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第二部第四章 クーデターイベント(当日)
セッション60 虚無
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ナリとナルヴィ。
悪神ロキの息子達。ロキを封じる為、神々はナリを引き裂き、その腸でロキを縛り上げた。ナルヴィは狼に変えられた。一説によると、ナリは狼と化したナルヴィに腹を裂かれたのだという。
◇
「死んだ……! 桜嵐が……!」
信じられない、信じたくないと動揺が胸を掻き毟る。縋る気持ちで桜嵐を見るが、彼は僅かたりとも動かない。生きている気配が一切感じられない。出血も確実に死んでいるだろうと断言出来る量だ。であれば、やはり彼は死んでしまったのだろう。
あの浅間梵が。『東国最強の生物』が。僕と同じ一〇〇〇年前出身の人間が。僕の唯一の共感者が。
「…………テメー」
「うふふ、良い顔ね。早速戦闘っちゃう?」
ロキが鎖鎌を僕へと突き付けて挑発する。
「上等だ。敵討ちと洒落込んでやるよ」
「オーケー。それじゃあ――」
戦いを始めようと互いに武器を構える。しかし、それをステファが割って入って遮った。
「……一つ訊いても良いですか?」
「あら、何かしら? もたもたしていると私、もっと傷を手当しちゃうわよ」
ロキが冗談めかして言うが、ステファの表情は変わらない。悲しみと微かな怒りに顔を険しくしたままロキを見据える。
「……どうしてハクさんにあんな真似が出来たのですか?」
「んん? ここでハクの名前が出るの?」
「十数年前から蛇宮掛爪だったというのなら、ハクさんが物心着く前からハクさんと一緒に暮らしていたという事でしょう。そんな子供相手にどうしてあんな……殺人を強要する様な真似が出来るのですか!?」
成程、そういう解釈も出来るか。確かにカダスの神殿で出会ったハクは、蛇宮に懐いている様子だった。あれが演技や嘘の態度だったとは思えない。であれば、ロキはハクにそれなりに親として接してきたものと思われる。
それに、ステファは知らない話だが、ロキは蛇宮掛爪に憑依している。数パーセントはハクを守る気持ちが残っている筈なのだ。何故それを操り人形にして、ああも彼女の手を血に染めさせる事が出来たのか。
ロキはしばらく表情を無にして沈黙していたが、やがて静かに語り始めた。
「そうねぇ……ハクの事は大好きよ。それは本当。外では中年男性でいた私だけど、家にいる時は青年の顔でいたのよ。こっちの方が楽だからね。そんな家の中と外で容姿が違う奇妙な私を、あの子は分け隔てなく父として慕ってくれたわ。本当に良い子に育ってくれた」
だがしかし、
「駄目なのよ。昔から。誰を愛しても誰に愛されても心が満たされないの。ぽっかりと胸の奥に穴が空いていて、大事なものを大事と思えないのよ」
ロキが笑みを零す。空っぽな笑い方だった。
「私は北欧の……と言っても、今の時代の娘には分からないか。私は遠く海を挟んだ向こうの生まれでね。そこで神様と崇められたり疎まれたりしていたのよ」
ロキはそう言うが、この時代の生まれではない僕は知っている。
北欧神話。
スカンディナヴィアに伝わっていた信仰と物語。苛烈で戦闘的な神話であり、神々でさえも時に命を落とす。滅びの予言を受け、抗うものの最後には殆どの神々が死に絶えるという。酷寒と火山の土地に相応しい、厳しい世界観だ。
エルフやドワーフ、氷の巨人などは北欧神話の出身だとされている。一〇〇〇年前でも強い影響力を持っていた神話だ。
「神話の終末が起きて神代が終わった。
正妻も死に、愛人も死んだ。親友も盟友も宿敵も逝った。息子達も死んで、私の一部に成り下がった。義兄はヨグ=ソトースに名を戻し、悪神との交流は途絶えた。『悪神ロキ』を知る者は誰もいなくなった」
