨人だった。
「■■■■――!」
巨人は液状から霧状へと変わり、廊下全体に広がった。直後、ゾンビと化していた兵達がバタバタと倒れた。電池の切れた玩具の様に唐突に動かなくなったのだ。
「何だ、今の……!?」
「何だとは失礼じゃな。今のは食屍鬼の神じゃぞ」
「食屍鬼の?」
「うむ。土地神ならぬ種族神よな」
三護曰く、モルディギアンは死を司る神であり、墓地の守護者なのだという。それ故に彼の神は死からの逸脱――蘇生を最大の禁忌とし、不死者は存在すら許さない。今、現れたのはモルディギアンの影であって本体ではないが、その影に呑み込まれただけで不死者は死者に戻されてしまうのだ。
具体的には屍を動かす魔術を解除・破壊する。今回の戦いでこれ程頼りになる術式はないだろう。さすが老賢者・三護様だ。しかし、
「蘇生って駄目なのか? 僕ヤバくねーか?」
今まで何度も蘇っているのですが、それは。
「汝の場合は――蘇生に見せかけて実は死んでいないか、あるいはシュブ=ニグラスがモルディギアンから守っているからかもしれんのう。後者だとしたら、存分にシュブ=ニグラスに感謝するんじゃぞ」
「……ああ、分かった……」
怖ぇなあ。本当に後者なら、シュブ=ニグラスには足を向けて寝られないな。朱無市国には彼女の神殿があるらしいし、今度何かお供え物しに行こう。
前者だとしたらどういう理屈だろう。ヨグ=ソトースの玉ころ攻撃では確かに僕は死んでいたらしいのだが、それでも生きていたとなると……ミイラだろうか。普段の肉体は外装で、ミイラが本体だったとか。本体が別にあったから死ななかったというのはファンタジー世界では割と定番かもしれない。
「……まあ今、考える事じゃねーか。とにかく今はロキに追い付かなきゃならねーからな。それじゃあ、三護! 頼んだぜ!」
「おう! ゾンビ共は我に任せておけ!」
「よし、皆! 征くぞ!」
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