『狡知の神』が神々の名を羅列していく。誰も彼もステファには馴染みのない名前だ。ステファが「名前が多くて覚えられない」と戸惑いを見せるが、元より覚える必要はない。
肝要なのはロキの大切な者が全員死んだという結果だけなのだから。
「以来、私の胸には決して埋まらない穴が空いた。私は今まで何度も転生してきた。その中で愛した者は何人もいた。恋した相手だって沢山いた。けれど、誰も大切に出来なかったし、何も大事だとは思えなかった。どころか、新しく親しくなった人達が死ぬ度に穴は深く黒くなっていった。
その穴はハクでも埋められなかった……それだけの事よ」
「…………」
発狂内容:虚無主義というべきか。
この世には意義や真理、本質的な価値など存在しないとする思想。絶望の果てに辿り着く不信の極点。本来の虚無主義は悟りに近いものなので、ロキが抱えている狂気とは正確には異なるが。
ハクに対して温かく接しながらも冷たく切り離せたのは、ハクからの愛のみならず自身の情すらも無価値と断じていたが故か。蛇宮掛爪が数パーセント残っていた所でどうにもならない虚無があった故か。
ロキの気持ちは分からないでもない。一〇〇〇年前まで僕は未来に希望を懐かずに生きていた。何にも満たされず、何にも頼らずに生きてきた。だから、その虚無感は少しだけなら理解出来る。
とはいえ、それは本当に少しだけだ。僕とロキとでは積み重ねてきた空虚が違う。半世紀も生きていない僕と一〇〇〇年単位で転生し続けてきたロキとでは、喪失も離別も量が違う。質だって違うだろう。ロキの孤独は人類には到底共感し切れない。その隔絶こそが彼のいる境地なのだ。
「……だからって、娘を泣かして良いって事にはならねーだろ」
「全くもってその通りね。それじゃあ――」
「――はい。遠慮なくボッコボコにさせて貰います!」
ステファが剣と盾を構えるのを見て、僕も偃月刀を握り直す。臨戦態勢に入った僕達をロキは不敵な笑みで迎える。鎖鎌で地面を一度叩くと、彼は僕達へと鎖の鞭を大きく振るった。
悪神ロキの息子達。ロキを封じる為、神々はナリを引き裂き、その腸でロキを縛り上げた。ナルヴィは狼に変えられた。一説によると、ナリは狼と化したナルヴィに腹を裂かれたのだという。
◇
「死んだ……! 桜嵐が……!」
信じられない、信じたくないと動揺が胸を掻き毟る。縋る気持ちで桜嵐を見るが、彼は僅かたりとも動かない。生きている気配が一切感じられない。出血も確実に死んでいるだろうと断言出来る量だ。であれば、やはり彼は死んでしまったのだろう。
あの浅間梵が。『東国最強の生物』が。僕と同じ一〇〇〇年前出身の人間が。僕の唯一の共感者が。
「…………テメー」
「うふふ、良い顔ね。早速戦闘っちゃう?」
ロキが鎖鎌を僕へと突き付けて挑発する。
「上等だ。敵討ちと洒落込んでやるよ」
「オーケー。それじゃあ――」
戦いを始めようと互いに武器を構える。しかし、それをステファが割って入って遮った。
「……一つ訊いても良いですか?」
「あら、何かしら? もたもたしていると私、もっと傷を手当しちゃうわよ」
ロキが冗談めかして言うが、ステファの表情は変わらない。悲しみと微かな怒りに顔を険しくしたままロキを見据える。
「……どうしてハクさんにあんな真似が出来たのですか?」
「んん? ここでハクの名前が出るの?」
「十数年前から蛇宮掛爪だったというのなら、ハクさんが物心着く前からハクさんと一緒に暮らしていたという事でしょう。そんな子供相手にどうしてあんな……殺人を強要する様な真似が出来るのですか!?」
成程、そういう解釈も出来るか。確かにカダスの神殿で出会ったハクは、蛇宮に懐いている様子だった。あれが演技や嘘の態度だったとは思えない。であれば、ロキはハクにそれなりに親として接してきたものと思われる。
それに、ステファは知らない話だが、ロキは蛇宮掛爪に憑依している。数パーセントはハクを守る気持ちが残っている筈なのだ。何故それを操り人形にして、ああも彼女の手を血に染めさせる事が出来たのか。
ロキはしばらく表情を無にして沈黙していたが、やがて静かに語り始めた。
「そうねぇ……ハクの事は大好きよ。それは本当。外では中年男性でいた私だけど、家にいる時は青年の顔でいたのよ。こっちの方が楽だからね。そんな家の中と外で容姿が違う奇妙な私を、あの子は分け隔てなく父として慕ってくれたわ。本当に良い子に育ってくれた」
だがしかし、
「駄目なのよ。昔から。誰を愛しても誰に愛されても心が満たされないの。ぽっかりと胸の奥に穴が空いていて、大事なものを大事と思えないのよ」
ロキが笑みを零す。空っぽな笑い方だった。
「私は北欧の……と言っても、今の時代の娘には分からないか。私は遠く海を挟んだ向こうの生まれでね。そこで神様と崇められたり疎まれたりしていたのよ」
ロキはそう言うが、この時代の生まれではない僕は知っている。
北欧神話。
スカンディナヴィアに伝わっていた信仰と物語。苛烈で戦闘的な神話であり、神々でさえも時に命を落とす。滅びの予言を受け、抗うものの最後には殆どの神々が死に絶えるという。酷寒と火山の土地に相応しい、厳しい世界観だ。
エルフやドワーフ、氷の巨人などは北欧神話の出身だとされている。一〇〇〇年前でも強い影響力を持っていた神話だ。
「神話の終末が起きて神代が終わった。
正妻も死に、愛人も死んだ。親友も盟友も宿敵も逝った。息子達も死んで、私の一部に成り下がった。義兄はヨグ=ソトースに名を戻し、悪神との交流は途絶えた。『悪神ロキ』を知る者は誰もいなくなった」
『狡知の神』が神々の名を羅列していく。誰も彼もステファには馴染みのない名前だ。ステファが「名前が多くて覚えられない」と戸惑いを見せるが、元より覚える必要はない。
肝要なのはロキの大切な者が全員死んだという結果だけなのだから。
「以来、私の胸には決して埋まらない穴が空いた。私は今まで何度も転生してきた。その中で愛した者は何人もいた。恋した相手だって沢山いた。けれど、誰も大切に出来なかったし、何も大事だとは思えなかった。どころか、新しく親しくなった人達が死ぬ度に穴は深く黒くなっていった。
その穴はハクでも埋められなかった……それだけの事よ」
「…………」
発狂内容:虚無主義というべきか。
この世には意義や真理、本質的な価値など存在しないとする思想。絶望の果てに辿り着く不信の極点。本来の虚無主義は悟りに近いものなので、ロキが抱えている狂気とは正確には異なるが。
ハクに対して温かく接しながらも冷たく切り離せたのは、ハクからの愛のみならず自身の情すらも無価値と断じていたが故か。蛇宮掛爪が数パーセント残っていた所でどうにもならない虚無があった故か。
ロキの気持ちは分からないでもない。一〇〇〇年前まで僕は未来に希望を懐かずに生きていた。何にも満たされず、何にも頼らずに生きてきた。だから、その虚無感は少しだけなら理解出来る。
とはいえ、それは本当に少しだけだ。僕とロキとでは積み重ねてきた空虚が違う。半世紀も生きていない僕と一〇〇〇年単位で転生し続けてきたロキとでは、喪失も離別も量が違う。質だって違うだろう。ロキの孤独は人類には到底共感し切れない。その隔絶こそが彼のいる境地なのだ。
「……だからって、娘を泣かして良いって事にはならねーだろ」
「全くもってその通りね。それじゃあ――」
「――はい。遠慮なくボッコボコにさせて貰います!」
ステファが剣と盾を構えるのを見て、僕も偃月刀を握り直す。臨戦態勢に入った僕達をロキは不敵な笑みで迎える。鎖鎌で地面を一度叩くと、彼は僕達へと鎖の鞭を大きく振るった。
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